猟師たちと魔法具
幽霊船は、その晩は微動だにせず気配の急変もなかった。猟師たちが交代で見張ってくれていたが、海中に竜宮船が来ているかは定かでない。幽霊船が、竜宮船と関係あるかも謎だ。
危険が迫っているかもしれない。
海中捜査も必要だ。
マティマナは、少し大きな貝殻も使って触媒細工をする。予定の個数が揃ったところで、すかさずメリッサが貝殻草の指輪と合わせて腕輪状に魔法の紐に通してくれる。貝殻草の指輪は、個数を増やして様子を見る感じだ。メリッサから受け取り、再度、触媒細工。
「今度はどうかしらね?」
腕輪は少し太さを増し、飾られる宝石めいたものの数が増えて見える。魔法効果と、魔法具の大きさはあまり関係ないようだ。
「随分と深く潜れそうです! 呼吸の続く長さも増したようです。ただ個人差がありますね」
鑑定士のダウゼは弾んだ声を立てる。
「海上ではどうかしら?」
海中と海上、どちらかに特化させることも考えたが、マティマナは両方が必要な気がしていた。
「慣れた者なら走れるでしょう。より深く潜った分、早く上昇できます。その際、潜水の障害はありませんです」
猟師のなかには深く潜って上がってくるときの体調不良を心配する者もいたが、どうやら改善されたようだ。腕輪から、聖なる膜が身体全体を包み込むような感じで呼吸ができているらしい。
「じゃあ、届けて試してもらいますね」
マティマナは、いつの間にか雑用魔法が進化し「お届け」ができるようになっていた。
特に、宛先にマティマナの聖なる品があるなら簡単に届けられる。
幾つかまとめ、ジルガ宛てに手紙つきで送っておいた。
魔法具を試してもらうのが楽になったお陰で、改良も早まった。猟師たちからの要望や、エヴラールの文句は、ディアートの空間を通じ、即座にマティマナに届く。
最近では、エヴラールの皮肉めいた口調の言葉は、とても貴重な助言のように感じられていた。
「エヴラールさま、あんな風に仰ってますが、とても嬉しそうですね」
メリッサが、空間に聞こえないようにマティマナにコッソリ告げる。
マティマナも笑みを深めて頷いた。
「お陰で改善点が明確になって嬉しいの」
なんだかんだ言いながら、エヴラールはマティマナの聖なる海の魔法具を使いこなしている。
着衣のまま問題なく水中深く潜れることには、かなり感動してくれていたらしい。
それは猟師たちも同様で、皆、水系の魔法を若干は会得しているらしいが、そんなものが不要になるくらいには、魔法具の性能も良いようだ。
「いざというとき、僕たちも海に潜る必要がでてきそうだね」
工房へと入ってきたルードランが、マティマナに耳打ちした。
「やはりそうですか……」
竜宮船は、要塞船。小国のようなものだと聞く。であれば、異界のときと同様に最終交渉にはルードランと一緒にマティマナも行かねばならないだろう。
「幽霊船に動きはないが、いつ異変が起こるかわからない。竜宮船と関連があるかも謎のままだ」
「ディア先生の空間は、海のなかからでも連絡できてますね」
「エヴラール殿の声が、海中から届いてきているのは朗報だと思うよ」
「わたしたち、海上はルーさまの魔法で大丈夫ですから、問題は海中ですね」
マティマナは少し不安そうに呟く。
「マティマナは泳げる?」
「……いえ。泳いだことがないので、たぶん泳げないです」
海にも湖にも川にも行ったことはなかったし、下級とはいえ貴族令嬢であれば余程でなければ泳ぐ機会は得られないと思う。
「僕は一応、泳げるけれど。マティマナの魔法具は泳げなくても使えるのではないかな?」
「そうなると、泳げなくても泳げるような機能を足しておいたほうがいいですね」
マティマナは独り言ちるように呟く。
「王妃さまの魔法具は、今の段階で泳げない者でも泳げる機能がついております」
声を聞きつけたらしく鑑定士のダウゼが言葉を届けてくれた。
「あ、それなら安心ですね!」
「深く潜るための改良は、必要でしょう。ただ、貝殻だけではたとえ大きな貝殻を使ったとしても限界があるかもしれません」
今まで触媒細工をした魔法具の鑑定をしていたから、なんとなく分かるのだろう。ダウゼは少し思案気だ。
「色々と足してみたらどうかな? 貝殻草の指輪みたいに思いがけない効果のものがあるかもしれないよ?」
「そうですね。貝殻だけでは海のものとして足りないのかもしれないです」
自在に泳げ、深く潜れ、最悪の場合は戦闘も考えられる。海中での防御魔法に攻撃魔法、今までとは全く違う品が必要なのかもしれない。
「今のところ、幽霊船のみの対応だからね。怪異であるかもしれないし、違うかもしれない。怪異でないなら、まだ竜宮船は来ていないことになる」
ルードランも思案気だ。
マティマナとルードランが海に潜るとしたら、竜宮船の到着後であるのは間違いない。それまでは、触媒細工で少しでも性能の良い海の魔法具を造ることに専念する。
「海のもの……今のところ、珊瑚の磨いたものがありますが。個数が少ないですし、大量生産には向きませんよね」
「宝石用ではなく、珊瑚のカケラのようなものも届けて貰おうか。浅瀬の海底の石とかはどうだろう?」
ルードランの言葉に、マティマナは深く頷いた。
「それ、良さそうな気がします! 試したいです!」
ディアートの喋翅の空間は開きっ放しだ。ルードランは早速、エヴラールに珊瑚のカケラや、浅い海底の砂などを手に入れてほしい旨を伝えている。エヴラールはジルガへと伝えながら、何か補足的な説明をしている。
さすがに海洋博士、というだけあって海に関しては、ある部分では猟師のジルガよりも精通している。
「海底の品が入り用なのかね?」
エヴラールが喋翅の空間を通じてマティマナに訊いてくる。
「はい。珊瑚のカケラでも、小石でも、きっと触媒細工に使えます!」
マティマナの言葉に、エヴラールはしばし沈黙し、その後で声を響かせる。
「海底のものは他にもあるが、その二点を特定している理由はなんだね?」
詰問するようにエヴラールは訊く。何やら、とても真剣な気配だ。
「他に何かあるのかい? 海に潜ったことがないのでね。僕もマティマナも良くは知らない。海底の品でお勧めがあれば、ぜひ何でも構わないから届けてくれないか?」
ルードランの言葉に、なるほど、と小さくエヴラールの声が聞こえる。
「承知した」
エヴラールは、何やら愉しげな響きの声で告げると、ジルガのほうへと向かったようだった。






