喧嘩の仲裁
喧嘩は、どんどん派手になっていた。武器は使っていないようだが、強そうな女性も合流して殴り合っている。
「ダメよ、喧嘩なんて……」
マティマナは小さく呟き、気がつくとルードランと繋ぐ手を解いて喧嘩する集団に向かい駆け出していた。
「ちょっ、マティマナ、何をする気だい?」
少し慌てた気配をさせながらも、ルードランは後ろを走ってついてきている。
「だって領民ですよね?」
ルードランに応えながらも考えがあってのことではなく、反射的な行動だった。
マティマナは怯まない。
荒くれな海の男たち。海賊と区別はつかないが守るべき対象だ。
「さすがに危ない。援軍を呼ぼう」
隣まで追いついてきたルードランが提案する。ルードランは既に、ディアートの喋翅の魔石が造る空間へと入り皆へと招集を掛けてくれていた。
「それでは間に合いませんっ」
マティマナも自動的に招集されているが、駆け足は止めず集団は間近だ。
「何か思うところがあるのかな?」
いや、思うところはない。
でも、喧嘩はだめよ!
「喧嘩はやめなさい~!」
マティマナは反射的に雑用魔法を放っていた。温泉っぽい効果らしいシミ抜きだ。マティマナの雑用魔法は、とても広範囲になっている。喧嘩していた集団全体の動きが止まり、皆、ふわりと立ち上がった状態だ。
心地良さそうな表情を浮かべて、和んでいる。きらきらきらと、マティマナには集団を包み込む光が見えていた。
一瞬で我に返ったというか、なぜ喧嘩をしていたか皆スッカリ忘れた表情だ。
「お嬢ちゃん、すごいぞ、今のは何だ?」
ガタイの良い海賊だといわれても納得するような男が、ガラガラと笑いながら訊いてきた。
「仲直りの魔法よ?」
マティマナは見上げるようにして笑みを向け応えた。喧嘩がおさまったとわかり、ルードランは招集を保留にしてくれている。
「お嬢ちゃんではなく、王妃なのだけどね」
ルードランがすかさず横合いから声を掛けた。
「ひっ! ひゃっ、な、なんと! では、もしかして王様?」
多分、さっきから対応してくれている野性味たっぷりの大男が集団の長らしい。
「ああ、その響きはちょっと慣れないけれど、そうだよ」
「一応、お忍びですけどね」
マティマナが笑みを向けると、わぁ、と、集団が湧いた。そして、気配はすっかり緩和している。
「さすが、聖女さまだ!」
王妃が聖女であることは、思ったより知れ渡っているようだ。
マティマナは吃驚しつつも、喧嘩が止まってホッとしていた。
「君たちは海賊かい?」
ルードランは単刀直入に訊いている。
「いやいや、とんでもございません! オレは、ジルガ。ただの漁師です」
荒くれな雰囲気だが、確かに気さくな感じだ。腕っ節の良さそうな女性も混じるが、やはり猟師なのだろう。
「あら、その割に、見事な戦いぶりでしたね?」
「喧嘩っ早いだけだぜ」
マティマナの言葉に、ジルガが応える前に仲間が突っ込み、どっと笑いが起こる。
「こいつら、この辺りの自警団のようなもんです」
ジルガと名乗る海賊風の猟師が応えた。喧嘩っ早いが、海賊から領地を護ってくれているようだ。
「うん、そうだ! 君たち、海を守ってくれないかな?」
海賊風の方々に、ルードランは提案するように告げた。
「もちろん! 今までもそうして来てまさぁ」
「それは、嬉しいよ」
ルードランは何か考えているらしい。自警団ではなく、もう少し権限の持てるよう手配する気配をマティマナは感じた。
「聖女さま、何か海のもので要りような物はないかい?」
気っ風の良さそうな、荒くれのひとりが訊く。女性の声だ。
「貝殻かしら?」
マティマナは反射的に応えている。
「よおし! とびっきりの奴を届けてやるぜ!」
あちこちから威勢の良い声が掛けられた。
帆船の飾りの建物と、陸地に上げられた古い帆船を改良した建物が、自称自警団たちの溜まり場となっているらしい。
和やかな会話も終わった頃に、ディアートの空間に招集されていたギノバマリサが、ルードランとマティマナを転移で城の工房に帰還させてくれた。
「駆けつけられず、申し訳ありません!」
法師ウレンが、慌てた様子で謝罪する。
「まったく、相変わらず無茶をするわね、マティ王妃さま!」
喋翅の魔石で共有空間を提供してくれていたディアートは、マティマナとルードランの無事の帰還に安堵の表情を浮かべながらも釘を刺した。
「心配かけさせて申し訳ないです」
マティマナはしおらしく呟き、皆へと丁寧な礼をする。
「お義姉さまらしくて良いと思うわよ?」
翠竜の魔石を使い転移で帰還させてくれたギノバマリサは、愉しそうだ。隣でバザックスもコッソリ愉しそうな笑みを浮かべていた。
「心配してくれてありがとう」
ルードランは、最大級に魅力的な笑みを浮かべて告げた。ルードランにそんな表情をされてしまったら誰も文句は言えないに違いない。もっとも苦言を呈するような者はライセル城にはいないのだが。
「王妃さまは、なにしろ最強です」
法師はボソリと呟いた。
あら? それじゃあ、わたしが危機のとき困るかも?
とはいえ、どうやら自分が役にたつらしいことが分かりマティマナは何気に嬉しい心地になっていた。
「みなさん、何か必要な品はないかしら?」
マティマナは、せっかく大勢工房にいるので訊いてみる。
「マティマナは貝殻がとても好きみたいだからね。海に関する品でも造ってみるかい?」
ルードランが思案気にしながら提案してくれた。
「海……。確かに、海で役立つような品は、造ったことないですね!」
海での護りも充実させる必要があることを考えさせられたばかりでもあり、マティマナは大きく頷く。
ライセル小国の領地であるルルジェの都は、海にも面している。
「猟師たちにも役立つ品があると良いだろうね」
「はい! 海からの護りをしていただいてますし!」
何ができあがるのか正直分からないのだが、ただ方向性が決まったことはマティマナには大きな喜びだった。
「張り切りすぎて、無理しないようにね?」
ルードランはマティマナに近づくと、さり気なく頬にキスをしてから工房を後にする。
マティマナが吃驚して固まっていると、何やら周囲は皆、微笑まし気だ。マティマナは真っ赤になりながらも、和やかで温かな環境に深く感謝していた。






