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式場をぬけて【三章・完結】

 妖精たちが作り上げたという噂の「魔法のランタン」と呼ばれるらしき灯りが、たくさん会場の空中に浮かべられ幻想的な光景を演出し宴を盛り上げていた。侯爵家の雇われ魔道師からの贈り物のようだ。

 参列者たちは宴を楽しみ、素晴らしい婚儀と戴冠式だったことを語りあっている。

 

 マティマナはルードランに手を取られ、来客たちに見送られながら祝福に満ちた会場から一足先に引きあげた。

 

 

 

 婚儀の場では食事ができないふたりのために、豪華別棟の広間には食べやすい状態での食事が用意されているらしい。これからしばらく暮らすことになる別邸を、ふたりは目指していた。

 着替えを手伝う者たちなど専任の使用人や侍女は、準備部屋に控えている。

 

 マティマナがキーラから貰った白薔薇の生花は、既に寝室に飾ってあるらしい。

 ルードランは、不思議な透明な布で密封された魔気細工薔薇の花束を片腕に抱えたままだ。深紅の薔薇が、とても似合っている。

 

「ちょっと寄り道して行こうか」

 

 ルードランと手を繋ぎ向かっているのは塔のようだった。夜会ではないので、まだ外は明るい。

 

「なんだか、ずっと夢のなかにいるようです」

 

 マティマナはしみじみと呟いた。

 覚束(おぼつか)ないけれど、でも決して覚めてほしくない夢。

 

「夢見心地は本当にそうだね。やっと、正式にマティマナと伴侶になれて嬉しいよ」

 

 ようやく安堵した、という気配でルードランは応えた。

 塔の最上階へと一気に上がる魔法陣へと乗ると、すぐに都が展望できる景色が眼前に拡がる。

 

「ルーさま、ここの景色は本当にステキです!」

「さま、なんて付けなくていいんだけどね?」

「えっ、いえいえいえ、そんなの絶対無理ですっ!」

「急がないよ?」

 

 ルードランは微笑しながら囁き、正面から抱きしめてきた。いつの間にか花束は備えつけの椅子に置いていたらしい。

 反射的に背へと腕を回し、マティマナは淡くしがみついた。ルードランの唇の感触が、ふいに肩口に触れる。宝飾品が飾られているので気にはならないのだが、意外と肌が露出しているドレスだ。

 

「はぅ、ルーさま、擽ったいです……」

 

 真っ赤になりながら腕のなかでマティマナは小さく身動(みじろ)ぐ。

 

「ちょっと、というか、ずっと触れたかった」

 

 でも、続きは夜に、と囁き足された。

 

「あ……でも、一回だけ、キスしたいです」

 

 マティマナは怖ず怖ずと小さな声で囁きつつ、少し顔を上向ける。

 

「夜までお預け……、と、言いたいところだけど、嬉しすぎるからいいよ?」

 

 ねだってくれて嬉しいな、と、唇が触れ合う寸前に囁かれた。

 

 

 

 誰かのために、誰かの役にたつために。そんな風に思いこんで生きてきた。自分の価値は、誰かに奉仕することだと。

 だが、ルードランは、マティマナ自身の成したいこと、マティマナ自身の幸せ、そういうものを追って良いのだと教えてくれた。

 

 一緒に歩んで、一緒に未来を築いていこう、と。

 

 それは、マティマナにとっては思いもよらぬことで、混乱もあった。

 自分のことなんて、いつも後回し。父のためだからと、おとなしく親同士の決めた婚約を受け入れ、気のすすまないまま嫁ぐところだった。

 

 まして雲の上の存在だったライセル家に嫁ぐと決まったときなど、驚きと、ルードランに心惹かれてウキウキだったのはあるが、逆に、自己犠牲の極みの印象もあった。無意識で、実家の言いなりだったように、ライセル家の言いなりの生活に変わるのだと無意識に考えていたようだ。

 だが、実際は真逆だった。

 

 気づけばマティマナはのびのびと、日々幸せを感じながらルードランと共に過ごしている。最悪の事件のさなかですら、ルードランと一緒なら必ず切り抜けられると確信していた。

 自分にできることがある。その事実はマティマナには驚愕(きょうがく)だった。

 

「ルーさま、わたし……幸せすぎてどうしましょう?」

 

 キスの余韻と、ルードランとの出逢いで随分と変化してきた自身への戸惑いも混じり、しかし余りにも幸せすぎてマティマナは呟く。

 

「ん? まだまだ、全然! これから、もっともっと幸せになるのだから!」

 

 ルードランは弾む声で応え、満面の笑みでマティマナの顔を覗き込んでくる。

 手を繋いで塔を降り、今度こそ、しばらくの新居となる別棟へと向かっていた。

 

「幸せ……もっと怖いものかと思っていました」

 

 不思議と幸せすぎて怖いとは思わなかった。もっと幸せになるのだと、ルードランの言葉に頷ける。

 別棟には、極上の寛ぎ着が用意されていた。着心地のよい長い総レース風の薄緑の絹。寛ぎ着というにはドレスに近いが苦しいところはない。

 ルードランも、別室で着替えらしい。

 確かに、儀式のときの衣装のまま食事をするわけにはいかない。何しろ、マティマナのドレスは聖女の正装だ。

 

「素晴らしい夜着も用意されていますからね! お食事がお済みになりましたら、また着替えですよ」

 

 侍女頭のコニーが支度を整える侍女たちを監督しながら、うきうきした表情でマティマナへと告げた。

 

 

 

 予告どおり食後に着せられたのは、とても綺麗な夜着だった。白く長い丈の、やはりレース飾りが綺麗な絹で仕立てられたドレスめいた代物だ。本来、白など王家筋の身につける色なので、おおやけには身につけられないが、夜着のようなものとしては色合いは自由が許されている。

 

 ルードランの寛ぎ着姿もステキだったけれど、ルードランにも夜着が用意されているらしく、また別の部屋で着替え中だ。

 

 一階の身支度部屋から送り出されると、ルードランが赤い薔薇の花束を抱えて迎えにきていた。

 ルードランの夜着姿なんて、初めてみる! 綺麗な水色の絹。長衣風だ。

 

「とても綺麗だね」

 

 ルードランは、マティマナの夜着姿をまぶしそうに見詰めて囁いた。

 

「ルーさまこそ、とてもステキです!」

 

 珍しい姿に見蕩(みと)れてしまって声が上擦る。

 ルードランは花束を右手で抱え、左手でマティマナと手を繋ぐ。

 すっかり慣れたはずのルードランとの繋ぐ手なのに、なんだかまったく別物に感じられた。

 

「じゃあ、上階の様子、探検に行こうか」

 

 階段を上がれば、使用人たちの入ってくることのできない、ふたりだけの空間となる。夢心地で絨毯(じゅうたん)敷きの階段を上がっていった。

 ルードランは二階から三階へと上がる階段の途中で、薔薇の花束を包む透明な覆いを取り去っている。

 白い薔薇の花束とは、ちょっと違った艶やかな芳香が漂ってきた。

 

「素晴らしい香り……。魔気細工でしたよね?」

 

 マティマナは驚いて訊く。

 キーラと何を話していたのか、全く聞こえていなかったから色々が不思議でならない。

 

「そう。これは、なかなか凄い感じだね」

「香りが良すぎて、なんだかくらくらします……」

「抱き上げていこうか?」

 

 ルードランは愉しそうだ。

 大丈夫です、と、マティマナは掠れ声。

 

 ちょっとドキドキしすぎて困りつつ、なんとか三階まで上がりきった。

 廊下は、たくさんの綺麗な花で飾り付けられている。

 マティマナはルードランと手を繋いだまま最奥の大きな扉を潜り、特別設えらしき部屋へと入って行った。

 

 

                 (三章・完)

 

 


(あとがき)


三章・完結しました!

ここまでお読みくださり感謝です!

 

少しでも面白いと思っていただけましたら、ぜひ評価してくださいませ!

執筆の励みになります!

どうぞよろしくお願いします!


しばらく休載しますが、4章準備中です!

お待ち頂けたら、と思います!

その間、不定期でSSを投稿する予定です。

キャラの希望等がありましたら、感想欄に書いていただければSSですが、できる限り書きます!



「ポンコツ魔女は終身雇用されたい ~婚約した領主の溺愛は呪いに阻まれる~」

https://ncode.syosetu.com/n5932if/

本日より連載を始めています。ラブコメ風味です。ぜひ、こちらも読んでくださいね!




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