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貝殻のお土産

 結婚式の後、しばらくはルードランと特別誂えの別棟にふたりきり。夢見心地の生活が続いていた。

 ふたりきり、といっても別棟の一階では、使用人や侍女たちが、あれこれと世話をやいてくれている。公務的なものが徐々に増えるらしいが、当面はのんびりな日々が続くらしい。

 

 途中で王都の王宮に挨拶に行ったけれど、それは非日常で。どちらかといえば旅行感覚だった。ルードランの転移で一瞬だったが、遠方に来ている実感は王宮が特殊な場所であるだけに強烈だ。

 

 十日くらいの休暇の後、日にちの感覚も良くわからないまま、マティマナは久しぶりに主城の工房へと入った。

 

「あ、バザックスさま、マリサ、おはようございます」

 

 マティマナが着付けされられた寛ぎ着的な衣装は、今までよりも何気に豪華なものだ。バザックスとギノバマリサが工房にいたので優雅な礼とともに声を掛けた。

 バザックスが、眉をしかめる。

 

義姉上(あねうえ)、さすがに私に、さま付けは必要ないぞ。バザックスか、バズか、どちらかでいい」

 

 速効、バザックスは告げた。

 いや、えええええ!

 マティマナは、混乱しながらバザックスの隣のギノバマリサへと視線を向ける。

 

「そうはいかないわよね? ね、マリサ?」

「あら? そうかしら? 私、ふたりきりのときは、バズって呼んでますよ? 義姉(あね)なのですし、何より王妃さまですよ? マティお義姉(ねえ)さまは!」

 

 ひゃあ、そんなばかな!

 ギノバマリサにも、強力に指摘されマティマナは大慌てだ。

 

「あ、あ、で、では、バズさん!」

 

 マティマナは意を決したように呼んでみた。もの凄い違和感だ。

 バザックスは少しすがめた視線をマティマナへと向けた後で、笑みを浮かべた。

 

「呼びやすいようで構わないがね、義姉上」

 

 本当は、さん付けも、外させたいところなのだろう。バザックスとギノバマリサの和やかな笑みに、それでも少しはホッとできている。

 

 今までは、一律「さま」を付けて疑問も抱かなかった。

 ルードランも、敬称はいらないと言っている。だが、そんな、無茶な! と、マティマナは、困惑したままだ。

 

「おはようございます、ディアートさま」

 

 バザックスとギノバマリサと入れ違いに、ディアートが工房へと入ってきた。

 

「あら。私に、敬称なんて、ダメでしょう?」

「は? でも、ディアートさま、先生ですし」

「ディアでいいのよ?」

 

 えええええ! そんなバカなぁ……!

 ディアートさま、ってのも、ダメなの? で、でも、ディアと、呼ぶなんて無理っ。

 混乱が頭のなかでグルグルと三回転くらいした。

 

「あ、では、ディア先生、これなら良いですよね? ずっと先生、してくださいますよね?」

「ふふっ、仕方ないわね。いいわよ。マティさま!」

 

 ディアートは、にっこり笑みを浮かべて了承した後で、しっかりトドメを刺してくれた。

 ひゃあ、わたしに敬称???

 ディア先生から、さま付けで呼ばれちゃうのね?

 ギノバマリサは、お義姉さまと、王妃さまを使い分けて楽しそうだった。

 

 気づけば、大抵の者はマティマナを「王妃さま」と呼んでいた。誰のことか、一瞬、分からずキョロキョロしそうになるのを、グッと耐える。

 

「おはようございます! マティお姉さま!」

 

 あ、王妃さまでした、と慌てるメリッサに、マティマナは首をふるふる横にふる。

 

「メリッサくらいは、今まで通りに呼んでほしいかも」

 

 マティマナは、こっそり懇願するように告げた。

 

「分かりました! 大勢の方々がいらっしゃるときには、王妃さまと呼びますね!」

 

 慌てながらも、メリッサも何気に楽しそうだ。

 マティマナは、それぞれの呼びかたに苦慮することになっていた。

 

 

 

「久しぶりの細工、何から始めようかしら?」

 

 マティマナはひとちながら、たくさん集まってきている素材を眺める。素材のままでも素晴らしく美しいものが多く、わくわくが止まらない。

 特に、結婚式で貰った花束などは、細工に良さそうだ。生花の花束は、ルードランが特別な魔法の部屋に運ばせ時を留めて鮮度を保ってくれている。後で取りに行こう。

 以前にルードランから贈られた貝殻は、未だに加工することなく眺めてうっとりしていた。

 

「マティマナ! お土産だよ!」

 

 声を掛けながら工房へと入ってきたルードランは、綺麗な箱に入ったタップリの貝殻を差しだす。

 

「ああ、ルーさま、ありがとうございます! なんてキレイなんでしょう!」

 

 貝殻からルードランへと視線を向け、弾む声で礼を告げた。

 

 綺麗な、見たこともないステキな貝殻に、マティマナは魅了される。どうして、こんなにドキドキするのだろう? さまざまな形の貝殻にマティマナの視線は釘付けになってしまう。美しい造形がとてもステキで心が躍る。

 

「これだけあれば、気兼ねなく細工にも使えるんじゃないかな?」

「あ、それで、こんなにたくさん用意してくださったのですか?」

「飾るのも良いけど、細工用もあったほうが良いかと思ってね」

 

 同じ種類が複数入っているよ、と、マティマナの耳元に言葉が足された。マティマナの視線は貝殻とルードランの顔とを行ったりきたり。貝殻に夢中なのは丸わかりだろう。

 

「はい! なにが出来上がるか楽しみです!」

 

 マティマナはルードランへと満面の笑みを浮かべて応える。

 

 まだ、触媒細工に貝殻を使ったことはない。

 余りに好き過ぎ、形が変わってしまうのが惜しい感じがしていた。

 でも、もっとステキな品になる可能性は高い。

 だって、こんなにキレイなんですもの!

 

「海辺の街には、たくさん貝殻が売られているよ。今度、一緒に行ってみようか」

「とても嬉しいです! あ、でも、そんなに気軽に出歩いて宜しいのでしょうか?」

 

 マティマナはそわそわする感じで慌てて立ち上がり、ルードランへと見上げる視線を向けながら訊いた。

 皆への呼び方で混乱し。王妃なんだ、と、少しずつ自覚めいたものが芽生えつつもあり。もしかして迂闊な行動はできないのかも? と困惑。その上で、王妃って何をすればよいやら。何をしてはいけないやら、悩ましかった。

 

「今までと、極端に変える必要なんてないよ?」

 

 マティマナの戸惑いを感じとったのだろう。ルードランは笑みを深めて囁く。ルードランも、ライセル家の跡継ぎ、という立場から、一挙に小国の王になってしまった。戸惑いはないのだろうか?

 

「あ、でも、職務とか、ありますよね?」

「当面は、深く考えなくて大丈夫」

 

 ルードランは軽くマティマナの腰に腕を絡めるようにして抱き寄せている。

 そこそこ人目があるような気がするのだが。でも、皆の前でも踊るときはこんな感じだから良いのかな?

 

「細工……なんて、していて良いのでしょうか?」

 

 腕のなか、ちょっと不安そうな視線で見上げて訊いた。

 

「勿論! マティマナが楽しいなら、だけどね」

 

 ギュと、一瞬抱きしめられる。周囲に誰もいなければキスでもしそうな気配をさせてから、ルードランは腕を解く。

 マティマナはどきどきと、鼓動が早まるのを感じた。

 あれ? 結婚したっていうのに、以前と全然変わらないかも?

 

 ルードランの麗しさに陶然としてしまう心は、以前よりも騒がしいかもしれなかった。

 

 


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