ザクレスの煽動
黒曜教は幻覚を視せ、操る。貝殻草の指輪のお陰で、なかなか操れる者はいないのだが、たまに引っかかる者は城に連れ込まれていた。信徒という名の人質だ。
「ああ、あんな穢れた城で人質にされるだなんて!」
マティマナは呪いの状況を知っているだけに、考えるだけでも恐ろしい。
都での布教の様子は、レュネライがライセル城へと幻覚を投げ込むことで確認できているような状況だ。
だが、幻覚ではあるので、どこまで正確に現状の都を映しているのかは謎だった。
「え? ザクレスさま?」
城の敷地に投げ込まれた映像のなかで、声高にマティマナの悪口を振りまいているのは見覚えのある姿。マティマナを婚約破棄した元婚約者のザクレス・ジェルキだ。
シェルモギの配下にくだったらしい。
「ザクレス君、魔法を使っているね」
同じ映像を視ながらルードランが呟く。
「魔法……使っているのは、はじめて見ます」
何かと魔法のことを声高に言うわりに、ザクレスは確か使える魔法はなかったはずだ。
魔法はシェルモギあたりから授けられたのだろう。ザクレスは幹部的な役割にされているのかもしれない。レュネライと同じように幻覚をドンドンばら撒き、ライセル家を陥れるための悪口振りまき、信者にすべく転移で拐らう。人質を増やしている。
敵の手に堕ちた、というよりも、嬉々として役割を楽しんでいるように見えた。
「ライセル城から配られた指輪を外せ! 危険な代物だ」
ザクレスは深刻そうにデマを垂れ流す。着飾って偉そうな態度で、布教の手伝いだ。
権力ほしさに闇の勢力に与したのだろう。
でも、これってまた牢屋行き?
いや、都を追放になるだろう。生きていられればではあるが。
「人質にされているなら、まだ酌量の余地はあるのだけれどね」
ルードランは溜息まじりに呟く。
「……楽しそうですよ。あんな表情、初めてみます」
仲間と飲み歩いていても、あんな楽しそうな表情はしていなかった。縁が切れていることに、心底ホッとしながらも顔見知りであるのは、辛いところだ。
「マティマナを引き摺り出せ! 都を恐怖に陥れている元凶だ!」
声高に先導している。目的がマティマナだと知れることで、それを差し出せば自分は安全と考えるような輩はいる。ザクレスに煽動され、人質だけでなく先導する人員も増えてきていた。
人質をとられた家人の中には、マティマナを引きずり出すことに賛同しザクレスを支持するものもいる。このまま放置はできない。
しかし、方法が……勝利への道筋が全く見えない。
ザクレスは、ジェルキ家からは勘当されていた。だが、ジェルキ家の者たちは、息子の所業に蒼白になっているようだ。
訴えの数からして、人質の数は急激に増加している。イハナ城の広さなら、かなりの人数を収容可能だ。
食事など与えたりしないだろう。魔気を奪われ続け、魔気の枯渇か、餓死か……。どのみち、やがて死霊となるだろう。一刻も早く救出せねばならない。
教祖レュネライもザクレスも転移で神出鬼没。布教と称して現れ、その都度、領民を拐っていた。
「助けだすには、城を壊すしかないです」
工房で斜め向かいに座るルードランへ向け、絞り出すような声でマティマナは呟いた。しかしマティマナが到った結論は、途方途轍もない。
「イハナ城は堅牢すぎて、召喚した神獣を激突させたくらいでは崩れないだろう……。何か、壊せそうな魔法、あるかい?」
ルードランは絶望的なつぶやきの後で、マティマナの雑用魔法に何か手がかりを感じているのか訊いてきた。
城を壊せそうな方法……?
マティマナは、雑用魔法の分岐をたどる。
地道だけど分解掃除するときの雑用魔法とか? あれなら城内にいる人に害はない。
「とても地道な方法なら……」
「あるんだ?」
ルードランは吃驚したような、それでいて必ずマティマナなら方法を見つけ出すと信じてくれていたような、そんな響きの声で訊き返した。マティマナの両の手を取って握ってくる。
「分解掃除するときの方法です。イハナ城は石造りですし。ひとつずつ石を外す感じですよ? 地道ですし、城に近づいて雑用魔法をかけなくちゃです」
なので、宙に浮かぶとしても敷地を彷徨く死霊たちも、片づけなければいけない。空を飛ぶ死霊もいるだろう。
それに、死霊たちを片づけたとしても、城内からシェルモギもレュネライも、攻撃を仕掛けてくる。
どこから分解して行くのかは、イハナ城に行ってみないと分からない。
「なるほどね。解消しないといけない事柄もあるけど、なんだか良さそうな気がするよ」
ルードランは、マティマナが思案中の事態も含めて希望を見出してくれている様子だ。
「兄上、義姉上! ライセル城の地下に秘密の扉があり、耳縁飾りがふたつ揃っていれば入れる、と、古文書に表記が在った!」
古文書を読み解いたらしきバザックスが、慌てて工房へと飛び込んできて勢いこんで告げた。
「地下? ライセルの主城に地下があるのか?」
初耳だ、と、ルードランは驚いている。
「らしい。飾りが揃っていなければ地下の秘密の扉どころか、地下へも入れないのではないか?」
バザックスも地下の存在は初めて知ったのだろう。推測しながら可能性を探ってくれている。
両方の飾りが揃ったのは極最近のことだ。
「地下に何があるのでしょう?」
ふたりでなら耳縁飾りが揃っているから、秘密の扉を入ることができるようだ。だが、その向こうに何が?
マティマナは首を傾げながら訊いた。
「古文書の肝心の部分が掠れていて、読めんのだ。だが、ライセル家の危機への備えらしい」
ライセル家の者であるバザックスの直感でもあるようだ。何か、とても大事な示唆があるのだろう。
「ありがとう、バザックス。早速、行ってみよう。どんな小さな手がかりでも欲しいところだ」
マティマナと繋ぐ手を片方に変えながら、ルードランは立ち上がる。
「はい! 危機への備えというのであれば、今こそ、必要なときだと思います!」
一緒に立ち上がり、ふたり早足で工房を出た。階段を急いで下りて一階へ。
「地下へは、どこから入るのだろうね?」
「そういえば見たことないですよね、階段とか、入れない扉とか……」
手を繋いだまま一階を歩き回り、何か思い当たることがないか、ふたりして頭を捻っている。
「隠し扉など、どこに在っても不思議がなさ過ぎだよ?」
「地下の扉の場合は、ふたつの飾りがあれば良いのですよね?」
そんな風にマティマナが囁くと、何かふわりと力が働きかけるのを感じた。マティマナは少し伸び上がり、ルードランは少し身を屈めるような体勢。そして、ふたりの縁耳飾り同士が自然に引き合ったように触れた。
途端、パアアアッと、光が迸る――。
次の瞬間には、見たこともない場所にいた。
「これは……!」
「地下迷路?」
ふたり同時に声をたてる。ライセル城の一階とは別物の雰囲気だが、質素ながら材質のよさそうな上品な装飾の壁と柱が続いている。
「扉を捜しましょう!」
地下に入ることができたのは間違いない。ならば、きっと見つかるはずだ。マティマナの言葉に、ルードランは笑みを深めて頷いた。






