海の魔法具の展開
元より自警団をしていた猟師たちが、砂浜へと上がってくる小さな怪異たちを排除してくれているらしい。
グルグル回る幽霊船は、ときに動きが奇妙で止まったり動いたり。
だが、噂を聞きつけた貿易船たちは当分ルルジェ港には来ないだろう。
「ルーさまと、わたし……きっと竜宮船まで行きますよね?」
鑑定士のダウゼが一品ずつ効能書きを付けてくれた防具と武器を前に、マティマナは訊いた。
「そうだね。異界の国と同等であれば、戦いはともかく契約を交わしには行くことになる」
ルードランは慎重に応える。だが、ふたりして戦いにも加わることになるだろう。ルードランが止めても、マティマナは行くつもりだった。途中で魔法具に問題が生じたりすれば、マティマナが対応する以外に手はない。
「わたし……戦いにも行きますよ?」
「そう言うと思っていたよ。僕も行く」
ルードランは分かっているのだろう。止めはしなかった。
「私も、同行いたします」
空間から声が響き、同時に法師ウレンは工房に転移してきた。
「ルルジェの砂浜は広大ですが、怪異は港周辺に限られているようです。離れた場所に怪異の噂はありませんでした」
遠方の調査をしてくれていた法師の報告に、マティマナは少しホッとする。
「今のところではあっても、護りの範囲を拡げなくて済むのは有り難いね」
「では、ルーさまと、ウレンさん、防具と武器を選んでください」
きっと、どんな順番で選んでも、必要な者に必要な品が行くとマティマナには分かっていた。
「マティマナは?」
「わたしも、すぐに選びます」
ルードランの言葉に笑みを浮かべて応える。
「凄まじい威力の防具と武器ですね。法具以外は初めてですが、これは確かに海中でも自在に動けそうです」
法師ウレンは、海の魔法具を眺めて感嘆の声を上げた。
「それぞれ鑑定書も付いていて素晴らしいね。じゃあ、僕から選ぶよ?」
ルードランはさほど悩まずに、防具となる宝珠と、鞘付きの短剣を手にする。短剣は金細工風の飾りが美しい品だ。
「とてもルーさまにお似合いですね!」
「海での戦闘になると形が変わるのだね。魔法もこれで使えるのは凄いよ」
まだ誰も、防具の装着も、武器の展開も、していないので不安はある。それでも鑑定士のダウゼが太鼓判なのは心強い。
法師ウレンは、武器として錫杖に似たような形のものを選んだ。ちゃんと、そんな形のものが在ったようだ。
「わたしは……これと、これ……ね」
防具は、見た目はほんとうにわずかな差なので直感だ。武器は、ふわっと手にとると法師と同じように錫杖型に似た小さな杖だった。聖女の杖と同じような形だ。ただ、遊輪に小さな貝殻が通され飾られている。
あら? こんな武器、あったかしら?
「それは、またマティマナにぴったりだね。貝殻、とてもキレイだよ」
確かに、マティマナの好きな形の貝殻が多く飾られている。
「浜にいる皆さんに、届けにいきたいのですが」
ルードランに連れていってもらうためには、ちょっと荷物が多い感じがする。
「私が、おふた方と荷物とを転移させましょう」
法師が請け負ってくれた。
「あ、では、先にログス家に、ちょっとだけ寄っていただけますか? 雅狼ちゃんにお届けをしたいの。すぐ済みます」
法師に告げた後で、大人しく黙ってはいるものの、ずっとディアートの喋翅空間へと入ったままのリジャンへ、門の前で待つように告げた。
「対策、できたのかな?」
ルードランが確信したように訊く。
「はい。試してもらわないと効果のほどは謎なのですが」
雅狼は怯えて出て来ないので、リジャンに薬を渡した。一日三回、二日分。魔石用の薬に、鑑定士のダウゼは驚いていたが、ちゃんと飲めば少しずつ水を怖がらなくなるらしい。
武器は、一緒に海に潜るなら、海の魔法具を組みで渡すことができる。たぶん、どちらも雅狼が身につけることは可能だ。海中の武器ではあるが、雅狼の場合には普段使いにもできそうに思う。
リジャンに薬を渡し、すぐに浜辺へと向かう。リジャンは、空間で話を聞いてるから、海の魔法具に関してはよく分かっているようだった。どのみち雅狼が水に怯えるうちは、渡すわけにはいかない。
「海の魔法具、出来上がりました。武器と防具です」
マティマナとルードランは法師の転移で、エヴラールがいる場所へと転移されて来ていた。
帆の飾られた宿屋に併設の広間で、今は自警団をしていた猟師たちの仮事務所となっている。
「おや、それなり数も揃っているのだね」
エヴラールは、法師が転移でもってきてくれたふたつの箱を覗き込みながら呟いた。
「はい。これで足りると思うのですが」
猟師とエヴラールとで総数は二十名ほど。
いくつかは余る。リジャンはともかく、雅狼には渡したいところだが、まあ、残るだろう。
「助かる。怪異たちが大きくなりだして難儀していた」
猟師の自警団には、ライセル城から武器や防具を配給していた。その中には死霊使いとの戦いの際に造った、聖なる武器や防具もある。だが海のものたちには、今ひとつ効果がないようだった。
なので、もっぱらライセル城の騎士たちが普段使用している武器や防具、猟師たちが元より使用している銛や、槍状の武器などを使用して戦い始めていたようだ。
「これが、防具と武器たぁ、驚きだ!」
エヴラールの声を聞きつけて、ジルガが駆け寄り箱を覗き込んでいる。腕輪で魔道具の効果は実感しているらしく、海の魔法具としての防具と武器が届いたことに歓喜の表情だ。
「お好みのものを選んでください。海では形が変わるはずです」
マティマナが説明するまでもなく、それぞれの防具の宝珠にも、小さな武器にも鑑定書が付いている。
「興味深い。では私は、これとこれを……」
海の魔法具を、すっかり気に入ってくれているらしい。エヴラールは迷わず手を伸ばす。腕輪を付けたままエヴラールは、宝珠と武器を手にしたのだが、その瞬間に、ぱぁぁっ、と閃光が迸り、光となった宝珠は腕輪へと吸い込まれていった。
持っている武器は鞘のある鎌型だ。
武器は海辺にいるせいか、エヴラールが手にしたまま光を放ち巨大化しはじめた。
死に神が持つような、巨大な鎌だが造形が美しい。
「これは凄い……」
エヴラールは茫然と見蕩れている。
「こんなに大きくなるなんて」
マティマナは吃驚して呟くものの海のなかでは更に大きくなると分かった。更に魔法も発動するはず。
「素晴らしい! これは有益な魔法たちだ!」
武器を手にしているエヴラールには、使える魔法が分かるようだ。
「戦闘になれば、海辺でも防具が装着されるはずです」
マティマナは、一言付け加えおいた。






