リジャンの要望
一生ルードランに秘密を持ったまま、など、マティマナには不可能だ。
そわそわしつつ、夜ふたりきりになった折り、それとなくルードランに相談した。
ルードランはマティマナの顔を見詰め、軽く腰を抱き寄せながら頷いた。
「もう、充分に長く勤めてくれているからね。ウレンの心持ち次第ではあるけど」
ルードランは、ディアートの思い人が法師ウレンであることを知り納得した様子だ。今まで、どんなに誘導しても決してディアートは思い人の存在を口にしたことはなかったそうだ。
法師は結婚できない。だが、法師を辞せば結婚は可能だ。法師の職を降り結婚した例は多いらしい。
ウレンはディアートに特別な思いを持っていると、マティマナは思う。
だが、ライセル家、延いてはルルジェというライセル小国の護りとしての誇りと責任感は強い。
「法師の職を辞して、ディア先生と婚姻ですか?」
元法師であれば、ライセル家の分家へ婿入りというのは無理のない話のようだ。問題は、法師ウレンはディアートが察しているように職務を辞すことはないだろう点だろう。
「聖王院からは、新たな人材も派遣されてきている」
「ですが……ウレンさん、職を辞したくはないと思うのですよね」
「そうだろうね」
ルードランも同意見のようだ。ディアートへの思いが深かろうと、貫いてきた道を捨てることはできないに違いない。
「聖女は、結婚しても力を失わないのに……奇妙な話です」
聖女認定されたマティマナとしては納得できない。
同じ立場のようなものなのに、わたしは聖女らしき力は何も変わらないままルーさまと結婚して幸せな日々を過ごせてる。
「……真偽のほどは謎なのだけどね。結婚しても力を失わない法師もいるという噂があるんだ」
正面から抱き合うような形になりながら、ルードランはマティマナの顔を見詰めてくる。
「そうなのですか!」
緑の瞳を見開き、マティマナはわずかな希望を見出したような心地になった。
「少し調べてもらうとしようか。ディアートも、ウレンも、急いではいないだろう?」
「それは、もう! 一生、黙りとおす覚悟ですよ、ディア先生は!」
マティマナはルードランにバラしてしまったが。マティマナに知られた段階で、ディアートはルードランに知られることは承知しているはずだ。
「色々と算段がつくまでは、僕たちも黙していようか」
ルードランはマティマナと同じで、なんとかふたりの仲を取り持とうと考えてくれている。
「はい! おふたりが幸せになれるように、わたしも考えてみます!」
とはいえ頼りのディア先生には訊けないのよね、と、マティマナは思案する。
ただ、わたしにも何かできることがあるはず、と、マティマナは何とか希望を繋ぎたい思いだった。
聖女が結婚できるのに、法師はダメ。なぜなのか。マティマナは聖王院で学んだことはないので、聖王院の事情は分からない。といってウレンに訊くこともできない。
ライリに訊いてみようかしら?
定期的な手紙などの遣り取りは続いているし、結婚式にも来てくれた。
訊く内容は慎重にする必要がある。
とりあえずは文面を考えるところからね。と、マティマナは心に刻んだ。
「姉上!」
工房に、リジャンが姿を現した。リジャンはイハナ城での活躍もあり既に身内のようなもので、主城に出入り自由だ。少し大人びてきたような表情になっている。が、連れている護衛は、もっとずっと大人になった雅狼だ。
「リジャン、いらっしゃい! 雅狼ちゃんよね? あらぁ、一気に成長したわね!」
マティマナは弟の成長よりも、ずっと驚きの表情で雅狼を見た。身につけている衣装も武人めいている。頭に狼の耳はあって可愛いのだが、なかなか精悍な印象だ。
「もう、雅狼ちゃん、って呼んでしまったら失礼かしら?」
マティマナの背後から、メリッサが声を掛ける。リジャンが来たので、とても弾む気配をさせていた。
「構いませんよ? メリッサさま」
雅狼は、素敵な声でそう告げた。
「でも、じゃあ、雅狼さん」
メリッサの言葉に、雅狼は「はい」と応え、丁寧な礼をする。
「まぁ、会話してくださるのね!」
マティマナも思わず弾む声と感心した気配で声をあげた。
「姉上、雅狼の声、頭の中に響く魔石の声とは違うんですよ。不思議なんですけど」
リジャンは何気に自慢気な口調だ。
「私は魔石そのものであり、化身でもあります。これはリジャンさま用の特製の身体ですね。声も独自です。魔石が他の持ち主のときには、ここまで成長できるか謎ですし、その際の声は違うものでしょう」
雅狼は流暢に喋っている。心地好く響く大人の声。進化し、成長し、以前よりも、頼もしい活躍が期待できるというところだろう。
「衣装も魔石での生成だそうです。ただ武器は生成できないとかで。魔石への出入りも可能な武器を、姉上に相談に来たのです」
リジャンは、早々に来訪の目的を告げた。
「あ! 雅狼ちゃんの武器、造れば良いのね?」
マティマナは弾む声を立てる。何しろ、造ってほしいと要望してもらえて凄まじく嬉しかったのだ。
「はい。ですが姉上、優先しなくて構わないですから!」
「どんな物が良いのかしら?」
嬉しくてズンズン訊いてしまう。
「普通の、ログス家にあるような武器では、魔石に持ち込めないのだそうです」
リジャンは言葉を足した。すると、雅狼が一歩、前に出る。
「聖女さまの手による武器でしたら、どんな物でも。小さな短剣でも。自在に変化させることが可能です」
片膝をつくような体勢で礼をしながら、流暢に雅狼自身が告げた。
「わかりました! 色々造ってみるわね!」
幾つか造り選んでもらうのが良いと思う。いくらマティマナが造ったものなら何でも大丈夫、といわれても出来るかぎり好みに近いものを手にしてほしい。
「姉上、メリッサを少し連れ出しても良いですか?」
少し赤くなりながらリジャンはマティマナへと訊く。
「ええ、もちろんよ! ゆっくりしていらっしゃい」
リジャンと雅狼はとても親密な気配なのだが、メリッサはヤキモチを焼く気配はない。雅狼も交えてリジャンととても楽しそうに過ごしている。
必要な所では、ちゃんと気を使って雅狼は魔石に戻っているのだろう。雅狼は、何気にリジャンの思いを一番に考えてくれているようだった。






