海中に灯りを点すために
エヴラールが小箱を入れて運んできた大きな箱の底には、大量の貝殻が敷き詰められていた。エヴラールが使えば良いと指摘した大きく綺麗な貝殻と同じものも複数入れられている。
「驚きました! こんなにたくさん!」
エヴラールは、小箱を全部出しての説明はしなかった。後から、星形の砂の入った小箱や、ヒトデの小箱など、重複したものがでてきたから底までずっとそんな感じだと思っていたから吃驚だ。
「皮肉な物言いを時々するけれど、エヴラール殿は基本、人当たりが良いからね」
ルードランの言葉にマティマナは頷いた。なんだかんだで猟師の方々と一緒に行動しているし、何の問題も起こっていない。むしろ、とても関係は良好そうなので不思議に思っていた。
マティマナの事を庶民、と言い捨てるが、別に庶民を疎んでいるわけではなさそうだ。
「最近は、とても穏やかな気がします」
再会した当初こそ、マティマナへの風当たりはかなりキツかったが大分緩和している。少しホッとしながらマティマナは応えた。
「エヴラールにも、そろそろ縁談が必要かもしれないね」
不意にルードランは、なんの脈絡もないようなことを呟く。
「ええっ? エヴラール博士に縁談ですかぁ?」
思わず大きめの声をあげてしまったが、そういえばルードランよりも、エヴラールはそれなり年上だと思う。ユグナルガの国は不老長生でかなり年を取っても若い姿のままのことが多いから、実のところ見た目で年は分からない。
「とはいえ婚姻しても落ちつきそうはないか」
「そうなのですか?」
そう訊くものの、エヴラールは海洋研究のために飛び回っている。今も竜宮船の噂で早めの帰還になったし、更にはずっとライセル城に滞在している。昼間はずっと海だ。
婚姻しても、その辺りの行動は変わらないのだろう。
でも、飛び回るなら伴侶さんと一緒に飛び回れば良いのでは?
「僕としては、マティマナが心配だよ」
は?
なぜ、そこでわたしの名前が?
一緒に箱のなかを確認していたルードランは、マティマナを抱き寄せるような仕草だ。
「エヴラール博士に疎んじられてることなら、大丈夫ですよ? 最近、だいぶ軟化してますし……」
ちゃんと魔法具造りにも協力してくれているし、わたしも酷く怒らせたりはしていない……つもり。
「全く。マティマナ、本当に気づいていないのかな?」
「あ、あの……。わたし、何かまずいこと……しちゃってます?」
少しおろおろしながら訊く。
いや、拙いことだらけだとは思わなくもない。だが、動きだしたら自分では止められないし、触媒細工も始めてしまったから、もう、誰かが止めても止まらないような気がするし。
「マティマナは可愛くて、愛しくて、本当に心配になるよ」
小声で耳元に囁かれた。
遠く離れたところで、メリッサと鑑定士のダウゼは何やら打ち合わせなのかな?
こちらの会話は聞こえていないようだった。
「海底を明るくするためには、何の素材が良いのかしら?」
海の魔法具は、素材が揃ってきているのでどんどん性能が良くなっている。
「マティマナの魔法は、きらきらしてるから、活用できそうな気がするよ?」
マティマナの呟きに、ルードランは即座に応えてきた。
「光ならば、ライセル家の魔法が使えると良いのですよね?」
「それなら、僕たちのこの耳縁飾りはライセル家由来の品だから、やはりマティマナの魔法を注ぐことで、灯りを灯せるのではないかな?」
ライセル城の敷地は、どこも必要なときに明るくなる。灯りを点すことを意識する必要がないので、ついつい魔法での灯り、というのは念頭にない。
「そういえば、聖なる魔法も、光で明るいですよね」
聖なる要素を強めれば、海中での灯りにできるのかも?
ただ、そういう意味では触媒を使って聖なる要素を注ぎ込んでいる。光るなら疾っくに光っているはずだ。やはり、エヴラールが要求してくるくらいだから何か足りないのだ。
「光のための品が必要として、それなりの数が必要なのだよね?」
ルードランが確認するように訊いてくる。
「はい。実験してくださってる猟師の方々と、エヴラール博士、それと、ルーさまと、わたし」
個数的には確定してきていた。
新たな品が届いたら、以前の品は回収し、そこに効果を足したりして再利用もするから個数は一定以上増えない。
「そうか。都の全員に配るとかは必要ないから、ならば膨大な個数がない品でも大丈夫かもしれないね」
「何か心当たりがあるのですか?」
「光なら、宝石が良いのではないかな?」
「あ! それは、確かに」
「海で光らせるなら、真珠か金剛石だろうかね」
「真珠は海の品なので、珊瑚などと同じような効果になりそうです。ですが、金剛石は……高価すぎませんか?」
金剛石との言葉に、ひゃあ、と、マティマナは心で叫ぶ。小さなものでも人数分、かなりの出費では?
「小さくて、傷ものでも使えるなら、宝物庫にたくさんあるよ?」
「そうなのですか? 触媒細工の素材にしますから、見映えは関係ないです! それは、灯りにできるかも!」
「マティマナは、聖女の杖に、光の竜の鱗を入れていたね?」
「あ、はい! 『叛逆の粉』を造りました。あの粉は、光の物質でした」
光の鱗を触媒として聖なる力を注ぐと、叛逆の粉ができた。浄化の光を放つ粉だ。
「金剛石を触媒細工するときに、同時に光の鱗も触媒にするのは可能?」
「はい! できます!」
実際に、そういう使い方をしたことはないが、できることはわかる。
ルードランと一緒に、宝物庫へと入った。
傷のついた宝石や、欠けたもの、くすんでしまったもの。宝石として使えないものも、大事に保存してあるようだ。
「この箱のなかにあるのは、宝石としては使えないものばかりだよ」
そう言ってルードランが示したのは、かなり巨大な箱だ。
「開けてみても宜しいでしょうか?」
「もちろん。ただ、どちらかと言うと、その箱はマティマナの所有物にするのが良さそうだね」
工房に運ばせようか、と、ルードランは呟き足した。
「えっ? でも、宝石は宝石なんですよね?」
箱を開けると、ずっしりとというか、ギッシリと、飾りとしては使用できない宝石だったものが入っている。
「宝石としての価値はないし。良ければ、全部、細工に使うといいよ」
ええええっ! 少し欠けているだけで、使えそうな宝石もありますよ~!
心で叫ぶものの、宝石として再び使用するとしたら研磨も必要だろうし、極小になってしまいそうだ。
それに、宝物庫の片づけをしたら廃棄にされる可能性もある。
「…………確かに、触媒細工には、とても向いてると思います」
とはいえ少し声が震える。もの凄い量の宝石だ。
「じゃあ、箱は後で運ばせるから、今は必要な品だけ取りだして工房に戻ろうか」
ルードランの言葉に、マティマナはこくこく頷いた。






