シェルモギと金鱗の扇
シェルモギは、叛逆の粉に反応はない。だが、死霊馬も、骸骨騎士も、シェルモギを攻撃している。
煩そうに闇を弾き、シェルモギは叛逆する死霊を消滅させた。
その間に、どんどん城の崩壊は進んで行く。
分解の魔法をあびた調度類は転移されている。
レュネライは、分解させられたまま元に戻れないらしく、大量の蒼白い蝶となり壁の影に隠れるように舞っていた。シェルモギは頻りに蝶へと闇を掛けていたが姿は戻らない。
(シェルさまが無事でよかった……!)
微かにきこえるレュネライの声は、誇らしげだ。
『人質が視えるようになった!』
バザックスの声が空間に響いてきた。確かに、城はどんどん崩れて大穴が空き、更には外の壁も消え始めている。
城の崩壊が進み、バザックスの空からの視界が人質を見つけられるようになった。
それまでずっと、マティマナとルードランによる城の分解と死霊との戦いを中継していたが、バザックスは人質を見つける方向へと意識を変えている。
「あ、本当に! 見えてきました!」
マティマナも声をたてた。右往左往する死霊のなかに、人質たちはぼんやりと佇んでいる。
ザクレスらしき姿が、ちらりとマティマナの視界に入った。弱々しい攻撃魔法を雅狼へと浴びせていたザクレスは、雅狼に殴られて意識を失い、そのまま転移されたようだ。
バザックスの空鏡の魔石では、人質全体を視ることが可能になっている。マティマナたちからは視えない部分まで、光景を屈折させるようにして視ているようだ。
マティマナは、鏡の邪面を人質と死霊の混じり在った場所へと向ける。
ギノバマリサは、バザックスの視界から人質を転移させはじめた。
代わりに雅狼が、シェルモギへと攻撃するために壁を登ってきた。マティマナたちの直ぐ近く――たぶんリジャンの指示なのだろう。
シェルモギが浮いている近く、足場の良いところで雅狼は金鱗の扇を使った。メリッサの歌が混じった光の粒子が、シェルモギへと届く。
「ぎゃあああっ!」
一瞬だが、シェルモギは、信じ難いような声を上げて宙をのたうち回った。
直ぐに体勢を立て直し、周囲の闇を濃くしている。
「おのれ……っ!」
シェルモギは少年の綺麗な顔を怒りと苦痛に歪め、全身全霊の力を雅狼へと向けた。
「危ない! 雅狼ちゃん!」
マティマナは無意識に大量の聖なる成分で雅狼を包む。
雅狼は、にっこり笑うとマティマナへと金鱗の扇を投げた。雑用魔法の流れを辿り、扇は自然にマティマナの鏡を持つ手に届く。
「雅狼ちゃん!」
マティマナは悲鳴めいた声を上げた。
轟音が響き、雅狼のいた場所には大穴が空いている。
『大丈夫です、姉上! 雅狼の魔石効果が切れて戻ってきました!』
すぐにリジャンの声が戻った。
ホッとしすぎて力が抜けそうだ。ルードランが強く手を握ってくれる。
(ルーさま、これをお願いします!)
雅狼から受け取った金鱗の扇を、ルードランの右手へと渡した。
(そうだね。シェルモギは、この光が苦手らしい)
幸い、メリッサの歌声は届いてきている。歌声まじりの光の粒子を浴びせられるだろう。
しかし、死霊蟲にしか効いていなかったようなのに、なぜシェルモギに効くのか謎だ。だが、明らかに打撃を受けている。
シェルモギの防御もすり抜けていたように思う。その光を浴びせ続ければ、邪の力を鏡で吸い取れるようになるかもしれない。
ルードランは扇を開き、シェルモギへと集中して光の粒子を浴びせた。金鱗の扇で攻撃すると、シェルモギは何故か極度に怯えた表情を見せた。だが、すぐに仮面をつけ表情を隠す。
光の粒が、シェルモギに貼り付いた。
シェルモギは苦痛気にするが、呻き声を上げただけだ。より周囲の闇を濃くして弾こうとしている。たが、光の粒子はシェルモギへと浸透し続けていた。
(これは、結構、魔気を使うね)
ルードランが、コッソリと呟いてきた。
(あ、それで雅狼ちゃん、魔気切れだったかしら)
マティマナは鏡の邪面を向け、シェルモギではなく下方の死霊と人質から聖邪循環させ始めた。
聖なる成分は、マティマナからルードランへと流れ、聖域へと貯める前にルードランの魔気の器を満たす。ルードランは扇を使い、シェルモギへと光の粒子を浴びせ続けている。
マティマナは鏡を使いながら、分解の魔法で城を壊し、叛逆の粉もまいて人質の浄化と、死霊の寝返りと浄化を促す。
「くっ、よくも……っ」
捨て台詞めいて呻き、苦悩の気配だったシェルモギは転移で消えた。蒼白い蝶も追うように転移している。だが、行く場所など城のなか以外にはないはずだ。
「たぶん、地下ですね」
ロガが残した生け贄の死体がたくさん在ったであろう場所。
マティマナたちには見つけられなかった地下。
「城を全部崩せば、自然に地下も現れる」
ルードランの言葉にマティマナは頷いた。分解の魔法は急激に連鎖し、自動的に城を壊している。それを加速させるように、聖邪循環させながら分解の魔法を城に浴びせ続けた。
人質は、転移されてどんどん少なくなっている。大量にあふれていた死霊も、だいぶ数を減らした。叛逆の粉を浴びると、シェルモギを攻撃する状態になる。死霊たちは続々と階下へと降りて行った。やはり、シェルモギは階下、たぶん地下にいる。
この階の人質は、転移が済んだようだ。
床が崩れ、死霊たちも落ちて行く。
「もう、そろそろ一階だと思うのですけど」
上階は壁がなくなっているので、高さの把握ができない。
「床を崩して行こう」
「聖なる成分……足りるでしょうか?」
死霊の数が圧倒的に少ない。
「下の階にも、まだ死霊はいると思うよ」
会話をしている間に、魔法の連鎖速度はあがり床が崩れて消えて行く。
更に下の階、たしかに死霊は居る。だが、数は少ない。そして、シェルモギの姿も、蒼白い蝶の姿も見えない。
見えた死霊から聖邪循環で聖なる成分を貯める。
ルードランは、ときどき扇で死霊蟲を消していた。
「一階の広間みたいです、ここ」
聖邪循環で邪気を聖なる成分へと変えながらマティマナは呟いた。イハナ城に出入りしたときに見覚えのある景色が拡がっている。
死霊は邪を抜き取り、粉で浄化消滅させた。
人質は、浄化と転移が同時進行だ。
「床を崩そう。地下を探さなくては」
外の壁も、残してきた床も、調度類も、内装も、次々に消えて行く。リジャンとメリッサの気配が近い。
ずっと歌い続けてくれている声が良く響いてきた。
「補給できたら、また雅狼を出します」
リジャンの声が、わりと間近で聞こえた。メリッサの歌声は、はっきり聞こえる。
一階の壁も、崩壊しつつあった。
聖邪循環できそうな死霊が、次々に転移で消えて行く。シェルモギが、邪を吸い取るために地下へと呼び寄せているに違いない。
一階の床は、壊す前に聖邪循環が必要だ。
「もう少しで、分解の魔法が掛けられそうです!」
だが、邪の成分は直ぐに消えた。残りの一階の死霊も、叛逆の粉を浴びて全て浄化されている。






