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幽霊船からの攻撃

 早朝、空間からバザックスの声が響いていた。

 

「四隻の幽霊船が、奇妙なことをしているぞ」

 

 バザックスは、空鏡の魔石を仕掛けていた。反応があったのだろう。

 

「奇妙なこと?」

 

 ルードランが訊く。ディアートの喋翅の空間で会話をしながら、ルードランとマティマナは、身支度を整えるために別棟の一階へと降りていった。

 

「四隻でぐるぐる回って水流を起こしているようだ。誰も乗ってはいないようだから、どこかで幽霊船を操る者がいるのではないか?」

 

 バザックスの言葉に重なるように、魔石で視ている景色が空間で共有される。

 

「かなり、波が高くなってますね……」

 

 マティマナは不安そうな声を立てた。普通の帆船ではぐるぐる回ったところで海に水流など起こせはしない。

 波は、幽霊船が回るごとにどんどん高くなっているように見えた。

 

「これは……まずいね。嫌な攻撃だよ」

 

 ルードランは、珍しくかなり深刻そうな声で呟いている。

 

「あんな波をたてては、幽霊船自体が危険ではありませんか? どこかで操っているのかしら?」

 

 嵐の渦中にいるような幽霊船の映像に、マティマナは呟く。水流によって大波が次々に生み出されているように見えた。

 

「弾を撃ち込んでみたのだが、手ごたえがないのだ」

 

 バザックスも色々と試してみたようだが、首を傾げる気配だ。

 

「攻撃がきかないのですか?」

「すり抜けてしまう」

 

 バザックスは思案気だ。

 魔法攻撃がきかない? それとも、効果のある特定の魔法を探す必要があるのだろうか?

 マティマナは、不安な気持ちに包まれた。

 

「場所が良くない。このままでは、貿易船がルルジェ港に入ってこられない」

 

 ルードランはバザックスの魔石から共有される映像で、波の範囲を確認しながら呟く。

 四隻は、港から離れた沖合に近い場所にいるが、それ故に、港へ蓋をするように渦を造っている。

 ライセル小国ルルジェの都は、海からの貿易品に頼っている部分が多い。豊かな土地なので、もちろん自給自足は可能なのだが、貿易でしか手に入らない品はかなりある。そういった品を陸路から求めるのは困難だ。

 

 何より帆船は、長い航海でルルジェまで来るから港に入れないと大変だ。近くに補給できるような他の港はない。元の港に戻るしかない事態だろう。

 そうなれば、ルルジェ港に品を運んでくれる船がいなくなってしまう。

 

「貿易船が……心配です。危険ですし、補給できる港がありませんよ?」

「貿易船は戻るより他に手はないだろうね」

 

 食糧が尽きてしまう前に、元の港に戻れるだろうか?

 

「一刻も早く、幽霊船をなんとかしないとです」

「魔法がきかないとなると厄介だ」

 

 バザックスの攻撃がきかないとなると、マティマナやルードランの魔法もきかない可能性が高い。

 

 

 

「怪異も現れだした」

 

 エヴラールが、ディアートの空間のなかに声を響かせた。

 

「幽霊船と一緒にですか?」

 

 マティマナは思わず訊く。

 

「いや、全く別の場所だ」

 

 エヴラールの言葉にルードランは不思議そうな表情を浮かべた。

 

「怪異は幽霊船から出たわけじゃないのかい?」

 

 ルードランは慎重に訊いている。

 

「新たな四隻の幽霊船は沖に近い場所だろう? 猟師たちと海に潜る場合は、港から少し離れた砂浜からだ。幽霊船は最初の一隻だけが遠くに見えている。私たちが見た怪異は、もっと陸に近い」

「どのようなものが、現れたのですか?」

 

 マティマナは居ても立っても居られない思いだ。

 今すぐ、海辺へと飛んで確かめたい。しかし、マティマナには移動手段として使える魔法はない。それとも雑用魔法の中に、何か気づけていない手段が隠れているだろうか?

 

「竜宮船が近くなると現れると噂の、たこ烏賊(いか)に似た怪物だ。まだ小さいものだがね」

 

 エヴラールはマティマナの問いに応えてくれた。

 

「もしかして竜宮船が近づくと、もっと大きい怪物が出てくるのですか?」

 

 まだ小さい、との言葉にマティマナは反射的に訊き返す。

 

「そういう噂だ」

「陸に近いだなんて、人を襲うのですか?」

「今までそういう例はなかったが。シャミヌティで貿易船と悶着を起こしているから、油断はならない」

 

 エヴラールは今後は怪異が人を襲う可能性があると考えているようだ。

 蛸や烏賊に似た怪物が、徐々に大きい存在になって現れ襲ってくるの?

 まだ小さいというが、どのくらいを小さいと言っているのか謎だ。

 今までに造ってきた攻撃や防御の魔法具は、効果があるだろうか? 今までは、呪いや死霊が相手だった。マティマナに知らずに備わっていた聖なる力が運良く効果的だった。

 

「エヴラール殿は、幽霊船と竜宮船は、関連がないとお考えか?」

 

 ルードランが確認するように訊いている。

 色々と手がかりがなさ過ぎる。マティマナにしてみると、現象の起こっている海に直ぐに行かれるわけでないのが、やはりもどかしい。

 ルードランに連れて行ってもらうにしても、王と王妃が城を離れていいの?

 という思いもある。

 

「或いは、幽霊船というのが、竜宮船が新たに送り出してきた怪異なのではないかね?」

 

 エヴラールは思案気に応えていた。確定的でないことは言いたくなさそうだが、そうも言っていられないのだろう。

 

「竜宮船は、問題を起こした貿易船を追っているのですよね? ですが、あの幽霊船の動きでは、貿易船は引き返してしまいます」

 

 問題を起こした貿易船を特定しているのだから、てっきり襲うものだとばかり思っていた。だが、貿易船や航行する帆船たちは幽霊船たちのおこす大波に気づけば、場所から離れるはずだ。

 間近に引きつけてから大波で襲う、というわけではなかった。

 

「新しい海の魔法具は、素晴らしい。海中がとても明るくなった。助かっている」

 

 不意に、エヴラールは話題を変えた。

 

「どうかなさったのですか?」

 

 礼を言われているようで、マティマナは吃驚(びっくり)して思わず心配するように訊いている。

 

「猟師たちが何か騒いでいるのでね。少し様子を見てこよう」

 

 ディアートの空間には入ったままのようだが、エヴラールの声は途切れた。

 

「宝石……ちゃんと、灯りになってくれたのですね」

 

 その点には安堵したように呟く。

 

「ですが、海の怪異と戦う魔法具には、何を使えばいいのでしょう?」

 

 マティマナはルードランへと訊いた。

 

「ディアートやウレンやバザックスたちに城は任せて、僕たちも海に出かけたほうが良いかもしれないね」

 

 ずっとルードランが思案気にしていたのは、マティマナと同じ思いがあったからのようだ。互いに、王と王妃になってしまった。だが、動くべきときは来る。そして、城を任せられる者たちもいる。

 海にでかけても触媒細工が可能なように、マティマナは籠に必要な素材を詰め始めていた。

 

 


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