ディアートの秘密
メリッサは、工房のあちこちを整えたり、茶を用意してくれたりまめまめしい。
「姉がふたりもできて嬉しいです」
瞳を輝かせ、メリッサは嬉しそうに笑みを深めた。公爵家の養女となったメリッサは、ディアートの義妹だ。ルードランと婚姻したマティマナとは義理ながら正式に従姉妹となった。やがてマティマナの弟リジャンと婚姻すれば正式な義妹だ。
マティマナは姓が変わり、マティマナ・ライセルとなっている。
「あ、そういえば、メリッサの他は、みんな男兄弟だったわね」
ナギ家は、下級貴族になった。元のログス城の領地を治めると共に、店舗も続けている。兄弟が多いから何かと人手は足りるだろう。
鑑定士のダウゼは、ごく自然にマティマナを王妃さまと呼ぶ。お陰で、だいぶ慣れてきた。
マティマナの工房は、以前に作戦室のような役割を持っていたり、マティマナが仕事をしすぎないように、皆が見回りしてくれたり、何かと人が集まりやすくなっている。
とはいえ、出入りは主城に入れる者だけなので、不意の来客はない。
「法師さま!」
ライセル家のお抱え法師であるウレンが工房に入って来ると、マティマナは反射的に立ち上がり声を掛けて丁寧に礼をした。
「王妃さま! 私に、さま、などダメです」
法師は慌てて言い、ちょっとオロオロしている。深く礼をしながら歩み寄って来る。
「え?」
「もとより、王妃さまは聖女さまです。聖王法師と同格であり、私より、ずっと身分は上なのです。どうか、ウレンと、名でお呼びください」
そろそろ、敬称の件には慣れて来た。だが、感情がついていかない。
「……ウ、ウレンさん……?」
ぎこちなく呼んでみる。ホッとした表情の法師。
「はい。敬称など不要なのですが……」
呟き足すものの、とりあえず、そこは妥協してくれたようだ。
「法師さま……いえ、ウレンさんにも訊こうと思っていたのですが。細工物で、何か必要なものはありませんか?」
好き放題に造っても良いのだろうけれど、マティマナは役に立つものや、求められている物から造りたい気持ちが大きい。
「そうですね……」
法師が思案気にしているところに、ディアートが別の入り口から工房に入ってきた。
「あら、お話の邪魔をしてはいけないわね。出直します」
ディアートは吃驚したような表情を浮かべた後で少し頬を染め、なんだか去り難そうにしながら言う。
「あ、大丈夫ですよ!」
どうせならディアートからも訊きたいところだから、マティマナは呼び止めるように声を掛けた。
「ええ。是非。ディアートさまのご意見も、お伺いできたら良いですね」
法師は、ディアートもマティマナの相談に加わるのが良いと思ってくれたようだ。
「はい。何でしょう?」
ディアートはニッコリと綺麗な笑みを浮かべ、踵を返しかけていた体勢を優雅に整えた。
「みんなの役にたつような品が、造れるといいと思うのですが」
何が求められているのかしら?
マティマナは、だいぶ思案気だ。異界へと持って行かれる品は定期的に造るので、それ以外。
騒動の最中には、考える間もなく次々に必要だろう品を造りだし続けていた。騒動は困りものなのだけれど、造ることに関しては、とても充実した体験だった。
細工で何から造るのが良さそうか、というような、他愛ない話がしばし続く。
「そうね。私は素敵な魔石をいただいてしまったから、当面、他には不要ですね」
ディアートは、喋翅の魔石をとても気にいってくれている。緊急時に役立つ素晴らしい魔石だ。しかし他に何が必要か、マティマナと一緒に考えてくれていた。
「貝殻草からの護りの指輪も行き渡りました。皆が身につけてくれると、私としても異変を察することができそうです」
法師も一緒に考えてくれているが、何気に必要なものは揃っていると考えているようだ。
と、続く平穏な会話のなか、不思議な空気感をマティマナは感じとった。
あら? なにかしら、この温かくてキラキラした……思い?
ディアートと法師。ふたり共、穏やかで和やかな良い雰囲気だ。
淡く綺麗な感覚は、ディアートから滲み出ているような気がする。
法師のほうは分からないが、機嫌はよさそう?
マティマナは触媒細工から意識が離れ、淡い感覚をたどるように心を澄ませていた。
やがて、触媒細工で必要になりそうなものは、それぞれ持ち帰りで考えてみましょう、と告げながら法師は工房を後にする。
「あの……、もしかして?」
ディアートの視線がさりげなく法師の去る姿を追い続けてるのを感じ、マティマナは思わず呟く。
余程吃驚した表情を浮かべていたのだろう。
「聖女さまには、隠せないのかしらね」
ディアートは深い溜息と共に呟いた。法師へのディアートの恋心がずっと長く続いているのだと、マティマナは何故か察してしまった。
えええっ! でも、それって!
知ってしまって、マティマナは大混乱だ。
ディアートに浮いた噂はなく、婚約者もいない状態だった理由がわかってしまった。だが、相手が法師では、恋は難儀すぎる。何しろ法師は一生独身。結婚すれば力を失うと言われている。
ウレンほどの実力の法師であれば、一生を法師としての職務に捧げるだろう。
でも……。
「ずっと、このままで良いのですか?」
はっきりと言葉にできずに、マティマナは訊く。しかし、一生、互いに遠くから見詰めあうだけでは余りにも切なすぎる気がする。
「ええ。職務の邪魔をするわけにはいかないもの」
ディアートはきっぱりと、深い笑みと共に囁く。もう何度も、その結論を自らの心に言いきかせてきているに違いない。
ふたりが共にいたときの雰囲気では、ウレンも満更ではないのだと、マティマナは思う。
互いに、好意以上だ。多分。
なのに、ふたりとも、そのまま諦めるつもりらしい。
「魔石のお陰でね、同じ空間にいられることが増えたから、とても幸せなのよ?」
ディアートは、弱く笑みながらそう言葉を残して工房を後にした。
マティマナはディアートの秘密を知ってしまって落ち着かない。ディアートは、口止めする言動はしなかった。だが、言外に語る部分では、ご内密に、と告げている。
マティマナも一生、ディアートと共に口を噤む手もあるだろう。しかしマティマナは、ディアートに幸せになって欲しい。強く強く、そう思ってしまった。






