転移での休憩
ルードランは不意打ちのようにマティマナを抱きしめた。吃驚した表情も可愛い。ちょっと色々したくなる衝動は抑えて転移する。
腕のなか、軽くしがみついてくるマティマナの身体の感触が甘美だ。
ルードランの腕のなか、転移したことに気づいたマティマナが周囲を見回し始める。
「あ……なんてキレイ! ルーさま。ここは、どこなんでしょう?」
花畑の手前に、芝生が拡がる。
ルードランは抱きしめの腕の位置を変え、ゆっくりと踊り始めた。そんな軽い導きに、マティマナは即座に反応する。才能豊かなマティマナと踊ると、不思議な浮遊感を感じて夢心地になった。踊るときにマティマナからは魔法が滲み出ている。
絶景のなか、マティマナの魔法と相俟ってキラキラと光も乱舞する。曲はないが、風に揺れる木立の騒めきが拍子を刻むようだ。
「夢で視た場所なんだ。ここは、多分、マティマナが甦えらせた神殿の近くだよ」
ルードランはマティマナの顔をじっと見詰めながら囁くように告げた。
湖とは別の方向に花の咲き乱れる花畑と、丈の短い草が拡がる草原がある。小川が流れ、段差が小さな滝めいた流れを作りだし、森の木々を背景に夢のような眺めになっていた。
「来たことのない場所に、転移可能になったのですか?」
踊りながらマティマナは驚いたように訊いてくる。踊りながら視線の方向が変わるたびに、不思議な景色がルードランの視野へと入る。現実の世界にしては余りにも神秘的というか幻想的な景色だ。だが、夢のなかへと転移したわけではない。
「いや、ちゃんと夢で来たみたいなんだ」
だから試してみたかった、と、ルードランは言葉を足した。
夢で来た場所でも、マティマナを抱きしめれば転移で訪れることが可能なのだ。その事実は、驚きよりも、嬉しさを倍増させた。ルードランも初めの場所に、マティマナと一緒に移動し体験を共にする。
「とても綺麗です」
マティマナのうっとりした表情を見ていると、ルードランの心には幸福感が満ちた。
踊りを留めて抱き寄せ、思わず唇を重ねている。
突然のキスにマティマナは真っ赤になっているが、必死でしがみついてくる手の感触が嬉しい。
結婚して心も身体も重ねて、ずっと甘美な夜を過ごしているのにマティマナは初々しいままだ。出逢ったときも輝いていたが、輝きは増すばかり。ルードランは眩しく感じながら、はにかむ笑みを見つめる。
「今は夢ではないと思うけれど。夢のなかに一緒に転移できたのだとしたら面白いね」
ただ、夢のなかに入った場合、ちゃんとマティマナと同じ夢を視ている状態になるだろうか?
戻ったら訊いてみよう。今は、夢のなかかもしれない。
「本当に綺麗な景色です。神殿近くならなら、きっと竜さまの力が働いているのでしょうね」
景色を見回すマティマナに応える代わりに、腰を抱いていた手を滑らせ、腕を撫でたどり、手を繋いだ。
一緒に散歩するときは、いつも手を繋いでいる。婚約時代も、結婚した今も。
手を繋ぐと、ルードランは心が通いあう心地になった。
実際、心で囁き合うことがふたりには可能だ。
「また、こんな風に休憩を楽しみたいな」
ルードランはマティマナに提案する。
「はい! とても嬉しいです!」
しばらく一緒に、小川の小さな滝めいた流れ、咲き乱れる花々を眺めて歩いた。
そして、またマティマナを抱きしめて転移すると短い休憩は終わる。
次はどこに行こうか。
ルードランは、マティマナにキスを届けながら何気に真剣に思案していた。






