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黒曜教からの告知

 マティマナは、ルードランと手を繋いで一緒に小部屋から歩みでた。

 

「ルーさまも、ちょっと悩み深そうですよね?」

 

 コソッと訊く。

 

「そうなんだよ。せっかく結婚式の日取りが決まったのに、この状況では招待状がだせなくてね」

 

 ルードランは溜息まじりに呟いた。ルードランを悩ませている事柄が分かり、ホッとしたような、不安が増したような微妙な心境だ。

 

「あ……、そうですよね。早く、騒動を片づけなくちゃです」

 

 勝算は全くないのだが、マティマナは呟き応えた。

 

 

 

「レュネライが、あちこちで布教活動を始めている」

 

 バザックスが深刻そうな表情で工房へと入ってきた。

 転移で都を渡り歩きながら、美少女は熱心に黒曜教としての布教をしているようだ。

 シェルモギを黒曜教の司祭としてあがめ、幻覚として姿を視させているらしい。

 

「レュネライを狙って空鏡の魔石を使っているのだが、攻撃が当たる寸前に転移されてしまう。信徒になった者を連れて行くようだ」

 

 溜息まじりにバザックスは告げた。

 

「連れて行く……って、まさかイハナ城へでしょうか?」

 

 マティマナは寒気を感じながら訊く。

 

「たぶんそうだろう」

 

 応えるバザックスは苦々しげだ。

 

「イハナ城では、今までの根城と違って家人たちが迎えに入ることもできないね」

 

 ルードランは連れ込まれて者たちを助ける手立てが難しそうだと考えている。確かに、敷地には死霊がうようよしているし騎士たちを派遣しても城まで辿り着くことは難儀だろう。

 

 

 

「ああ、なんて美しい司祭様!」

 

 バザックスの攻撃でレュネライが逃げ去った後に取り残された者は、そんな風に叫び、夢見る視線でシェルモギのいるイハナ城へと行くことを望んでいる。貝殻草の指輪を身につけていない者は、直ぐに幻覚に取り込まれた。

 

 布教するレュネライの美少女ぶりも、黒曜教は崇拝するに相応(ふさわ)しい宗教であると錯覚させているようだ。

 レュネライが連れて行けなかった者たちは、幻覚に惑わされ司祭の名を呼びながら徘徊(はいかい)している。

 騎士たちによってライセル城へと連れ込まれ、たいていそれで正気を取り戻す。

 応急処置として貝殻草の指輪も付けさせている。

 

『聖女マティマナを差し出せば、都の者に危害は加えない』

 

 更に、そんな風に宣言する声と映像が、レュネライの幻覚によってあちこちに撒かれはじめた。イハナ城に入り、シェルモギはベルドベル城主を名乗っている。

 民のなかには、マティマナが災いを呼んでいる、などと、陰口を叩きはじめる者もでてきた。

 

「まったく。マティお義姉(ねえ)さまが、敵の手に渡ったら都が滅びる、ってことくらい、分からないのかしら?」

 

 ギノバマリサは呆れている。

 

「全くだ。義姉上(あねうえ)の聖なる力は、かけがえのない大切なもの。ライセル家にとっても、ルルジェの都にとっても」

 

 バザックスも、ギノバマリサに同意している。

 

「ありがとうございます。でも、なんとかしなくちゃですね」

 

 正反対の力であればこそ、シェルモギはマティマナを囚われの身とすれば無限に餌とできる。

 わたしは彼らを餌にできる、ってこと?

 したくないけど。と、マティマナは心のなかでぶんぶんと激しく首を横にふった。

 

「城に連れ込まれた信徒たちは人質だ。早く助けなければ、いずれ魔気を吸い尽くされて死霊にされてしまう」

 

 ルードランは、なんとか良い手段を見つけだしたいと思っているようだ。

 シェルモギは、成長もあるが、今はまだ力を取り戻すために莫大な魔気が必要なのだろう。イハナ城の呪いを全部、必要な成分に変換しても、きっと足りない。だからこそマティマナを捕らえれば、幾らでも変換して吸収できると考えているのだろう。囚われないまでも、攻撃としてイハナ城に聖なる力を注げば全部美味しくいただかれてしまう。

 

 黒曜教からの告知は、あちこちで続いた。映像が何種類か展開されている。蒼白い闇の蝶が舞ってきて幻覚をみせることもあるようだ。

 

 マティマナが元凶なのだと、告げる教祖の声と美しい姿。

 貝殻草の指輪を外すように促す、魅惑的で誘惑する声と姿。

 マティマナを差し出せば都に出だしはしない、という猫なで声の脅し。マティマナを連れてくれば、信徒は帰してやる、とも付け加えられていた。

 

 

 

 不意に、ライセル城へと映像が投げ込まれてきた。

 ライセル城の護りを、どのように掻い潜ったものか、映像は、城の敷地のあちこちで展開されている。

 当然、マティマナもルードランも視てしまった。

 

 シェルモギがマティマナを手に入れ『鳥籠に入れて餌にする』。

 そんな、映像を視せての惑乱。誘惑。綺麗で忌まわしい形の鳥籠だ。それは、マティマナへと向けられている伝言らしかった。マティマナの姿は映像にも使われている。

 

 そんな誘惑に乗るわけないじゃない!

 マティマナは憤慨してそう思ったのだが。ルードランはかなり焦った様子で、心配は非常に激しいものだった。

 

「そんなことは、絶対にダメだ。必ず阻止する」

 

 映像から護ろうとするように、ルードランは人目も憚らずマティマナを抱きしめてくる。

 

「わたし、鳥籠なんて、いやです。ルーさまと、一緒の未来を築くのですから」

 

(僕の腕のなかには閉じ込めておきたいよ……? 誰にも渡さない)

 

 ルードランの言葉が、心のなかへと切実な響きで流れ込んできた。

 

(どこにも行きません! ルーさまから離れたりしません!)

 

 心の叫びのように応えた。

 

「でも、マティマナは優しいから……」

 

 不安そうに青い眼が、瞳を覗き込んでいる。

 

「え?」

「人質たちの命を盾に取られたら……」

「……シェルモギたちは、きっと、そう言う手段にでますね」

 

 否、既に、そういう伝聞になっている。人質の数は徐々に増え、イハナ城から家人を取り戻せない者たちがマティマナを差しだそうとする可能性は日に日に高くなるだろう。

 

「マティマナ、早まっちゃだめだからね?」

 

 わたしを捕らえれば、聖なる成分を変換して吸収しシェルモギは無敵になってしまう……。

 けれど、人質の家族たちの悲痛な訴えを聞かずにいるなど、できない。遅かれ早かれ、間違っていると分かっていても、自らを差しだすような手段に走る可能性があることをマティマナは否定できなかった。

 ルードランは、それを案じているのだろう。

 でも、それは間違っている――

 

「イハナ城に捕らえられている方々を……助ける方法、考えます!」

 

 少しでも早く。心がヘンな判断をしてしまう前に。

 マティマナは決意した表情でルードランに告げた。助けるには、シェルモギと再び戦う必要があるだろう。戦わずに人質だけ助け出せるような都合の良い話はないと思う。 

 

「そうだね。イハナ城を、なんとかしよう」

 

 ルードランは、そう囁きながら抱きしめの腕に力を込める。

 人目はあるのだが、マティマナは構わずルードランの背へと回した腕で抱きしめ返していた。

 

 


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