魔法の模索、ライセル城の精霊
「ライセル城の地下に、こんな場所があったとは驚きだよ」
迷路めいた通廊をふたり歩きながら、ルードランが呟く。扉のようなものは今のところ見当たらない。
とはいえ耳縁飾りが触れ合った瞬間、ふたりの意識に語りかけてくる存在があった。手を繋ぎ、導きのまま、どこかに向かって歩いている。
「飾りがふたつ揃わなければ入れないのなら、ずっと誰も入っていないわけですよね?」
ルードランの耳縁飾りは、ずっと行方不明だった。
誰も入っていなかったというには、迷路めいた通廊は綺麗だ。足音は響きすぎず、空気は少しヒンヤリしているが清浄だ。
やがて、少し光が射すような明るさに照らされ扉が見えてきた。
「あ、扉です! 呼んでます」
「そうだね」
何かが、扉の向こうから呼びかけていると感じる。
ふたりで扉に触れた。両開きの扉は、部屋の内部に向けて静かに開いて行く。
「開いた!」
だだっ広い広間が続く。奥のほうに、小さな神殿めいた場所が見えていた。
「ようこそ」
近づいて行くと声が響き、ほわりと光が浮かんで人に似た姿になって行く。
精霊?
淡い光の密集は、半透明。淡い光のドレスに、淡い光でできたような白い羽。少し高い位置に羽を広げて浮かび上がっている。
「あなたは?」
マティマナは思わず訊いていた。
「古来、天上より使わされたライセル城の護りの精霊」
くっきりとした形にはならないままに、城の護りだという精霊は鮮明な声だ。穏やかで低めだけれど、女性らしき声。
「ライセル家の護り……? ライセル城には精霊がいたのか」
ルードランも驚いている。
「イハナ城を破壊したいのだろう? だが、その方法は既に知っているようだな」
笑み含みの声だ。
やっぱり、分解するしかないのね……。
マティマナは、思いついた方法の正しさを知るとともに、途方もない手段に目眩を感じている。
「聖邪循環で聖なる成分を蓄えよ! 分解が加速する」
マティマナの思いに応えるように精霊の声が響く。
鏡のような例の魔道具で、死霊から邪気や呪いを吸いあげながら城を崩して行く映像が脳裡を巡った。
死霊だけでは足りないだろうから、その前に法師の部屋にある呪いの品からも吸い上げ、聖なる成分を溜めておく必要がありそうだ。
「シェルモギを封じるには、どうすれば良い?」
ルードランが訊く。城を壊し人質たちを助けるには、シェルモギとレュネライとの戦いになる。シェルモギは殺しても死ななかった。確かに封じる方法が必要だ。
「廃墟の神殿を甦らせよ! 御神体である光の竜を召喚し、シェルモギを封じるための方法を授けてもらうが良い」
廃墟の神殿?
ルードランが連れていってくれた魔法の森に在った壊れた神殿のことだろうか。
甦らせる? 神殿を?
マティマナの頭のなかは、ごちゃごちゃで何をどうすれば良いやら混乱し続けていた。
光の竜が召喚できるなら、イハナ城を破壊してもらうわけにはいかないの?
『ふたりで、行くのだ……』
マティマナの頭のなかには、たくさんの思いが渦巻いていた。だが質問を続ける間もなく、精霊は声を響かせながら掻き消えて行く。
気づけば、居城の一階だ。
「廃墟を甦らせる魔法、あるのかな?」
ルードランは工房を目指しているのか、マティマナの手を引いて歩きながら訊いてきた。
頭のなかはごちゃごちゃだったが、ルードランの問いに集中すると気持ちは少し落ち着いてくる。
「……え、ぁ、そうですね。雑用魔法の修繕……修復から応用すれば、復元できるのかも?」
少し首を傾げながら思案すると、そんな風に言葉が唇をついた。
ただ、神殿は廃墟となっている。復元は、崩れた神殿の材料がそれなり揃っているなら、という条件つきになりそうだ。
しかし、ライセル城を護る精霊の言葉だ。可能なのだと思う。
「なるほど! マティマナは城の修復、随分とたくさんしていたね」
たくさん修復したお陰で、雑用魔法のなかでも修繕系はだいぶ進化している。復元的なこともできていた。
「ただ、廃墟になってましたから、それを復元となると、かなり魔気の消費が激しいと思います」
今まで溜め込んだ分で足りるだろうか?
「そうか。魔気量……それなら出かける前に、法師の部屋の呪い、全部吸い上げよう」
マティマナはイハナ城を分解するために、聖邪循環で呪いから聖なる成分を溜めようと思っていた。だが、ルードランの言葉のとおり、神殿復活のための魔気補給として呪いから得ておくのが良さそうだ。
「どのくらいの魔気が用意できるでしょうね?」
「ちょっと時間が掛かるかもしれないね」
城を分解を始めるまでに、他にも用意しないといけないことも多々ありそうだ。
「シェルモギを封じる方法が分かるとして、城を分解しているときが、無防備すぎますね」
マティマナとルードランは、城を分解するのに手一杯になる。
ルードランに宙に浮かせてもらっての作業になりそうだ。その上で、ルードランは聖域のペンダントからの魔気の出し入れで戦いまでは手が回らないに違いない。
「攻撃……リジャンに応援に入ってもらうのはどうだ?」
工房へと入って行きながらの会話を、工房に残っていたバザックスが聞いていたらしく声を掛けてきた。
バザックスは、ルードランとマティマナが城を分解する相談をメリッサと鑑定士から聞いた様子だった。
「雅狼ちゃん、そんなに進化したの?」
マティマナは驚いて訊く。
「かなり、広範囲に攻撃できるようになったと聞きました! 壁も、すり抜けるんです!」
メリッサが応える。
壁をすり抜けると聞いてマティマナは瞠目する。
イハナ城の内部へと雅狼を送り込むことが可能ってことなのかしら? 入り込むのは化身で本体は魔石だから、攻撃を受けても平気なのかな?
「ああ、でも、リジャンさまが行くのでしたら、わたしもお連れください!」
マティマナが思案していると、懇願するようにメリッサは言葉を続けた。
「そんな、危なすぎよ?」
マティマナは吃驚した声をあげる。
「わたしの魔石も、進化してます! 歌で、皆さまを護れます! わたし自身も!」
リジャンも、イハナ城内に雅狼を送り込んでしまったら無防備になる。護りは必要だ。
「じゃあ、リジャンとメリッサに護衛を頼もうか」
ルードランは決意顔だ。確かに、騎士などを連れていっても護衛の役には立たず、人質にされてしまう危険性が高かった。
「私は、マリサとライセル城を護りながら、空鏡の魔石で遠隔攻撃と、分解して行く城から人質を見つける役目を引き受けよう」
「バズさまが見つけてくだされば、私が転移させられます!」
ギノバマリサの魔石も進化しているのだろう。途中から工房に飛び込んできていたギノバマリサは自信に満ちた声で告げる。
「いつの間にか、みんな凄いことになっていたのね!」
マティマナは頗る感動して泣きそうになっている。皆の協力が頼もしく、絶望的な気分を伴うイハナ城の分解作業すら、なんとかなりそうな気になっていた。






