ルルジェ港の窮地
ひとまず皆の集う宿屋の広間へと戻った。マティマナとルードラン、エヴラール、法師も一緒だ。
「いやぁ、あの海の武器と防具は素晴らしいです!」
「海の中でも、思い切り戦えましたですよ」
「魔法で攻撃や防御ができるとは驚きですぁ」
自警団の猟師たちは、口々に絶賛してくれている。
「改良してほしいところがありましたら、遠慮なく伝えてくださいね!」
マティマナは嬉しい気持ちになりながらも、たぶんもう少し改良しないといけないことは、なんとなく分かっていた。それでも、当面は凌げると思う。
「宰相側が裏切ったとはいうが、両方の意見を聞かねば過ちを冒す。とはいえ宰相側の者たちとは思うように会話ができんな」
盛り上がる猟師たちを景色の良い張りだしにある席へと誘導した後で、エヴラールは溜息混じりにマティマナやルードランへと報告した。
エヴラールは、ずっと浜に出かけたきり、この宿屋に泊まっているようだ。
「ライセル城に、お戻りにならないのですか?」
マティマナは不自由があるのではないかと心配で問う。
「空間を通じて会話ができる。問題なかろう?」
「ここにお泊りなのですか? 不自由はございませんか?」
「岩礁の上の宿屋は快適だ。何より海が見える」
嬉しそうな響きでエヴラールは告げた。
海洋研究をしている博士だから、海の近く居られるのは嬉しいのかな?
マティマナは確かにエヴラールが楽しそうな気配なので、取り敢えず納得した。
「宰相側の裏切りとは、どのようなものなのかな?」
ルードランは、人魚から色々と事情を聞いたらしきエヴラールへと訊く。
「あの人魚は、名をベリンダと言う。竜宮船を統括する姫の侍女だそうだ。リアラリール姫というらしいが、宰相側に捕らえられて監禁状態らしい」
「ええっ、そんな状況に……? よく、ベリンダさん、逃げてこられましたね?」
「どうにか、助けを求めようと必死なのだろう。宰相はセゲゼーツという男性らしい。人魚のようにも見えるが鮫の化身だそうだ」
それは、宰相自体と話し合いが難しいような気がする。
「ベリンダさんは、竜宮船に戻られたのですか?」
「秘密の通路があるとかで。ただ、竜宮船は想像以上に迷宮らしい。手引きなしでは、どこにも辿りつけんそうだ」
人魚のベリンダに案内してもらうことになるのかな?
マティマナは思案しつつも、海底の迷宮を探索するとなると、かなり長い刻を海中で過ごすことになることを危惧した。今の海の魔法具で、どのくらの刻、耐えられるものだろう?
「宰相の目的はなんだろう?」
ルードランが思案気に訊く。
「竜宮船の乗っ取りだろう。ただ、姫を監禁しても殺しても、竜宮船は自由にならないとかで」
ベリンダから事情を聞いてエヴラールも色々と思案している様子だった。
「姫を人質に……竜宮船を手にいれようというわけですか?」
今度はマティマナが訊く。
「本来なら戦いの本能のみで生きるような鮫の化身が、宰相を務める才がある。これは、かなり厄介だろう」
少なくとも反乱を起こした宰相であるセゲゼーツは、自分の身は自分で守れる。一番の戦闘力である可能性も高い。当然、魔法も使うだろう。
「幽霊船もだがね、姫側と、宰相側で取り合いになっているそうだ。幽霊船は、竜宮船から幾らでも湧かせられるが、権限は姫にある」
エヴラールは更に呟いた。
「姫側……人魚さんたち、幽霊船で宰相さん側と戦っているのですか?」
「らしい。なので、幽霊船がときどき奇妙な動きをする。渦をつくって貿易船を寄せ付けないのは、人魚側だそうだ。宰相側は、幽霊船でルルジェ港を攻めるつもりだ」
貿易船を助けるために幽霊船の渦で追い払ったのだろう。更には、近海が戦闘状態になるから、寄せ付けないよう頑張ってくれているということだ。貿易船が寄港できないのは困るが、被害がでるのは良くない。今は、無事に引き返してくれていることを願うばかりだ。
「竜宮船は到着しているのかい?」
ルードランはずっと思案気だ。
「ルルジェ沖の海中に停泊だと、ベリンダは言っていた。怪異の出現量からして間違いないだろう」
「宰相側も、姫側も、拠点は竜宮船なのだね?」
確認するようにルードランは訊く。エヴラールは頷いた。
「幽霊船には、攻撃能力はあるが海の者たちの生活には向かんそうだ」
「それで、どうしてルルジェ港を攻めるのですか?」
マティマナは首を傾げて訊く。それだと竜宮船に住むことが最良だろう。海の中に住む者たちにとってルルジェ港に、なんの価値があるというのか?
「ルルジェの波打ち際、ずっと続く海岸線は、意外に竜宮船の者の大半が棲むのに適しているとか。これは本当かどうかは謎だがね。宰相セゲゼーツが仲間を鼓舞するための言動かもしれん。宰相は港が欲しいのだろう」
何のために、港がほしいのか。宰相の思惑は、結局ベリンダも知らないらしい。
人魚ベリンダからの情報を聞き終え、マティマナとルードランは法師の転移でライセル城に戻った。
「姫さまを、救い出さなくてはいけませんね!」
工房でマティマナは決意めいて告げた。状況はわからないが急ぐ必要はありそうだ。とはいっても、即座に海に潜ったところで迷宮に行く手は阻まれる。案内人にベリンダがついてくれても、海の魔法具がどのくらい持ってくれるか謎だ。
「一度、僕たちも海中に潜ってみる必要があるね」
ルードランは思案の末のように呟いた。
「確かに。ぶっつけ本番はだめですよね。まだ、何か魔法具に足りないものがある気がします」
それが何なのか突き止めてからでないと、海の魔法具の力を借りても長時間は海中にいられない気がする。
「義姉上、私の魔石の攻撃に、海の効果を付けるのは可能だろうか?」
帰還したと知り、バザックスが工房を訪ねてきた。
「魔石さんは、なんと?」
少し首を傾げてマティマナは訊いた。マティマナに相談にくるくらいだから、空鏡の魔石と対話はしているだろう。
「私自身に、海の魔法が掛かれば良いとかなんとか?」
バザックスは、魔石の言葉を伝えてくれたが本人的には不明瞭な応えらしい。
「それ、私もです!」
メリッサも葡萄歌の魔石と対話し、バザックスと似たような結果を得ていたようだ。やはり、皆、じっとしていられないのだろう。ディアートの喋翅空間で、情報を聞きながらできることを捜してくれている。
「それなら、ふたりとも、海の防具と武器、両方の魔法具を身につければ良いのではないかな?」
ルードランが提案してくれた。
ふたりとも空間を通じて海と関わるのだし、バザックスは今も海の警邏を上空からしてくれている。
「ボクにも、それと、雅狼にも……海の魔法具を残しておいてください!」
ずっと空間に入ったきり黙っていたリジャンが、遠慮がちに主張する。
「雅狼ちゃん、薬飲んでくれたのかしら?」
「はい! 最初は抵抗していましたが。効果がではじめてからは進んで飲んでいます。明日には、全部飲み終わります」
どうやら、リジャンと雅狼も、戦力として加えられそうな気配だった。






