数を増やす幽霊船
夕刻、大きな箱を抱えてエヴラールが工房へと入ってきた。
「これでどうだ?」
エヴラールは、マティマナの触媒細工する広い卓の端のほうに、ドサッと箱を置きながら訊いた。
マティマナとルードランは慌てて立ち上がって箱を覗きに行く。
「もう、海底の品、集めてきたのですか?」
「潜るまでもなく猟師小屋に、この手合いはたくさん保存されている」
箱のなか、更に小箱に分けられたものをエヴラールは次々に取りだした。
先ずは、マティマナとルードランが欲しいと言っていた珊瑚のカケラや、浅瀬の海底にある綺麗気な石たちだ。
「まぁ、可愛い。小枝のようね」
乾燥された珊瑚のカケラらしき、小枝のような形が多いが網目状のものや、ギザギザな感じなものもある。白が多いが淡く紅色が付いているものもあった。
「石も、この箱は普通に石ころだが、こちらは珊瑚や貝殻の破片でできている砂だ」
珊瑚や貝殻のカケラでできた、砂粒というには少し粒が大きいものが詰まっている。
「この砂、ちょっと面白そうです。とても綺麗ね」
マティマナが嬉しそうな笑みを浮かべて弾んだ声をたてると、不思議なことにエヴラールは笑みを浮かべた。
「これが、特に私のお勧めだ」
大事そうにエヴラールが取りだした小箱には、可愛らしい形の砂が入っている。
「星形の砂……ですか? まぁ、なんて可愛らしい!」
星形は、皆バラバラの形なのだが、極小の貝殻のようにも見える。
「海洋生物の死骸だがね」
エヴラールは何気に眼を細めて嬉しそうに告げた。それを言えば、まぁ、貝殻だって元は生きている貝の持ち物ではあるし、生き物がつくる造形だ。マティマナには、星形の砂は、貝殻と同じように愛おしいような存在に見えた。
「石からの砂とは違うのかい?」
ルードランが興味深げに訊く。
「海の生物だ。虫の抜け殻のようなものだよ」
笑みを深めながら、更に箱から海の品を出して行く。
乾燥ヒトデ、たくさんの種類の海藻を押し葉状にしたものなどがでてきた。
「これ……砂金ですか? 海で砂金が?」
キラキラと金色に光る砂が混じった砂もでてきている。
「他の小石や砂が混じったままだがね。触媒細工するには問題なかろう?」
エヴラールは何気に触媒細工の何かが分かってきているらしく、確信を持って告げられた。
確かに、浅瀬の海底にある砂を使うのでも良いと思っていたのだから、そこに砂金が混じったものは勿論使える。効果は、貴金属が混ざる分だけ高くなるに違いない。
「はい! 海の砂金なら、きっと、良い効果が付きます!」
エヴラールは端整な顔の唇の端を少しあげて笑むと、少し思案気な表情をした。
「できればだがね、少し海中を明るくすることはできんかね? 潜るほどに暗くなるのは分かっていたが。深く潜ると思ったよりも暗いのだ」
もっと強硬姿勢で言い募っても良いところだと思うのに、エヴラールは意外に遠慮がちな要求を告げた。
「そうなんですね! あ、それに、夜潜るかもしれないですからね! 明るくしたり消したりできるように、何か足してみます!」
マティマナ的には、要望が出るほどに嬉しい。
自然に声が弾む。
ライセル城は自然に明るいし、あまり灯りを点す雑用魔法の必要性はなかったが、マティマナはライセル家の一員となった。ライセル家は光の魔法で満ち、城の敷地で必要な箇所を明るく保つことができている。
雑用魔法は、ライセル家由来の耳飾りからの力だ。
雑用魔法のなかに、灯りを点すものがあるのでは?
無意識に使っていた可能性もある。
「伝令です!」
ディアートの空間に入りっぱなしになっているマティマナに、法師の声が聞こえてきた。
法師は、猟師のジルガに緊急連絡に使用する法具を渡しておいたようだ。エヴラールが共にいるとき以外に連絡がとれる方法は確かに必要だろう。
「どうした?」
少し切迫したルードランの声が、空間のなかで訊く。
「幽霊船が数を増したそうです! 現在五隻」
「攻撃は?」
「今までと同様に静かで、他の怪異の存在は見当たらないそうです」
「でも、増えたということは、近々何か仕掛けるつもりですよね?」
マティマナは、ルードランと法師ウレンの会話へと割って入った。
「恐らく、そうだろうね」
ルードランは同意の声だ。
続きの報告によれば、どうやらルルジェ沖に新たに四隻現れている。最初の一隻とは少し距離を置いているが、似たような幽霊船らしい。
「仲間が集結するのを待っているのでしょうか?」
ならば、もっともっと数が増える。幽霊船に何ものかが乗船しているかは定かではないようだ。
ただ、通常の竜宮船が近くを通るときの怪異はいないらしい。
「竜宮船とは別件なのだろうか?」
ルードランは首を傾げる気配だ。
「別件であれば良いのだが。シャミヌティでの目撃情報は怪異だった。ルルジェを目指しているという情報は竜宮船のものだ」
エヴラールはわずかに悩ましげな気配で呟く。幽霊船と竜宮船は一続きだと思っているようだ。
「幽霊船の目撃情報は、今までは竜宮船がらみではなかったのですよね?」
マティマナは訊く。だから、竜宮船と幽霊船が無関係、というつもりはないが不思議だった。
「……よほど竜宮船側が激怒しているのではないかと、心配している」
皮肉をぶつけられるかと、マティマナは身構えていたのだが、エヴラールの声は何気に気弱な雰囲気だ。
エヴラールが急いで帰還したのは、竜宮船を調査したいという希望の他に、そういった危惧があったらしいとマティマナは感じた。
「海上の見張りは、私も引き受けよう。夜の海も確認できるようになった」
バザックスの声が響いてきた。空鏡の魔石も、進化しているようだ。
「ジルガたちも交代で見張ってくれているけれど、それは心強いね。だが、無理をし過ぎないように」
ルードランは嬉しそうな声でバザックスへと応えた。
「心配には及ばん。海域の範囲を指定しておけば異変があれば知らせてくれる」
微かに嬉しそうな響きのバザックス声。緊急事態なので騒ぐのは自重しているのだろう。
「バズさんの魔石、凄い進化ですね! よろしくお願いします!」
マティマナは感心した声をあげて激励する。
その途端に、実弟リジャンの魔石、雅狼が海に怯えていることを思い出した。
雅狼ちゃんの件も、なんとかしなくちゃね。改めて対策を……でも、どうすれば良いのかしら?
海の魔法具を改良しながら、その道行きに手がかりが見つかることをマティマナは祈っていた。






