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博士の帰還

 猟師自警団のジルガたちから、毎日たくさんの貝殻が届くようになった。

 中には、ときどき綺麗に磨かれた珊瑚や綺麗な石も混じる。

 

「まぁ! 今日も綺麗な貝殻がたくさん!」

 

 メリッサが整頓しやすいように、マティマナは雑用魔法で棚に丁度に収まる箱を造って渡す。種類ごとに分けてくれている。

 

「小さな貝も、大きな貝も、なんて素敵なんでしょう!」

 

 マティマナは相変わらず貝殻に惹かれ過ぎて心が痛いくらいだった。届けられる貝たちは、ときに白一色の変わった貝殻ばかりであったり、色とりどりの吃驚(びっくり)するような色合いの詰め合わせだったり。心配りされた贈り物になっている。

 

「大きな貝殻! こんな貝殻もあるのですね!」

 

 大きなだけでなく、造形も素晴らしい。こんな美しくも不思議な形が、どうやって作られるのか。考えるだけでワクワクするし、いつもただただ魅入ってしまう。

 

「お礼状を送らなくてはね!」

 

 毎回、メリッサと一緒に貝殻に見蕩れ思わず騒いでいた。

 ついつい童心にかえってしまう。いや、夢見がちな少女の心地? 貝殻たちを眺めているだけだが、なんとも不思議な気持ちに包まれる。

 

「王妃さまが昨日造られた小さな貝殻の触媒細工は、皆、海関連の魔法を有しているようです」

 

 鑑定士のダウゼは、同じ効果の物同士は同じ小箱に入れ移動式の卓へと乗せて、マティマナの元へと運んできた。

 

「どのような効果なのでしょう? 貝殻の形は案外残っているし、どれも小さな穴が空いてますよね?」

「この小さい貝からの魔法具は、いくつか連動させて使うのが良いようですね。穴が空いているのは、紐なり鎖なりを通すためでしょう」

 

 紐であれば雑用魔法で造れる。綺麗な紐にしたければ、何か素材が必要だ。

 とはいえ雑用魔法でも少し綺麗な紐が造れるし、貝殻には合うかも?

 

「貝殻を紐に通した宝飾品、きっと可愛らしいでしょうね」

「魔法効果の違うものを紐に通すと良さそうです。たとえば、水中で呼吸できる、水中深く潜れる、水圧を弾く、水中で自由に動ける、水流に負けない、そういった細かい効果です。ただ、貝が小さいためか全部付けても浅瀬用ですね」

 

 マティマナはダウゼの言葉に頷き、雑用魔法で紐を造る。小箱ごとに、話してくれたのと同じように効果を書いた紙が入れられていた。水中の呼吸にしても、何か違いがあるらしく何種類もあるようだ。

 各小箱からひとつずつ穴のあいた小さな貝殻を取りだし紐に通してみた。

 紐にしゃらしゃらと貝殻がつながる。

 

「丁度、腕輪みたいにすると、良い感じね」

 

 マティマナが腕に嵌めてみると、不意に触媒細工された。

 

「まあ! とても素敵です!」

 

 近くでずっと成り行きを眺めていたメリッサが思わず、といった気配で声を立てた。

 紐にたくさんの貝殻を通した玩具のようだった腕輪は、貝殻や宝石の浮き彫り細工でできたような腕輪に変わっていた。繊細な模様が白く浮きあがり、地色は綺麗な青色。ピッタリと手首に嵌まっているが、魔法具なので着脱は簡単そうだ。

 

「おお! なんと! 効果が強まりましたな! これひとつで、かなり深くまで海に潜ることができるでしょう」

 

 鑑定士のダウゼは、驚きを隠せない声で言う。

 

「あら……。無意識で触媒細工してしまったのね。貝殻も可愛らしかったけれど、これは美しいです!」

 

 美しいうえで、ちゃんと貝殻の持つ不思議なワクワク感は残っている。なので、マティマナは少し安堵した。

 触媒細工で形が変わっても、貝殻の持つ魅力は消えずに倍化するのかもしれない。

 

 

 

「マティマナ、お客さまだよ」

 

 騒いでいると工房にルードランが客を連れて入ってきた。湧いていた三人は、慌てて口をつぐむ。

 

「聖女認定され、王妃になったというのに、相変わらず庶民のままか」

 

 聞き覚えのある、マティマナをかたきにしている響きの声。

 

「あ、エヴラール博士? ご帰還ですか?」

 

 マティマナは、出逢いの気まずい雰囲気を極力忘れるようにしながら丁寧な礼をする。

 

「相変わらず、埃まみれの生活か?」

 

 工房を見回してエヴラールはマティマナへと皮肉めいた響きの声を浴びせた。短めの銀の髪に金の眼、なんとも美青年なのだが最初のマティマナの姿を忘れてくれないようだ。

 

 ひゃぁぁ! まだ、言ってる……。

 エヴラールは初対面だったときから、何故かマティマナに突っかかってくるのだ。

 

「マティマナは埃まみれでも綺麗だよ。それに、ここは塵ひとつ落ちていない。おや、綺麗な腕輪だね。造ったのかい?」

 

 ルードランはエヴラールから離れ、マティマナに寄り添う。そして、マティマナへと笑みを向けて囁き、訊く。

 

「はい! 小さい貝殻を紐で纏めて身につけてみたのですが、合体して強力な海の魔法具になったみたいです」

 

 マティマナの言葉に、「海?」と、エヴラールが小さく呟き強烈な視線を向けてきた。

 

「海で必要なさまざまな魔法が一括された魔法具におなりです」

 

 マティマナの言葉を補強するように、鑑定士のダウゼが告げた。

 嫌々ながら工房に足を運んだ気配だったエヴラール博士の表情が変わっている。

 

 欲しい……。

 

 気のせいかと思ったが、エヴラールの小さな呟きだ。

 

「エヴラール殿は、海洋研究の第一人者だからね。海に関する魔法具はきっと重宝だろう」

 

 マティマナの隣でルードランはエヴラールへと言葉をかける。

 

「ほかにもあるのか?」

 

 エヴラールは、ぶっきらぼうな態度で訊く。

 海の調査に便利な魔法具を欲しているらしい。

 

「たぶん、これからたくさん出来上がると思います」

「たぶん? なんだね、その不確定な物言いは?」

「造ってみないと、分からないんですよね」

 

 キツい響きのエヴラールの声に、マティマナは臆さず笑みを向け正直に応える。

 

「だけど、いつも想像以上に素晴らしいものが出来上がるんだ! とてもワクワクする体験だよ」

 

 ルードランは満面の笑みでエヴラールへと声を投げた。

 

「………………内密の話だが、竜宮船が動き出しているらしい」

 

 しばらく間を置いた後で、エヴラールは観念したような表情で呟いた。

 

「竜宮船?」

 

 ルードランが青い眼をみはる。

 

「海の底をうように進む要塞の船だ」

 

 なにやら、ちょっと物騒な気配がする。要塞、との言葉のせいだとは思う。

 

「どんな方々が乗船しているのでしょう?」

 

 マティマナは好奇心もあるが、少し不安になって訊いている。

 

「さぁ? ただ、海の種族だろう。人魚や、海洋生物の化身だ」

「お逢いしてみたいです!」

「ルルジェ方向に向かっているらしい。それで慌てて帰ってきた」

 

 エヴラール博士は、学術都市アーガラへと研究発表のために出かけていたはずだ。随分と早い帰還だと思ったが、それは、竜宮船の噂のためだったようだ。

 きっと博士も逢いたいのだろう。というか、研究対象なのだろう。

 海関連の魔法具に興味を持ったのも頷ける。

 

「希望に沿うものができるか分かりませんが、造ってほしいものがあるようでしたら教えていただけませんか?」

 

 マティマナは、博士が希望しているに違いない海関連の魔法具の形が知りたくなっていた。

 

 


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