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深海迷宮を掻き分けて

『ああ、行き止まりです! 別の分岐に飛ばしてください!』

 

 ベリンダの声が響く。分岐から早くも行き止まりにたどり着いたようだ。

 

『はい!』

 

 ギノバマリサが、巧みにエヴラールとベリンダの身体を転移させている。なかなか良い連動だ。

 その転移後の位置も、ディアートの喋翅空間にいれば地図上に確認できた。

 メリッサは、ずっと歌ってくれている。海洋の味方を憩わせ、強い護り、防御力が強まるのが分かった。

 

 別の意識を廻らせれば、海上で怪異と戦う帆船の様子や、工房に残ったものたちの様子も確認できる。

 だが、今は、迷路に集中だ。地図で全部見えているはずなのに、直接行ってみないと行き止まりが分からない。

 

 今のところ、ルードランと手を繋ぎながら通路を泳ぐマティマナたちは延々一本道を進んでいた。

 小さく綺麗な色合いの魚は、味方だから大丈夫。

 通路なのだけれど、視野の端には色々と色彩が飛び込んでくる。棚のようになった壁の岩場に棲みつく珊瑚。

 床と壁の角に根を下ろす海藻が揺れている。海藻は、案外色とりどりだ。

 

 小さな蟹。小さな貝。床を歩いている。

 マティマナはルードランと泳いで進んでいるので、床を這うものを踏むことはない。

 

 と、ふわふわの海月(くらげ)らしきが行く手に複数いる。透明で動きも優雅で綺麗なのだが心がざわついた。

 

『クラゲの毒に気をつけて! 宰相側です!』

 

 すかさずベリンダの声が届く。

 ベリンダは、ディアートの空間には入っていないのだが、海洋での感覚が鋭いらしい。海水で繋がっているからか。一緒にいるエヴラールの視界を借りているのか。

 

「ありがとう! ちょっと怖い気がしました!」

 

 マティマナが応える間に、海月たちは変化(へんげ)しはじめる。

 魔女海月?

 一見、可愛らしい人間の少女に似ているが、周囲の海水が変色している。粘液と毒とが混じっているようだ。身体は少し透き通り、ふわふわな感じ。触りたくなるが、毒だ。髪に海月の飾りが咲いている。

 

「僕が倒そう」

 

 ルードランの片手には、海洋の剣。手を繋いだまま、ルードランは剣を薙ぐように振るった。海水が目映(まばゆ)く光る。程よい大きさで片手でも使えているし、魔法も発動するようだ。

 ライセル家の光の波動が魔女海月たちを包み込み、一瞬で消滅させていた。

 

「すごいです、ルーさま! 毒も消えました!」

「マティマナの細工だからね。安心して使えるよ。さあ、先に進もう」

 

 手を引くように、ルードランはどんどん奥へと進む。この長さを進んで行き止まりだと、絶望感が強そうだ。しかし、即座にギノバマリサが転移させてくれると分かっているから怖くはない。

 

 

 

 エヴラールと人魚のベリンダは、短い行き止まりを何度も繰り返している。転移の連続のようだ。

 

 リジャンと雅狼は、戦闘に次ぐ戦闘。次々に、たこ型、烏賊(いか)型、触手の厄介そうな怪異が立ちはだかる。烏賊系は直ぐに化身し、人間に似た姿の状態で巨大な触腕(しょくわん)や触手を大量に伸ばした。赤い衣装。赤く太い威力のありそうな触腕が、グンっと、目前まで伸びるのを雅狼は長剣で切り刻んでいる。

 

 リジャンは、もっと小さい剣だが、魔法攻撃の衝撃で倒していた。

 

 雅狼も、リジャンも、海洋の武器を使いこなしながら進んでいる。

 ふたりとも、戦いが愉しいらしい。雅狼が戦いを愉しむのは分かるが、リジャンまで戦いを愉しんでいるらしいのがマティマナにはちょっと不思議だった。

 

 でも、あんなに蛸系だの烏賊系だのといった敵側の護り手が多いなら、リジャンの行く手が宰相の場所に繋がっているのかも?

 そんな風に思案しながら、マティマナはルードランとふたり長い通路を進んだ。

 

「あ、何か落ちてます」

 

 と思ったが動いている。小さな蟹? に似た姿のものが、海藻のような珊瑚のような不思議な形のものを運んでいるようだった。小さな蟹っぽいものは、マティマナに気づくと、ふわっ、と、浮かび上がる。ひらひらと、運んでいたものを差しだしているような仕草だ。

 

「マティマナに贈り物のようだね」

 

 ルードランが笑みを深める。危険はなさそうだし、何より綺麗! 小枝が一杯張り巡らされたような珊瑚なのかな? という感じ。

 

「ありがとうございます!」

 

 礼を言って受け取ると、小さな蟹は、嬉しそうに水中で舞い踊るような動きを見せ、それからどこかへと転移して消えた。

 

「姫側の味方も多いのだろうね」

 

 ルードランの言葉に頷きながら、マティマナは懐へと決して小さくはない珊瑚らしきのひとひらをしまった。

 海の魔法具を纏っていても、そういう所作には全く問題がない。身につけているものを取り外すのも、新たに着けるのも簡単なのだ。

 

「応援してもらえてるみたいで、元気がでます!」

 

 ふたりは、また長い道のりを進みだす。

 ほわり、と、明かりが見えたかと思うと、小さい鮫。

 

「鮫は、宰相側だったね。気をつけて」

 

 小さいが、鮫はどんどん数を増やしている。その鮫たちの動きのなかに、宰相と呼ばれる者の幻影が視える気がした。宰相が、遣わした鮫たちなのだろう。

 ルードランは片手で剣を構え、魔法を放って戦うつもりのようだ。

 

「はい! あ、でも、宰相側の鮫……倒して平気ですかね?」

 

 何を言っているんだろう、と、マティマナは思いながら訊いている。倒さなければ、やられてしまう。だけど、なんだろう? 何か忘れている気がする。

 

「あっ! そうか! マティマナ、叛逆の粉はどうだろうね?」

「そう。そうでした! それです! 上手くいけば、寝返ってくれますよね! 海のなかで撒けるかしら?」

 

 少し首を傾げながら思案したが、海竜の鱗を混ぜれば海中を漂ってくれるかもしれない。

 裏切って反旗をひるがえしてくれるなら、倒そうとして宰相の元へと向かうはず。自動的に案内者になってくれるはずだ。

 

「叛逆の粉にならなくても、悪意あるものには効果があるはずだよ」

 

 ルードランは剣を構えて時間稼ぎしてくれている。

 小さい鮫たちは、次々に変化していた。人間の男性に似た形だが、腹部から鮫の頭が突き出していたり、腕が鮫だったり。

 口を大きく開き、鮫の化身たちは、小さいながら兇悪な牙がズラッと並んだ不気味な口内を見せて威嚇している。

 

「撒いてみます!」

 

 マティマナは大口を開けて迫ってくる化身鮫へ、叛逆の粉を海竜の鱗で触媒細工した状態で撒き散らした。

 きらきらと、とても綺麗な光が海中を舞う。漂うというよりは、一直線に飛んで鮫の化身たちへと纏いついた。

 鮫の化身たちから、邪めいた気配が抜けていくように見える。

 攻撃的な気配は消え、化身できずに元の小さな鮫へと戻った。なんだか、しっかり鮫なのだが、おとなしく可愛らしい仕草で泳ぎはじめる。

 

「おや。案内してくれるらしいね」

 

 ルードランは、まだ粉を撒き散らし続けていたマティマナの手を引き、可愛らしく泳ぐ小さな鮫たちを追って行く。

 

「あら。わたしたち、宰相の方向に進んでいたのかしら?」

 

 長い一本道のその先へと鮫たちは進む。そして、途中、不意に左横の壁へと吸い込まれるように飛び込んだ。

 

「こんなところに、隠し通路とは……」

 

 驚いた声でルードランは呟く。見た目には、岩壁だ。どうやってすり抜けるのか、全く分からない。

 

「これ、案内がなかったら絶対分かりませんよ」

 

 気づかず真っ直ぐに一本道の長い通路を進まされ、挙げ句に行き止まりに辿り着くことになったろう。

 

「入れるかな?」

 

 ルードランは小さい鮫たちが消えていった岩壁へとマティマナの手を引きながら向かって行った。

 

 


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