バザックスと古文書
以前は城内を歩き回ることなどなかったな。
バザックスは新居である別棟から主城へと入り、マティマナの工房を目指す。兄のルードランと婚姻したマティマナは、バザックスにとって義理の姉だ。年下だが。
「義姉上、古文書の修復は可能だろうか?」
丁度、一休みしているマティマナを見つけてバザックスは声を掛けた。マティマナは立ち上がると、バザックスへと優雅な礼をする。薄茶の髪は半結いで綺麗に飾れている。最初に逢った頃に比べると格段に所作が美しく、ライセル小国の王妃というに相応しい姿といえた。
「あ、可能とは思いますが……失敗する可能性もありますよ?」
マティマナから窺うような響きで訊かれる。緑の瞳は、興味津々な色合いと、少しの不安をたたえていた。
マティマナは、古代の神殿やら、戦闘で壊された城やら確実に復元してきている。ライセル家の由来の雑用魔法の使い手で、聖王院から聖女認定されているという凄まじい存在なのだ。
たが、古文書は初めてらしい。
貴重な古文書をダメにしていまいかねない。と、心配している気配に、バザックスは笑みを向ける。笑みを向けた後で、義姉であるマティマナの影響で、随分と自らのなかに変化が起きたことを感じて微笑ましい気分になった。
伴侶となったギノバマリサといい、マティマナといい、不思議な魅力でバザックスの心を良い状態へと導いてくれる。
「失敗して消去になっても構わんのだ。もう、読み取るだけ読み取った。ダメ元で頼みたい」
バザックスの言葉に、マティマナは決意顔で頷いた。バザックスはボロボロの古文書をマティマナに手渡す。
「まず、染み抜きや、軽い修繕。水濡れを元通りにしてみますね」
バザックスには以前は全く分からなかった、マティマナが雑用魔法を使う瞬間。今は、その煌めきが見える。優しいキラキラな光の粒子が巻物状の古文書を包んだ。
思わず言葉も忘れ、バザックスは雑用魔法の煌めきと光輝く巻物を凝視していた。
「まだ読めない部分がありますね……。思い切って、修復してみましょうか?」
マティマナは思案気にしている。随分と、巻物は綺麗になった
だがボロボロで今にも崩壊しそうだった巻物だ。修繕くらいでは読めない部分があるのも無理はない。
「復元できそうなのか?」
「はい。たぶん元通りの巻物に戻りますね」
「それは素晴らしい!」
バザックスは巻物が元通りの状態になる可能性に、歓喜めく思いに包まれた。
「ただ、書き込みというか、後々の時代で書き込みされた部分は消えてしまうかもしれないです」
心配するような表情を向けながらマティマナは呟く。
「それは、かまわんよ。後から書かれた部分は、全部書写が済んでいる」
それらは比較的鮮明だった、と、バザックスは言葉を足した。
「あ、それなら、復元で元々の状態に戻すの良さそうですね!」
「ぼろぼろで、元の文字など余り読めない。本当にこんな物でも、甦るのか?」
バザックスは期待に青い眼を輝かせ、訊く。
「大丈夫だと思います」
控え目に応えると、マティマナは雑用魔法のなかから復元の魔法を選んだのか古文書に掛けている。
きらきらきらら……!
先程とは別種の光だ。
「義姉上の魔法は美しい」
バザックスは感嘆の溜息まじりに呟いた。
「できました! たぶん、元の古文書になっています」
マティマナは綺麗な所作で、復元した古文書をバザックスへと手渡す。
「凄い、これは凄い! そうか、こんなに素晴らしい内容だったのか!」
バザックスは復元された古文書を読み、歓喜しながら声を上げた。今までこの古文書を手にしてきた者たちが、ボロボロになるほどまでに読み込んだ理由を知った気がする。
「義姉上! 別の古文書も頼んでも良いか?」
バザックスは期待に眼を輝かせ、懐に忍ばせていた別の古びた古文書を取りだしていた。






