ディアートの義妹
金鱗の扇は、雑用魔法のなかの防虫に関する魔法が使われて造られたのだとマティマナは気づいた。
一見、光による攻撃に見えていたが、雑用魔法のなかには害蟲除けがある。触媒で攻撃に全振りしたことで殺虫剤のような特性が付いたのだろう。
シェルモギは、異界の蟲の化身なのだろう。蟲だったから、害蟲除けが転じた殺蟲剤が効いた。教祖レュネライにも扇の攻撃が効いていた。妖精というよりは、やはり蟲系の妖魔や化身のようなものだったかもしれない。
分解したイハナ城は、翌日、ルードランと連れだって復元しに行った。
瓦礫の山は、マティマナの復元魔法であっという間に、イハナ城として復元されそうだ。崩して行ったのと逆回しで、城は復元され、調度類もきちんと収まって行く。綺麗な城だ。
「ああ! 神殿よりずっと楽に復元されますね!」
どんどん形が戻って行く様子に、マティマナは高揚した声をあげた。
「分解したときのマティマナの魔法が、残っているからだろうね」
ルードランは応えながら笑みを深める。聖なる成分で清められ、散らかったものも片づけられているし、ゴミは分解の際に消えていた。分解で消した繋ぎの部分は聖なる成分で補われている。
呪いはすっかり消え清浄な城となり、片づけも簡単。悪魔憑きのロガの呪いに塗れ、浄化する方法を考えて途方に暮れていたのが嘘のようだ。
綺麗に復元されたイハナ城から、法師は若干選択しつつ、品の一部をイハナ家へと戻してくれている。城を移る際に、イハナ家の荷物は呪いの付着のせいで全く持ち出せなかった。ごく個人的な品や衣服など、ようやく戻せたようだ。
ディアートの巫女術での指導には、メリッサもリジャンも苦労していた。マティマナはとても巫女術との相性がよかったらしく、楽に踊りが習得できた。
だが、ふたりは巫女術を参考にしつつ自力で頑張ったようだ。
「リジャン、見違えるような優雅さね!」
「メリッサも、とても綺麗な踊りだよ」
踊りの練習の後ルードランを交え、軽食を食べながら会話を交わしていた。メリッサは、侍女としてではなくリジャンの婚約者として席についている。
切り替えは大変かもしれないが、下級貴族の手伝いに比べても遜色ない。一気に充分に貴族らしくなった。
ログス家は侯爵家になってしまったが、これなら侯爵令息の婚約者として夜会にでても通用するだろう。
しかし、問題は商家の身分だ。
「自動的に義従姉妹にはなるのですけど、その前に、私の義妹になりませんか?」
ある日、マティマナ付きの侍女として働くメリッサに、ディアートは告げた。
先生役を務めるうち、ディアートはすっかりメリッサを気に入ったようだ。
メリッサはマティマナを良く補佐してくれるし、気遣いもできる。所作も完璧。すっかり上品な令嬢になっていた。
「え? ディアート先生の義妹ですか?」
どういうことかよく分からずに、きょとんとしているメリッサに、ディアートは笑みを深める。
「ディアートの実家、ライセルの分家が養女として迎えたいそうだよ?」
ルードランが説明してくれている。
わぁ、公爵家からの申し出なのね!
マティマナは、ルードランの隣で聞いていて素晴らしい縁に感動していた。リジャンは、格上を婚約者にすることになる。
「えっ、そんな畏れ多すぎです!」
メリッサは突然のことにおろおろと、困惑して震えていた。
「ぜひ、義妹になってくださいな。形だけではあるし、すぐにログス家に嫁ぐことにはなるでしょうけど。一緒に実家に出かけて頂けたら本当に嬉しいの」
ディアートはメリッサの両手を取り、丁寧に申し込むような礼をする。
「メリッサの実家も、下級貴族に取り立てる予定だよ」
ルードランが続けて告げる。この話は、マティマナも聞かされていた。
「えええ!」
メリッサは、びっくり仰天だ。
「ログス家の元の領地を預けるそうよ。うちの実家が手が足りなくて姉夫婦が手伝いに入るの。元のログス領まで手が回らないし、ナギ家で統治してほしいみたい。もちろん雑貨店も続けて構わないわよ?」
娘がひとりライセル分家の養女になり、やがてログス家に嫁ぐ。元のログス領をメリッサの実家ナギ家が治めるのは自然だ。
ログス家の配下のようなものだ。
それでは、早速挨拶に、と、なった。
「ナギ家へは、私が連絡しておきましょう」
ナギ家へと貝殻草の指輪を納品する転移を引き受けていた法師が告げる。
「まぁ! ありがとうございます! お手数おかけしますね」
ディアートは嬉しそうに囁く。
メリッサは着飾らされてディアートと一緒に、ク・ヴィクの街へ出かけて行った。
ク・ヴィクの街は、ディアートの両親であるライセル家の分家が統治する。ク・ヴィク公爵家。
ほどなく、メリッサは正式にク・ヴィク公爵家の養女となり、ライセル姓になった。メリッサ・ライセル、ク・ヴィク公爵家令嬢としてログス家に嫁入りする。
「これなら非の打ち所がないし、リジャンの婚約も安泰ね」
マティマナはリジャンへと、こっそりと囁く。
侯爵令息であるリジャンを狙っていた令嬢たちも、ライセル家の者が婚約者となれば諦めざるを得ないだろう。
「成り行きが凄すぎて、理解が追いつかないですよ」
リジャンははらはらしながら成り行きを見守っていたようだが、同時に、自分より身分上の者が嫁入りする事実に気が引き締まっている様子だ。
とはいえ、婚儀はまだまだ先の話ではある。リジャンもメリッサも極若い。
なので、メリッサはライセル城で花嫁修行しながら暮らすことになった。ディアートの住む別棟に同居だ。といっても広いので不自由はないと思う。リジャンもディアートから色々習うために、通ってくる。
ただ、さすがにライセル姓のメリッサを侍女としては働かせられない。
というか働く必要など無くなったのだが、メリッサのたっての願いでマティマナの魔法助手となっている。メリッサが手伝ってくれるのは、マティマナには本当に有り難い。
ナギ家は、下級貴族として元のログス城を与えられた。ナギ城として元々のログスの領地を統治する。
その代わりに、ログス侯爵家にはイハナ領地の半分が加えられた。元のログス領に手が回らない、といっていたのに、全体として領地はかなり増えた。その分、ライセル家から援助はあるらしい。元々イハナ家に雇われていた者たちが、加わるようだ。
イハナ領の半分とパーブラ領は、念のためバザックスの領地となり、統治はライセル家が代行だ。イハナ城は、すっかり清浄な城として甦った。
今にして思えば、戦いというより城を丸々ひとつ分解掃除したようのものだ。
「やっと、結婚式の招待状が出せたよ」
ルードランは、安堵したようにマティマナに告げた。婚儀の準備は、猛然と進められているらしい。
「いよいよ、結婚式なのですね」
そう思うと、マティマナはどきどきが止まらなくなってくる。
ずっと、ルードランと一緒に過ごしているのだけれど。いや、ずっと一緒に過ごしているからこそ、結婚後がどんな生活になるのか全くわからない。
「嬉しいな。やっとマティマナが僕のものになる」
「え? わたし、ずっとルーさまのものですよ?」
マティマナは不思議そうに首を傾げるが、ルードランは微笑したままだ。
「愉しみだなぁ」
ルードランは甘美な響きで囁くと、間近でマティマナの瞳を見詰め、笑みを深めた。






