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竜宮船の海底迷宮

 速度が速いので海を泳いでいる魚たちの姿は良くわからなかった。乗り込んだ幽霊船はどんどん潜水し、周囲は薄暗く、そして仄明かりも届かないような闇の世界へと変わって行く。

 皆、海の魔法具を身につけているので灯りが点り、幽霊船の甲板は程良く明るい。

 人魚のベリンダも、何らかの明かりを点している。

 

「幽霊船を使わないときって、こんな闇の中を泳ぐのですか?」

 

 マティマナはベリンダへと訊いた。

 

「はい。ですが、この闇は、そう長くは続きません」

 

 にっこりと笑みを浮かべながらの応えが戻った。

 竜宮船は、もっと深くにいるのだろうに?

 不思議に思っていると、斜め前方の深くに、ほわりと薄明かりが見えてきた。

 

「竜宮船か?」

 

 期待に満ちた響きをはらむエヴラールの声。

 竜宮船は明るいのね?

 海洋の者たちは、その明かりが遠くから分かるのかもしれない。

 

「もう少しです。幽霊船が浮島に戻りましたら、皆さん泳いでくださいね」

 

 幽霊船の甲板にいて海中に潜っているから、今も海水に包まれている。ベリンダは泳ぐように浮いていた。マティマナも甲板を移動するときは泳ぐような感覚がある。それでも、幽霊船の甲板にいるのと、深海を泳ぐのは大分違うのだろう。

 

「迷う心配はないのかな?」

 

 ルードランはマティマナと手を繋いだまま、ベリンダへと訊いた。

 

「竜宮船が引っ張ってくれますから大丈夫です」

 

 話す間に、明るさは下方から増している。まるで海面が下にあるように、陽射しが感じられるような明かるさだ。

 竜宮船なのか、巨大な建造物の上部が見えてきている。そして、周囲に細長い円錐のような浮島? 幾つも浮いている。上の平らな部分には、小さな建物や海藻の森のようなものがある。下部の削れた岩のような部分が発光し竜宮船の本体を明るく照らしているようだ。


「あ、幽霊船、壊してしまいましたね……」

 

 細く浮かぶ浮島を眺めながら四隻の幽霊船を思い出し、マティマナはハッとして申し訳なさそうに言う。ベリンダは笑んだ。

 

「今頃、浮島に戻ってますから、心配いりません」

 

 幽霊船は破壊されたように見えたが、浮島に戻ったということのようだ。

 浮島の灯りで、深海のはずなのに、まるで浅瀬の光にあふれる海のよう。水圧も、たぶん浅瀬並に調節されているのだろう。

 

 乗ってきた幽霊船は、徐々に変形し他と同じような細長い円錐のような浮島に変わって行き、乗り込んでいた物たちは水中へと放り出された。

 リジャンと雅狼の驚いたような声が響いてくる。

 

「あ、確かに引かれてますね」

 

 真っ直ぐに竜宮船らしきに引かれ、軽く泳ぎながらマティマナは呟いた。

 巨大な竜宮船の本体は、海底に降りている。

 広い甲板は、浅瀬の海にそっくりだ。甲板と取り巻く柵が城壁のよう。そして、そびえるように複雑な造りの城が乗っている。

 

 竜宮船の甲板に降りれば、広大な城前広場。海藻に珊瑚、色とりどりの小魚たちが泳いでいる。

 浅瀬の海底そのものの甲板には、珊瑚や海藻、小さく綺麗な魚やふわふわの海月たち。貝や、蟹、小石や白砂まで。浅瀬の海の生物が心地よさそうだ。

 大きな門が、竜宮城の迷宮へと誘っていた。

 

「これは凄いね」

 

 ルードランは周囲を見回しながら感心したように呟いている。広大さ、内部の複雑さは海底迷宮だ。ディアートの空間のなかに展開している地図が、よりハッキリと認識でき巨大さと複雑さに戦慄してしまう。

 

「目的地は……どこなんでしょう?」

 

 曲線を描く柱が続き、城の大きな門は扉が開いている。

 

「竜宮船の甲板上の城は、居住区です。宰相セゲゼーツは、姫を人質に船倉部分の奥深くに潜んでいるはず」

 

 この辺りです、と、皆の共通で見えている地図上に範囲を示すしるしをつけてくれた。

 

「かなり深い所だな」

 

 エヴラールは地図をじっと眺めながら経路を探している。

 見えている地図には、自分の現在地が示されていた。

 

「途中からの分岐は、迷路です。そこまでは案内しますが、分岐からは三手に別れて探すのが良いかと」

 

 ベリンダは分岐の手前までは案内できるようだが、その後は、どの先に宰相がいるのか分からないようだ。

 

『どこかの組みが宰相を見つけたら、残りの方たちを転移で送りこみます!』

 

 ギノバマリサの声が聞こえてきた。地図を参照しながら転移で集結させることが可能らしい。

 

「まぁ、マリサ、海中でも転移させられそうなのね?」

 

 マティマナの声にギノバマリサの笑む気配。

 

『海の魔法具を身につけてますし、地図を見られますから可能です。皆の位置も把握できてます』

 

 更にはメリッサの歌う声が空間越しに聞こえててきた。

 

「素晴らしい歌ね! 海洋の者たちが憩います」

 

 ベリンダは感動したような声を立てる。

 

『海の魔法具と、後から飛んできた品で魔石が進化しました。新しい海の曲が歌えるようになりました!』

「宰相の対策になります!」

 

 メリッサの言葉に、ベリンダは高揚した声で応える。

 

「それは心強いです! 後は、誰かが宰相を見つければ良いのですね?」

 

 マティマナは少しホッとする思いだ。

 

「六人掛かりでも、宰相を無力化するのは難儀です」

「何か弱点はないのかい?」

「姫から奪って身につけている鰭の帯……。それがある限り、海洋の全てが宰相の言葉に従ってしまいます」

 

 肩を落としたように人魚のベリンダは呟いた。本来は姫の持ち物であり、奪われるなど有り得なかったはず。

 

「無効化する方法はないのか?」

 

 エヴラールが訊く。

 

「宰相は、どうやって姫から奪ったのです?」

 

 マティマナは不思議そうに首を傾げた。

 

「姫の侍女に、裏切り者が入り込んでいたのです」

 

 気づけなくて申し訳なくて、と、言葉が足される。

 

「ベリンダさんのお姉さまは、十年も前に気づいて宝玉を持ち出したのですよね? 姫が拉致されたのはいつなのですか?」

 

 時の流れの感覚が、竜宮船では違っているのかもしれない。

 

「宝玉が手元になくても、姫の力には問題ありませんから。姫は、鰭の帯を盗られて直ぐに宰相に捕まり幽閉されました。一年ほど前です」

 

 それでも、姫の親衛隊である人魚たちは、それなりの力があるので宰相に抵抗してきたようだ。

 

「なぜルルジェ沖に来たのかな?」

「宝玉の気配が、ルルジェ港近くにあると分かったからです」

 

 ベリンダの言葉にルードランは頷いた、

 

「では、探しに行こうか」

 

 ルードランが促す。

 マティマナとルードラン、リジャンと雅狼、エヴラールとベリンダ。

 三手に別れても、会話はできるし合流はギノバマリサが引き受けてくれている。

 

『最悪のときには、全員、保養所まで転移させますからね?』

 

 ギノバマリサの声が響いてきた。何気に心強いし安心ではあるが、次回潜るのは幽霊船が無くて大変だからなんとか姫を救い出したいところだ。

 

「人魚系、魚系は、皆、仲間です。意思疎通されてます!」

「敵は、たことか、烏賊(いか)とか、さめとかでしたね?」

「そうです。問答無用で襲ってきます。ただ皆様の海の武器に当たれば、消滅するか遁走するでしょう。ただ宰相だけは鮫だけれど頭脳派で、海の魔法も強烈です」

 

 何か対策が必要なのだろう。だが、先ずは探すところからだ。

 竜宮船の船倉、海底迷宮のなかには、何か宰相を無効化するための手がかりがあるように、マティマナは感じている。

 

「宰相の特徴は……?」

 

 エヴラールが確認する。

 

「一見、人魚と変わりません。鰭の帯を着けているので、見た目は人魚に近いです。とても優しげで物憂げな青年に見えています。ただ、鮫の頭のような頭巾をかぶり、鮫たちを引き連れているので直ぐに分かるでしょう」

 

 それでも鮫であるからには兇暴なのだろう。

 宰相に遭うまえに、何か手がかりを見つける必要があると、マティマナは強く感じている。

 

「きっと、直ぐに見つかるよ」

 

 ルードランが、そっと耳打ちしてくる。

 あら? わたし、声にだしてた?

 声にださずとも、ルードランには丸わかりなのかもしれない。

 

「では、行くぞ」

 

 エヴラールは、ぐずぐずしている暇はないとばかりに門を潜る。ベリンダは皆を分岐する地点まで案内してくれた。

 

 


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