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夜に浮かぶ幽霊船の影

 夕食の後、仮住まいの豪華別棟へと向かう途中で不意に抱きしめられたかと思うと塔の屋上だ。

 

「ルーさま、早業すぎますっ!」

 

 顔を見上げて訴えるものの、腕のなかは心地好く。つい肩口に額を寄せるようにしてもたれ掛かる。

 

「一刻も早く、マティマナを独占したくてね」

 

 軽く抱きしめながらルードランは囁いた。

 

「わたしから抱きつく隙が、ルーさま、全くありません……」

 

 どちらかと言えば、マティマナは嬉しそうな声で告げている。ルードランは腕を解き、今度は手を繋いでくる。

 

「抱きつき合戦なら負けないよ?」

 

 ルードランは愉しそうに囁いた。

 夜の塔からは、ルルジェの都は点る灯りにか、もうひとつの星空のよう。そして少し見上げれば、満天の星。

 

「夜の景色も素敵です」

「マティマナと一緒だから、より一層、素晴らしい景色だね」

 

 ルードランはマティマナと同じ方向を眺めながら応えるように囁いた。

 昼間であれば海が見えるのだろうが、その辺りは灯りもなく真っ暗だ。

 ――常であれば。

 

「ルーさま! ……海の辺り、なんだかヘンです!」

 

 マティマナは、海の方向に怪しい光の澱みを視て緑の瞳をみはる。

 

「ん? どのあたりかな?」

 

 ルードランは首を傾げつつも、良く見ようと少し身を乗り出す。

 ルーさまには、視えていない?

 

「なんだか、嫌な気配が海のほうに……こうしたら、視えるのではないでしょうか?」

 

 マティマナは、ルードランの腕に両腕を絡めるように抱きつく。

 不吉な燐光めく蒼白い光。真っ暗であるべき海の在る場所だ。

 

「あ、見えるよ! 何だろうね。確かに嫌な雰囲気だ」

 

 本来、視えないらしい不吉な気配の光。

 

「何だか、不気味な感じがします……」

「調べさせている暇はないね。行ってみよう」

 

 港なり、浜辺なり、行ったことはある。夜で方向しか分からないが、ルードランはマティマナの身体を抱きしめ即刻転移している。

 同時に、ディアートの喋翅の魔石が造り出す空間へと意識をつなぐ。

 

 ルードランは、主な者たちに喋翅の空間から招集を掛けていた。もう何気に手慣れた感じだ。

 

「どうされました? 港に居るのですか?」

 

 驚いたような法師の声が聞こえてきた。

 

「海に怪しい光がある。マティマナと来ているよ」

「今すぐ、参ります!」

 

 法師は、転移ではなく都の者たちの目撃情報などを確認しつつ宙を駆けてくるようだ。

 

「光っているのは船でしょうか? ……幽霊船?」

 

 マティマナは呟くが、港からでは距離が遠い。

 ルードランはマティマナの手を取ると、宙へと浮かび上がる。

 

「少し近づいてみよう」

 

 マティマナは頷き、光の方向を見定めようとした。

 

「幽霊船だと、言っている者が何人か居ますね」

 

 法師の声が、空間越しに聞こえてきた。

 

「ディアート、エヴラール殿を空間に招待してくれるかな?」

 

 空間の主であるディアートへと、ルードランが頼んでいる。最初の空間への招待は、魔石の所有者であるディアートにしかできない。

 

「分かりました」

 

 速攻、ディアートはエヴラールを招いていた。

 

「海で異変? 怪異か? いや、ここは何だ?」

 

 しばらく混乱するエヴラールに、ディアートが何やら空間の説明と状況の説明をしてくれている。近くにいたようで、対面で話をしている。エヴラールは、現在、ライセル城の客棟に泊まっているし、ディアート辺りと共に食事をすることも多いようだ。

 

「誰か、私を海へ!」

 

 状況が分かったらしく、必死な響きのエヴラールの声が聞こえてきた。

 

「任せて」

 

 ディアートの空間にいるギノバマリサが対応している。エヴラールが昼間かよっている猟師たちの溜まり場へと転移させたようだ。

 猟師の船に乗せてもらい、船らしきに近づくつもりだろう。

 

「済みません、ボクは保留で。見守ります」

 

 力ない声が、ぼそぼそと聞こえた。

 

「リジャン、どうかしたの?」

 

 マティマナが不思議そうに訊く。

 

「ぁぁぁぁ、雅狼(がろう)が、海と聞いた途端に仔犬に戻って震えてるんですよ……」

 

 情けなく響くリジャンの声。

 

「まぁ!」

 

 メリッサが驚いた声をあげている。

 

「雅狼? 狼なら、水は苦手だろう」

 

 エヴラールの声が当然のことのように響く。雅狼と聞いただけで狼だと分かるとは、ちょっと不思議ではあるが。空間を共有しているので伝わることもあるのだろう。

 

 それは、なにか対策が必要では?

 マティマナはちょっと焦りを感じる。雅狼は、大事な戦力だ。

 

「やっぱり、幽霊船のように視えます」

 

 近づいて行くにつれ、帆船の形が明確になり、マティマナは呟く。幽霊船らときは、ただ静かに浮かんでいる。塔からは燐光のような蒼白さで視えていたが、近づくにつれて暗い帆船の影だけになる感じだ。ボロボロの船体に、ボロボロの帆。

 

「静かだね。怪異なりが、乗っているのだろうか」

 

 余り近づきすぎないように気をつけながら、ルードランは幽霊船らしきの周囲に浮かびながら甲板を確認している。

 猟師の船が一隻、凄い勢いで近づいてきた。

 

「怪異なのか? 幽霊船というのは初耳だ」

 

 驚きに満ちたようなエヴラールの声はディアートの空間から聞こえてきたが、もう極間近に来ているようだ。

 

「特に、動くものは居ないようだね」

 

 宙から確認しながらルードランがエヴラールへと空間越しに声を掛ける。

 

「ルードラン殿? いつの間に、魔法を使うようになったのだね?」

 

 魔法を使って宙を移動しているのは、ルードランの魔法だと分かるようだ。

 エヴラールはいぶかしげに訊く。

 

「マティマナのお陰だよ?」

 

 ルードランは応えながら、エヴラールの乗る漁船に近づいた。

 

「そのくらい自由に、海上を歩けるようになりたいものだ」

 

 今は、漁船の上。エヴラールは少し悔しそうに呟いた。マティマナから受け取った魔法具は、ふたつともしっかり身につけているようだ。一刻も早く、海の魔法具を使いこなしたいのだろう。

 

「船での警邏(けいら)を増やしますぁ」

 

 漁船からジルガの声が響いてきた。ジルガがエヴラールを乗せてきてくれたようだ。

 昼間、一緒に行動しているせいか、すっかり気心が知れた様子だ。しかしジルガとエヴラールの組み合わせは、マティマナにとってはかなり謎な印象だ。

 

「今は、船しかいないようだけれど。今後、何をしてくるか分からないからくれぐれも無理はしないように頼むよ」

 

 ルードランはジルガへと告げている。

 ボロボロの幽霊船は不気味なほどに静かで、動くものの気配もない。怪異のひとつであると判断して良いのかも分からない。

 

「竜宮船から、送り込んでくるつもりだろうか……」

 

 エヴラールがひとちる響きが、漁船から微かに聞こえてきた。

  

 


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