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海辺の散策

 お忍び用とでも言うのか、素材は高級なのだが見た目は地味な衣装を着付けさせられた。

 ルードランも同様に地味な出で立ちなのだが、それは少しも容姿の麗しさを隠せず、却って際立たせている。

 

「マティマナ、そういう衣装も可愛らしくて良いね」

 

 マティマナがれている間に、ルードランが囁いた。先を越された感じ。

 

「ルーさまこそ! とても新鮮な衣装ですね。ルーさま、何でも素敵に着こなしてしまうから、つい見蕩れてました……」

 

 後のほうの言葉は、ちょっと赤くなってうつむきボソボソと告げた。

 

「じゃあ、出かけようか」

 

 どこに出かけるのか問う間もなく、マティマナは抱きすくめられ転移させられている。

 一気に、目映(まばゆ)い明るさと、波の音。潮の香り。海辺へと来たようだ。足元は砂浜。

 

「まあ! なんて、素敵な景色でしょう!」

 

 腕のなか、少し視線を廻らせるだけで素晴らしい景色が視界に飛び込んできている。

 

 以前に港の視察をしたときは、馬車だった。

 川沿いの景色も港から見る海も素敵だったのだが、こんなにも海に近づいたのは初めてだ。どこまでも続く青い海、広くどこまでも続く砂浜。行き交う大小さまざまな船。空も青く、白い雲の鮮やか。まばらに、砂浜に点在する小ぶりな建物は、海の品々を販売する店だろうか。

 

「気に入ってもらえて嬉しいよ」

 

 ルードランは腕を解き、マティマナと手を繋ぐ。

 繋ぐ手の感触は、とても心地好く安堵感がある。

 

 何かと素早いルードランの動きに、気づけば腕のなかなのだけど。たまには自分から抱きついたりしたほうが良いのかな?

 そんなことを考えていたら、顔が火照ってしまった。

 

「どうかした? 顔が赤いよ?」

「あ、ああ、えーと、ルーさま、とても好きです!」

「嬉しいな。愛してるよ、マティマナ」

 

 でも、そんなこと囁かれたら、速攻、帰りたくなっちゃうよ? と、耳元に言葉が触れ、繋いだ手がギュと握られる。

 

「ああっ! あわわ、わたしからも、抱きついたりしたほうがいいですかね?」

 

 慌てついでに、つい訊いてしまう。

 

「わぁ、それは嬉しいな。楽しみにするよ」

 

 ルードランは愉しそうな笑みを浮かべ、砂浜の上を歩き出す。

 砂浜の先には平たい大きな岩礁があった。その岩を上手に活用して不思議な家らしきが建てられている。屋根の上には帆船を模したような帆が立つ。不思議な造形の商業施設らしい。

 

「変わった建物がありますね」

 

 マティマナは思わず呟いた。帆を屋根の上に掲げる建物は数階建てで、外階段や立体構造もお洒落だ。展望できるような場所もある。帆は広告塔代わりだろうか? とても綺麗な見た目で、マティマナは心惹かれていた。

 

「宿と、食事処や、酒場や、土産売り場があるようだよ。近くまで行ってみようか」

 

 ルードランは手を繋いだまま、帆を目指すように歩みの方向を少し変える。

 

「ルーさまは、入ったことありますか?」

「いや? 近くで眺めただけだよ」

「不思議な建物、わりと周囲にお店があるみたいですね」

 

 近づくにつれ、砂浜より陸地側に、まばらながら建物があるのが見えてきた。港の賑わいとは別種ながら、かなり栄えた地域らしい。

 ただ港や都にいる者たちとは、かなり雰囲気が違う。

 良い意味では生き生きとして感じられるが、かなり野性的?

 

「猟師たちが多い地域だよ。ちょっと荒っぽい感じだけれどね、気さくで世話焼きが多い印象かな」

 

 ルードランは、猟師たちの地域のことも良く知っているようだった。

 

「ここも、ルルジェの都で、ライセル小国の領地なのですよね?」

 

 マティマナは確認するように訊いた。

 

「そう。僕たちの領民ということになる」

 

 ルードランの言葉に、マティマナは温かな気持ちになる。ライセル家に嫁入りし、マティマナはライセル小国の護りの一員となった。ルルジェの都の外れである浜辺近くの方々も護れているのだと、ホッとした気持ちだ。

 

「ライセル小国の領地、あちこち見て回りたいです」

 

 何か不都合があるようなら改善してあげたい。問題があっても訴えてこない者たちが多いだろう。

 

「それは良い考えだね! 僕も、領地全ての視察はできていないから、一緒に回るようにしようか」

 

 遠くから良く見えていた建物の上の帆は、近づくと立派な帆船のような形に飾られていた。

 思ったよりも大きな建物だ。高い岩礁の上にあるから多少の嵐なら平気だろうか?

 ちょっと心配になった。

 

「小さな船は、猟師さんたちが使うのですかね?」

 

 砂浜の奥のほうに引っ張りあげられた小舟が複数ある。

 海では、大きめな帆船が行き来していた。小さな船は浮いていない。

 

「多分、猟師たちは早朝に漁にでるのじゃないかな?」

 

 マティマナは頷く。今は真っ昼間だから小舟は陸にあげてあるのだろう。

 猟師らしき人の群れが、帆船の飾りの建物から多数出てきたようで、岩礁に造られた階段を降りてくる。かなりの人数の男たちだ。

 

 いかにも猟師……というよりは、もっと荒っぽい感じ?

 ルードランとマティマナからは少し離れているし、彼らが向かうのは砂浜から疎らな建物が建つ陸地の方向だ。

 食事を済ませた猟師たちが家屋へと戻る、とか?

 

「危険そうなら、すぐに戻るからね?」

 

 ルードランは少し緊迫した響きでそっとマティマナの耳元に呟いた。

 危険?

 言葉に、マティマナは不思議そうにルードランの顔を見上げた。

 ライセル家が護っている領民なのに危険なの?

 

(危険なのですか?)

 

 声を出すのはまずいのかな? と、マティマナはルードランの心へと問いかける。

 

(猟師というより、海賊かもしれないね)

 

 ルードランの言葉が心へと戻る。

 

(海賊さん?)

 

 さりげなく視線を向けて良くみれば、確かにちょっと武装しているように見える。猟師というより海賊といったほうが雰囲気的には近いかもしれない。

 

(海からの来客は選べないからね。関所もない)

(海賊さんからの護り……は、存在するのですか? 自警団みたいな)

(彼らが自警団なのかもしれないね)

 

 確かに、領民とそうでない者との区別は難しい。陸路では各関所が確認するけれど、海辺は港から入る以外は吟味ができない。

 

(でも、海賊さんでもルルジェにいるなら、お客様……ですかね?)

 

 略奪行為をするとか、そうなれば話は別だが。

 

(随分と、人が集まってきているね。何だかまずそうな気配がしているよ)

 

 ルードランは思案気だ。

 何しろ、ルードランとマティマナ――王と王妃だ――が警護も連れずに浜辺で海賊と接近というのは尋常ではないかもしれない。

 

(あ、でも、転移するのは待ってください!)

 

 マティマナは慌てて止める。なんだか拙い気配は確かなのだが、危険なのは自分たちではない。海賊たち? 猟師たち? 何だか多数の者たちが、入り乱れての喧嘩が始まったようだ。

 

 


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