ギノバマリサと予兆
ああ、毎日が本当に楽しい!
ギノバマリサは目覚めるたびに、しみじみと思う。
夫のバザックスとは、とても良好で、それが幸せに拍車をかけてくれる。
「ナタットさまも、無事に脱出できることを祈ってる」
ひっそりと、ギノバマリサは呟いた。レノキ家の当主であるナタットは若くて頼りないが、執事のティールアルズ・ルドウは有能だ。きっと最悪の状況のなかの好機を逃すことはないだろう。
レノキ家から離れられて心からホッとしている。レノキ家の陰鬱な気配ときたら!
今は、何の問題もないのだが、遠くない未来に異変が起こるとレノキの核心部分の者たちは承知していた。ごく少数の者たちだ。
どんな形での異変かまでは分っていないが、レノキ家は終わる。
(お取り潰しなら、まだ良いのに……)
先にひとり、身の安全を保証されたギノバマリサにとって、それだけが気がかりだ。
王宮を巻き込む異変を思うと気が重い。
予言したのは、レノキ家を代々守ってきた家令のルドウ一族である、執事のティールアルズだ。今は、ナタットから片時も離れない状態で守っているだろう。
ライセル家の働きで、各地の要衝が小国の形をとれて本当に良かった。
王宮に頼れない時代が、来てしまう。各都市ごとに自衛が必要になるのだ。
「レノキ家の跡継ぎは、マリサ様にお任せすることになります。随分と先のことではありますが」
執事のティールアルズの言葉が時々、脳裡に甦る。重要な頼まれごとだ。小国の王となったルードランも、夫のバザックスも承知してくれた。ギノバマリサは、ライセル家を守る役割に入りながら、レノキの姓も持ち続ける。
バザックスとの子が、いずれレノキ家を再興することになるのだろう。
とはいえ王宮の異変までには、まだ数年の猶予はあった。
秘密があるのは苦しいが、おくびにも出さずに過ごす。楽しく過ごすのが大事だとレノキ家の執事には念を押された。
ただ頼まれるまでもなく、楽しいのは事実なのだ。
夫のバザックスは、ギノバマリサにとって完璧だった。
しみじみ幸せで、毎日が楽しく、ウキウキと。翠竜の魔石を育てるのにもわくわくしている。
義姉であるマティマナがライセル城にいてくれるから。聖女のいる城だから。私は安全。
何より、マリサはマティマナが大好きだった。
ライセルの光が支配し、そのうえ聖なる者を迎えた城。この城は、この後の動乱でも決して落ちない。死霊使いに攻め入られたときですら、誰にも言わないもののギノバマリサは少しも心配していなかった。
ライセル城は、勝利が約束された城なのだ。
現状では、誰にも、まだ夫バザックスにも話すことはできない。だが、その決定的な瞬間に、夫であるバザックスも、ライセル家の面々も力になってくれることだけは確かだった。
今は、ひとときの幸せを満喫しよう。
「バズ、朝ですわよ」
ギノバマリサは傍で心地好さそうに眠る夫バザックスを、できる限り可愛い声で起こしていた。






