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幽霊船の撃破

「じゃあ、まずは、ルルジェ港に向かう四隻の幽霊船を撃破するぜ!」

 

 ジルガの言葉に、猟師たちは勝手知ったる、という雰囲気で、各自持ち場につくような動作で帆船内を動き回っている。

 この帆船は、もともと彼等猟師たちのもの?

 

「君たち、やっぱり海賊だったのかい?」

 

 ルードランは、どちらかというと愉しそうな気配でジルガへと訊いた。

 

「はるか昔、ルルジェに来る前のことでさぁ」

 

 隠しはせず、ジルガは笑っていう。

 海賊さんたち? でも、皆、とても頼もしいし、今は良い領民よね?

 

「頼りにしてます! でも、幽霊船、どうやって?」

 

 マティマナは余り揺れない甲板でルードランと手を繋いだまま、ジルガの居る操舵の場へと近づく。

 

「こりゃあ、すげぇ、ほとんど自動操舵か!」

 

 ジルガが驚きの声を上げている。

 あら、そうなの?

 帆船は「復元」ではなく、触媒細工してしまったようだが、機能もかなり違うようだ。

 

「幽霊船には、舷に体当たりだぁな。この新しい帆船は魔法つきだ! 威力あるぜぇ」

 

 愉しそうにジルガがひとちている。

 

「体当たりぃぃ?」

「心配するなって。魔法がかった立派な、衝角(しょうかく)だ、大して揺れねぇ」

 

 迫ってくる四隻の幽霊船を見遣りながら、帆船は迂回するように横へと回り込む。凄い速度だ。

 砲弾的な魔法攻撃もできるようなのに、衝角による攻撃が効果的だと見て取ったらしい。

 

「衝角って、船の船首の下のものかい?」

 

 ルードランはディアート空間のなかで、他の者の視界からの帆船を確認して訊く。

 

「そうだ! 凄ぇぜ、こりゃあ、威力あるはずだ」

 

 言う間に横向きの幽霊船がどんどん近くなる。

 ど~ん、と、凄まじい音を立てて幽霊船のふなばたへと激突している。舷のかなり下方へと大穴を開ける勢いなのだが、魔法の力も激突したようで幽霊船はパアァァァッと閃光に包まれた。と、粉砕するようにカケラが飛び散る。カケラは光に包まれながら消滅していった。

 

「ゎゎゎっ、ぁぁ、確かに、そんなに揺れないですねぇ」

 

 と、マティマナは呟いたが、よく見れば足は甲板から少し浮いている。ルードランと手を繋いでいるから、いつの間にか、低空に浮かされていたようだ。

 

「それは便利そうだね、ルードラン殿」

 

 わずかに崩れた体勢を整え直しながら、エヴラールがルードランの魔法を褒めていた。

 

「ルーさま、いつの間に! ありがとうございます!」

 

 乗り込んできているリジャンと雅狼は、柱に捕まっている。そこそこ揺れたようだ。

 

「いいねぇ。次々いくぜ!」

 

 ジルガは愉しそうに言うと、自動操舵に近いとはいえ巧みに舵をとり次々に、方向を変えて攻撃を食らわないように逃げる動きをする幽霊船の横腹へと衝角をぶち当てていった。

 

 

 

「残り一隻だが、あれは動かねぇんだな」

 

 ジルガは、最初に現れた一隻の幽霊船のことを思案気に呟く。

 

『あれは攻撃しないで! 竜宮船に、一緒に行ってくださるかた、乗り込んでください!』

 

 皆の耳に、人魚のベリンダの声が飛び込んでくる。

 

「あの幽霊船で、潜るの?」

 

 マティマナは吃驚(びっくり)して訊く。

 

「ああ、確かにな。この帆船は海上仕様だ。海には潜れねぇ」

 

 ジルガは、納得したような口調だ。そして、幽霊船に向けて帆船を動かし始めた。

 少し離れているので、他の者たちはしばし休憩だ。

 リジャンと雅狼は、ジルガに寄って行って色々と質問攻めにしているようだった。

 

 

 

「海の魔法具を装着しても、人魚のベリンダさんほどの性能ではないですよね?」

 

 どうやらこのまま海に潜ることになりそうなので、マティマナはエヴラールに訊く。

 

「その通りだ」

「何が足りないのでしょう?」

「それは、是非、僕も知りたい」

 

 ルードランも切実そうな表情で訊く。

 

「海との調和? とでも言うか。このままでは海洋の神聖を、侵す存在であると判断されるだろう」

 

 エヴラールは、思案の末に深刻そうな響きで呟いた。直ぐにも姫を助けだしたく思っても、それが何よりの障害であるようだ。

 

『宰相は、姫から奪った鰭の帯を身につけています。海洋の存在すべてが、宰相を神聖視するでしょう』

 

 人魚のベリンダの悲痛な声が、エヴラールの言葉を聞きつけたようで補足するように響いてくる。

 

「それって、わたしたちが聖なる力を使っても海の神聖には効果がないってことでしょうか?」

 

 どうやら海という世界のなかでの神聖と、戦うことになるらしい。

 慣れない海中での戦闘をしなくてはならない上で、海洋の全てが敵となってしまうの?

 

『現状、宰相は、邪なる部分も含めて海のものたちから、神聖視される存在となっています』

 

 立ち向かえば、海洋の者たち全てが敵に回るでしょう、と、呟きが足された。

 

「対処はないのか?」

 

 エヴラールが訊く。

 

『南洋の大きく美しい貝であれば……』

 

 少しの沈黙の後でベリンダは呟いた。

 マティマナの記憶のなかで、最初にルードランに貰った貝殻のなかに在った綺麗な貝殻がひらめく。うっとりと幸福感に満ちてしまい、とても触媒細工できなかった白く喩えようもなく美しい形の大きな貝。

 エヴラールが触媒細工をいた貝でもある。

 そして、工房に幾つか追加が持ち込まれた。エヴラールの持ち込んだ箱にも。

 

岩石芭蕉(がんぜきばしょう)か?」

 

 エヴラールは確認するように訊く。

 

『そのように呼ばれることもあります』

 

 ベリンダの声音からは、手に入りにくい存在の貝のようだ。

 

「岩石芭蕉?」

 

 マティマナは訊きながら、雑用魔法で美しい大きな貝を三つ「取り寄せ」している。

 

『そうです! その貝です!』

 

 マティマナの視界の景色が視えたのだろう。ベリンダが叫ぶような声を上げた。

 

『聖女さまが海竜の鱗を触媒に……』

 

 と、ベリンダの言葉は途中で途切れた。

 

「ベリンダ!」

 

 エヴラールは名を呼び、場所を探っている。

 

『人魚なら、帆船の横を泳いでいるぞ。怪異に襲われている』

 

 空鏡の映像だろう。バザックスの声が告げた。

 バザックスはベリンダを援護するように、近寄ってくる怪異へと海の魔法をまとう弾を飛ばせている。

 エヴラールは甲板を走り、海へと飛びこんだ。

 

「は、博士?」

 

 マティマナは慌てて声を上げてルードランと一緒に駆け寄り、手すりのようなところに捕まって海を覗きこむ。

 

 海の魔法具を身につけているから、帆船の甲板から飛び下りたとしても大丈夫だとは思う。海上から海中まで、効果はあるはず。

 海に落ちる水の音に続き、直ぐに戦闘の気配。

 

「ボクも行きます」

 

 甲板にいても船を動かす役には立たないと思ったか、リジャンと雅狼も海に飛び込んで行った。

 

 気づけば帆船は、怪異に取り囲まれている。蛸っぽい巨大な触手が、帆船に吸い付き、よじ登ろうとしていた。

 幽霊船近くにいたものたちだろう。

 

「蹴散らしながら進むぜ?」

 

 ジルガは、海中へと潜るための幽霊船を目指して帆船を進ませ続けていた。

 

 


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