帆船の復元
「ただ、大きな帆船を一隻、修復、復元するとなると、少し魔気量が心配です」
マティマナは思案げに呟く。
イハナ城を分解して復元するほどではないが、鏡による聖邪の循環が必要だろう。とはいえ、邪の部分が存在しなければ魔気を得ることはできない。
『宰相側の怪異には、若干、呪いや死霊に似た不浄の気配がありました』
法師の声が空間越しに聞こえる。
あ、それなら、怪異と対峙することで少しは聖なる力を得られるかもしれないわね。
マティマナは、雑用魔法の「お届け」の応用でライセル城の工房から聖邪循環のための鏡を「取り寄せ」た。
「幽霊船も、宰相側が優位になると、不浄が高まるようだぞ?」
バザックスも言葉を足してくれている。怪異だけでなく、幽霊船と戦うときにも聖邪の循環が効くかもしれない。
何で必要になるか分からないから、聖なる要素の魔気を溜めておく必要がありそうだ。
「聖なる力を得るのに、邪や不浄が必要なのか? それならボロ船にある古い宝箱が呪いを受けていて誰も中身に触れないそうだが、役にたつか?」
エヴラールはこれから復元しようとしているボロ帆船に、呪いの品があることを教えてくれた。
「そんなにハッキリと、呪いだと分かる品が存在しているのですか?」
マティマナは、そんな危険なものが放置されていることに吃驚して悲鳴を飲み込みながら訊く。
それだと、近づいたものには呪いの付着があるかもしれない。
「船倉の奥だ。誰も近寄らんそうだ」
経験的に、皆、呪いの存在を知っているのだろう。少し安堵でき、マティマナは頷いた。
「呪いが強力であれば、帆船の復元ができるくらいの聖なる魔気が集められるかもしれないね」
ルードランは、ずっと聖域のペンダントを着けてくれている。
復元のための魔気を補給できるだろうし、呪いが消えれば宝箱の中身は出し入れ自由になるはずだ。
「では、先に行って船の復元をすることを伝えて置こう」
エヴラールは、そう告げると張りだしから浜へと降り、海へと潜って行った。
「とにかく、幽霊船を止めなくてはです」
宰相側が幽霊船を乗っ取ったなら、ルルジェ港に攻め入ってくるつもりだろう。
「そうだね。急ごう」
マティマナは必要なものを手早く揃え、ルードランの転移で猟師たちの根城のひとつであるボロ帆船の近くへと向かった。
海から泳いできても良いほどに近いらしく、すでにエヴラールは猟師たちに話をつけてくれている。
復元の邪魔にならないように、皆、外にでようとしていた。
「呪いの品は、どこでしょうか?」
マティマナはルードランと手を繋いだ状態で、ボロ帆船から出てきた猟師たちに訊く。
ボロ帆船は、砂浜に乗せ上げられ船倉の一部を砂に埋める形で固定されている。
船倉に横から穴を開けて扉を造り、出入りに利用しているようだ。復元したら、たぶん、後からつけた扉などは無くなってしまうし、根城としては使えなくなるだろうが、猟師たちは帆船が甦ることを歓迎している様子だった。
「扉を入ってすぐに下に降りる階段だぁ。誰も降りない階段だが、二階分ほど降りれば船倉の名残がわかりますぁ」
呪いがあると分かっているので、階下は放置されているようだ。
少し掃除も必要かも? あ、でも、復元するのだから掃除するまでもないかな?
「行って見よう」
ルードランに手を引かれ、扉を潜る。
入ったところは、意外に綺麗に掃除されていた。階下への階段はすぐに分かったが、長いこと人の出入りした形跡がない。それは呪いらしきが洩れずに良いと思う。だが、たぶん、相当に荒れ果てた状態になっているだろう。
想像どおり、階下へと降りようとすれば、蜘蛛の巣やら、埃やら大量で、木は朽ちる寸前の状態だ。マティマナは無意識で、雑用魔法を撒き散らしている。呪いの気配はまだないのが分かるし、ふたりで進むところくらいは、そこそこ綺麗にしたい。
「無理しなくて大丈夫だからね?」
「はい。だだ、もう、これ魔法使わずに歩くの無理ですよ?」
マティマナが止めようとしても、勝手に雑用魔法は最低限の掃除をしようとしていた。
言われたように、二階分降りる。
古びて水が染みたような材木に囲まれ、ただ浸水まではしていない天井低めの倉庫の底らしき。湿気たような埃を除去しつつ、幾つかは空箱だが、まだ何か入ったままの箱が多数積まれているのを確認する。
そして、奥にあるのが宝箱らしき豪勢な飾りの大きな箱がある。
「あれが呪いがかかっているらしい、宝箱かな?」
ルードランの言葉に、マティマナはこくこく頷く。なんだか、馴染みの嫌な感覚があるから、たぶんそうだ。周囲に滲み出しているのはわずかながら呪いの気配がする。
「少し、魔法かけてみます」
雑用魔法をかければ、呪いであれば何らか反応する。
マティマナからキラキラの光が、宝箱のような大きな箱を取り巻くと、蓋の縁や、継ぎ目に燐光があるのが分かった。
「やっぱり、呪いのようだね」
蓋が閉められていても滲み出すくらいだから、開けるのはちょっと怖いが、鏡による聖邪循環にとっては朗報だ。マティマナは両面に飾りのある手鏡のような形の魔法具を取りだした。
邪の面を宝箱に向けると、邪気を奪い始める。その勢いで、中の邪が暴れたか宝箱の蓋が跳ね上がった。
ひゃあああっ! 呪いが渦巻いてる?
蝶番があるので、蓋は、向こう側へとぶら下がっていた。宝が入っているのかどうか、呪いの澱みのせいで判別できない。
「ああ、凄い量の呪いですっ」
鏡はどんどんと邪気を吸い込み、聖なる魔気成分に変換する。マティマナの魔法の杖や魔気の器へ流れこみ、すぐに満杯になったらしい。繋いだ手からルードランの聖域のペンダントへと、流れこみ始めた。
「ルーさまの聖域、満杯になったりしませんよね?」
マティマナには、自分の魔気量も、ルードランの魔気量もなぜか知ることができない。だが、ルードランはふたりの魔気量を把握できる。かなり不安な気がして訊いた。
悪魔憑きのロガに仕込まれた呪いと、良い勝負な気がする。
「まだ、当分平気だけど。この凄まじい呪いの量なら、聖邪循環させながら帆船を復元したほうが良いかもしれないよ」
帆船に乗ったままでも、復元は可能だろうか?
だが、このまま、やるしかなさそうだ。
形は崩れていないから、たぶん平気。
マティマナは、自分に言いきかせる。雑用魔法の「修復」から進化した「復元」を、手をつないだルードランと自身とを中心にして撒きはじめた。
「すごい量の魔気を使えるようになったのだね!」
ルードランは感激したような歓喜したような声で言いながら、マティマナへと使った分の魔気を繋いだ手から戻してくれる。
「ああ、確かにっ」
戻ってくる魔気の流れで、復元に使った魔気量が分かるような感じだ。呪いを聖邪循環させながら、立て続けに復元魔法を拡げて行く。帆船全体を包み込むために、次々に。
ルードランが、上手に魔気の流れを調整してくれているから、マティマナは安心して「復元」を撒きつづけ、聖邪循環も続けることができた。






