触媒細工された帆船
ボロ帆船の船倉には呪いの宝箱。巨大な箱の中は、呪いに穢れた品で満杯のようだ。
マティマナは両面に飾りの刻まれた手鏡に似た魔法具で、聖邪循環させながら帆船を「復元」させるための魔法を撒きちらし続けていた。
と、宝箱から幾つかの品が飛び出した。すでに、呪いが抜けた品々のようだ。
「あ、宝箱から、何か出てきて……ああああ!」
マティマナの言葉は、途中から悲鳴めいたものに変わっていた。
別に分けておこうとする間も無く、触媒細工されてしまった。それも三十個以上あったろうか。
「どうしたんだい?」
驚いた表情を浮かべてはいるが、ルードランは落ち着き払っている。
「雑用魔法というか、触媒が……宝を勝手に細工しちゃってます! 所有者さんに申し訳ないです、どうしましょう?」
復元の魔法は、触媒細工の魔法も混ぜて使っているらしく、お宝が変化してしまった。
おろおろとしながらも、マティマナの雑用魔法は止まらない。
言う間に触媒細工された品は飛び散り、海の魔法具をつけている者や関係者の元へと飛んでいった。光で取り巻き、マティマナの品を身につけていれば吸収されるようだ。
マティマナとルードランも例外ではなかった。
「おや、猟師の方々との会話も可能になったようだよ。地図の共有もできるようだ」
ディアートはライセル城にいるため、海の魔法具を身につけていない。しかし、喋翅空間の主のため対象として品は飛んで行ったようだ。
定員一杯でディアートの喋翅空間に入れていない猟師たちと、会話が可能になり、空間で展開されている竜宮船の地図も共有できるようになっていた。
その上で、喋翅空間の者たちのみでの会話も可能だった。
「ごめんなさい、宝箱の品を触媒細工してしまいました。持ち主さんはどなたですか?」
会話が可能になったので、マティマナは訊く。だが、皆、光に包まれて何やら変化しつつあるボロ帆船に釘付けで、会話どころではなさそうだった。
「呪いの宝箱は、誰のもんでもないぜ。だから、好きに使ってくれ」
ジルガの声だろうか? 豪快な笑い声とともに響いてきている。
持ち主がいないらしい。呪いの品の引き取り手はいなかったのだろう。
「それなら勝手に触媒細工されても安心だね。復元に集中しようか」
手を繋いでいるルードランが笑みを深める。
「はい!」
ルードランの笑みに見蕩れれば、マティマナの撒く魔法の量は増す。
それでも、宝箱からの聖邪循環での聖なる魔気も増え続け、ルードランの聖域へと徐々に溜まって行くようだった。
マティマナによるボロ帆船の「復元」には、様々な触媒の効果も混ざっている。
更に、雑用魔法や聖なる力での清める力も働いている。埃やゴミすら、聖なる物質と化する。船に散らかっていた、品々全てが、そんな具合に聖なる品へと変わり、触媒細工され、復元に関わって行く。
聖なる光でボロ帆船は煌めき、目映すぎ、たぶん、マティマナとルードラン以外には見詰めていることが不可能だったろう。
「凄まじい美しさだね!」
「はい! 魔法の力、まだ止まりません! 呪いの品もそろそろ浄化が終わってしまいそう……」
「大丈夫。僕の聖域にかなり溜まってる」
マティマナは頷く。
もう少し……。もう少しだと思うの!
手を繋ぐルードランには、マティマナの心の叫びも、膨大な魔法を使っている高揚感も伝わっているだろう。
復元のど真ん中で、ふたり変化して行く帆船を視ていた。
丁度、呪いの聖邪循環が終了すると同時。帆船を復元する魔法が一気に弾けるような衝撃が走った――!
「浮いてる?」
復元が完了しようとしている帆船は、光輝きながら宙へと跳ね上がったようだ。そして、海へと着水する。
「あ、そうね。船なんだから、海に浮くほうがいいわね」
砂浜で完了してしまったら、海までどうやって移動させるつもりだったのか。マティマナは全く考えていなかったが、ルードランは少しも心配していなかったようだ。
「なるほどね。復元の力の余波で移動させる手だったのだね」
いや、わたし、すっかり失念してたけど……。
何も考えていなかった。でも、そういうときのほうが物事は上手くいく。
「あら? でも、ちょっと復元と違う気がします」
「確かに」
ルードランは頷き、マティマナを抱きしめると甲板へと転移した。
錨はちゃんと海に沈んでいる。
ルードランは、縄梯子を下ろす。ジルガに続き、エヴラールが上がってきた。更には、猟師たち。
「……王妃さま、これは、復元じゃねえですぜ」
ジルガは、マティマナの顔をみると即座に言った。
「全くだ。王妃殿は、完全に別物の帆船を造ったようだ」
エヴラールも、呆れたような響きながら、感心したような口調だ。
「え? こういう帆船だったのでは?」
意味が分からず、マティマナは首を傾げた。
「そういえば、全部の触媒が反応していたね」
ルードランは思い起こすような表情をしながら呟く。
え? えええっ! もしかして、わたし、ボロ帆船を使って触媒細工してしまったの?
出来上がったのは、一応、ちゃんと帆船らしいので良かったが、そういえば、細かなゴミやら小さな木片やら、ありとあらゆるものが、聖なる光による触媒細工に巻き込まれていたような気もする。
「こりゃあ、凄い! 大砲も、魔法武器だぜ!」
乗り込んだ猟師たちの声があちこちから聞こえてくる。
「魔法銃も大量だ!」
「立派な、衝角まであるたぁ、気前がいいぜ」
衝角? と、首を傾げたが、船首下に突き出た体当たり用の武器だと誰かの思考が洩れ聞こえてきていた。大量の魔法を使ったので、色々な影響がまだマティマナに残っているようだ。
「姉上! 凄まじい光でしたが、ご無事ですか?」
少し大きくなった狼姿の雅狼の背に乗った、リジャンが甲板へと飛び込んできた。
リジャンが甲板に着地すると雅狼は直ぐに、人の姿に戻る。海の魔法具で武装した立派な姿だ。
「平気よ。リジャンと雅狼ちゃんも来てたのね」
間に合った、と、リジャンは息を弾ませている。
『大変です! 宰相側の刺客が内密でライセル城へと向かいました!』
ベリンダの声が聞こえてくる。途中、宝箱からの品で造った魔法具は、ベリンダにも届いたようだ。
「宝玉……どうしてライセル城にあるってバレたのかしら?」
「刺客がいるなら、近くに貼り付いて情報収集する者もいるのじゃないかな?」
『十体くらい、それぞれ別行動で向かったようです』
ベリンダは泣きそうな声で訴えている。
『心配無用です。ライセル城は城門を閉じ、城壁の術を発動させました。宝玉とディアート様は、私が護ります!』
法師の声が響いてきた。
「刺客は海の者だろう? 地上でどのくらいの期間、行動できるんだろう?」
ルードランがベリンダへと訊いている。
『十日くらいです』
『そのくらいなら、持ちこたえられます』
ベリンダの言葉に、法師が応える。
「では、それまでに決着をつけましょう!」
マティマナは意を決したように皆に声を掛けた。






