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海中散歩と怪異を乗せた幽霊船

 先日の戦闘の折、海に雑用魔法で蓋をしてから、宰相側からの攻撃は形を潜めていた。かえって不気味だ。

 

「少しだけで良いので海の中に、入ってみたいのですよね」

「試すなら早いほうがよさそうだね。怪異がいない今のうちに行ってみようか」

 

 早朝に、マティマナはルードランとふたり、海の魔法具での防具と武器とを身につけ浜辺へと降りていった。

 

「防具といっても意外に、元の衣装のままですね」

 

 自分で触媒細工しておきながら、マティマナは不思議な気分だ。

 

「海に入ると変わるのだろうね」

 

 猟師たちやエヴラールからの報告も聞いているし、海での戦闘時に見てはいる。だが実際に身につけて体験するに限ると思う。

 波打ち際へと進むが、普通に衣装のまま。だが、濡れない。

 

「あら、不思議な感じ」

 

 マティマナはルードランと手を繋いだまま、波を追うようにして海へと足を踏み入れた。

 

「海、怖くはない?」

 

 泳いだことがないと知っているので、心配そうにルードランは訊いてくる。

 

「ルーさまが一緒ですし、大丈夫です!」

 

 海のなかでも、ルードランはマティマナを抱きしめれば転移できるだろう。それは何故か確信しているので怖くはなかった。

 ざぶざぶと海中へと入り、胸まで浸かるころにはルードランと一緒に頭から海中に潜って行く。

 

「ああ、確かに呼吸も、会話もできそうだね」

「はい! ルーさまの声、ちゃんと聞こえてます! 海の中、とても綺麗です!」

 

 一枚、空気の層を纏っているような感じで、呼吸もできるし視界も良好だ。海の世界が見えている。海上の光が、淡く降り注いでいる初めてみる景色だ。

 砂浜は、途中から海藻や珊瑚や、綺麗な石、貝類などが混じりだす。そして、小さく綺麗な魚も泳いでいた。

 

「思ったよりも、ずっと綺麗な海だったんだね」

 

 ルードランも感心したように呟く。海の魔法具をつけて入る海は、だいぶ印象が違うのだろう。

 

「こんなステキな世界が拡がっているとは思いませんでした!」

 

 海の中、魔法具の効果で衣装は濡れずにひらひらと、地上と同じような雰囲気だ。

 動きも、海水の中とは思えないほどの軽やかさ。

 綺麗な魚たちと一緒に泳ぐのは、夢の中でのできごとのようだった。

 

「泳ぐのと、少し違う感じだよ?」

 

 そういえば、手をつないだままでも問題ない。泳ぐ動きはしていないのに勝手に行きたい方向に進んでいる感じだった。

 

「そうですね! なんだか、空を飛んでいる感じ?」

 

 空を飛んだことはないが、感覚的には空中のようで水の抵抗が余り感じられない。

 意外な速度で海中を進み、ルードランが以前言っていたように不意に深くなる辺りまで来ていた。

 

「ここを降りるのは、もう少し慣れてからのほうがいいね」

 

 深くなっている所から先は、底まで見えていない。途中から不意に暗くなる感じのようだ。

 

「竜宮船って、海底にいるのですよね? 随分と暗いのではないでしょうか?」

 

 エヴラールも早いうちから灯りを欲しがっていた。少し潜るだけで暗そうではあるし、潜るのは昼間だけとは限らない。夜の海は、端から真っ暗だろう。

 

「灯りの強化は必要かもしれないね。後は、どのくらい海中で戦闘が可能なのだろう?」

「その辺り、博士からも詳細を訊いたほうが良さそうですね」

 

 

 

 マティマナとルードランが海から浜へと戻ると、丁度、波打ち際でリジャンと雅狼が遊んでいるところだった。メリッサは、少し離れたところで歌の練習をしている。

 

「姉上、潜ってらしたのですか?」

 

 リジャンが海から上がってきたマティマナを見つけて声を掛けてきた。

 

「ええ。初めて海のなかを見たの。とても綺麗な海ね」

「雅狼君も、海がすっかり平気みたいで良かった」

 

 ルードランは、波と戯れている雅狼へと視線を向けながらリジャンへと囁く。

 

「はい! 身体は大人になりましたが、雅狼、結構、子供っぽいところありますよ。ずっと波にじゃれてます」

 

 狼の耳のある大人の姿から、時々、狼の姿に変化しながら波の動きを追っている。とても水を怖がっていたとは思えないような楽しそうな様子にマティマナは笑みを深めた。

 

「雅狼ちゃんも、海の魔法具を身につけているのよね? 変身しても大丈夫そうね」

 

 海の魔法具のお陰で、狼姿でも毛並みは濡れずにいる。人間型になったときも、立派な衣装や武装的なものが濡れる気配はないようだ。

 

「ボクもメリッサも全く濡れませんし、素晴らしいですよ。姉上の魔法具」

 

 リジャンは、雅狼が水を怖がるせいで今回は役に立てないと思っていたのが解消したせいか、とても溌剌(はつらつ)としている。

 

「みんな、何か魔法具に要望があったら教えてね? まだ、何か足りない気がしているの」

 

 まだ使用していない海の素材もある。だが、闇雲に触媒細工してもダメなことはマティマナには分かっていた。何か、手がかりがほしい。今のままでは、竜宮船に乗り込んで姫を助けることは難しいと感じられている。

 

 

 

「地図として使用している宝玉が、竜宮船の所持の証らしいな。竜宮船を我が物にするには必須で、宰相は血眼(ちまなこ)で探しているらしい」

 

 エヴラールは、人魚ベリンダからの情報を伝えてくれる。

 元々リアラリール姫の持ち物であるため、宝玉の行方が知れなくても竜宮船は姫の意志に従うらしい。そして、現状のまま姫を殺してしまえば、竜宮船は崩壊する。

 

「何か、足りない気がするのです」

 

 マティマナは、激しい叱咤がくるのを覚悟でエヴラールに訊く。

 

「それは、私も感じている」

 

 思いがけず同意され、マティマナは吃驚(びっくり)して瞬きした。

 と、階段をバタバタと降りてくる音が響く。

 

「幽霊船が、宰相側に乗っ取られたようだ。幽霊船が怪異と共に向かって来ているぞ」

 

 空鏡の魔石が反応したのだろう。バザックスはギノバマリサを連れて工房へと入りながら報告してくれた。

 

「沖から……どこを目指しているのでしょう?」

 

 マティマナは反射的に訊く。

 

「先日、義姉上(あねうえ)が魔法を撒いたあたりではないか?」

 

 バザックスは魔石からの映像を空間で共有して視せ始めた。

 幽霊船には、たくさんの怪異が乗り込んでいる。人に半ば化身したような(たこ)系や、烏賊(いか)系、さめ系の怪物だ。

 

 海面には、多数の戦う人魚たちが泳ぎ、盛んに魔法の光を幽霊船へ向けて放っていた。

 甲板にいる怪異たちが、魔法を魔法で弾き返している。

 

 幽霊船と戦うには、どうしたら良いのだろう?

 猟師たちの漁船は小さい。保養所にあるのは、小舟三隻だ。

 

「猟師たちが根城にしている、ボロ帆船が甦ればな……」

 

 エヴラールの呟きに、マティマナは瞳を輝かせた。

 

「復元しましょう!」

「そうだね。ボロといっても、根城にできているくらいだ」

 

 ルードランも同意する。

 

「復元? 甦らせることが可能なのかね? あの帆船には、攻撃能力がある」

 

 エヴラールは、驚きの表情だが希望を抱くような視線をマティマナへと向けた。

 

 


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