大量の聖なる成分を格納する場所
「『聖邪の循環』とでも言う魔道具でしょうなぁ」
鑑定士が呟いていた。
邪や悪や穢れ呪い。そういったものを吸収し、聖なる成分に変換できるらしき手鏡に似た魔道具。
これを使えば、悪魔憑きのロガが残していった品から呪いを抜くことが可能かも?
マティマナは、ルードランと共に法師の部屋へと訪れた。
「ちょっと試してみますね」
片面は美しい天上の光景、反対側は蔦と神獣と昆虫が絡みあったような図柄の手鏡風の魔道具だ。
どきどきしながら、収納箱をあけ神獣の面を翳して呪いを吸い取ろうとした。
確かに呪いが吸い上がってくる。だが、マティマナは小さく悲鳴をあげる。
「ああっ、これって、どこに聖なる成分を保管すれば良いの?」
実際使ってみると聖なる成分を保管する場所が必要らしいとわかった。吸い上がりかけた呪いは、品へと戻ってしまった。全然吸収できない。
「聖女の杖はどうなんだろう?」
ルードランが訊く。
「もう満杯です!」
小まめに送り込んでいたから、かなり大量の魔気が溜まっている。
「わたし魔気を貯める場所が、もうありません!」
「マティマナ様は、たくさん魔法を使っても魔気の戻りが早いですから、魔気の器も満杯ですね」
法師は、マティマナの魔気の器にも空きがないことを教えてくれた。これでは、大量に魔気を消費した後でしか吸収ができないことになる。だが、そんな機会は滅多にない。
「何か魔気を注ぐ場所が必要なのだね」
ルードランは思案気な表情で呟いている。
「そのまま、何か品を造れば良いのかしら?」
しかし品を造る程度では大した消費にはならない。
せっかく呪いを聖なる成分へと変換できそうなのに、その聖なる魔気を貯める場所がないなんて!
「あっ、そういえば、魔気を貯められるという飾りが宝物庫にあったような気がするよ」
「本当に? ああ、ルーさま、ぜひ、それ見せてほしいです!」
ずっと何か思案していたルードランが、ようやく思い出した、という表情で告げた。
「いいよ。早速、行って見よう」
焦りまくっていたマティマナと手を繋ぎ、ルードランは宝物庫へと向かった。誘われるまま、何度か入っている宝物庫へと足を踏み入れる。相変わらず絢爛豪華な宝飾品たちだ。渦巻く気配に呑まれて目眩がする。
「これだったかな、聖域の宝飾品……」
ルードランが取り上げたのは思ったよりも、ずっと小さな金細工だった。小さな青い宝石が嵌まっている。細い金鎖がついていてペンダントのようだ。衣服の下に身につける印象だった。
「小さいのに、膨大な魔気を溜められるのですね?」
聖域というからには、聖なる場所につながっているのかもしれない。
「ちょっと危険があるから、僕が身につけようか」
言うなり、既に身につけている。襟元から素肌に滑り込ませていた。
「えっ? 危険のあるようなもの、ダメです、ルーさま!」
「大丈夫。僕は、魔気量わかるから。マティマナは魔気量が把握できないからね」
ルードランの言葉に、マティマナは納得した。要するに、魔気量が限度を超えたら拙いことになるのだ。確かにマティマナは魔気量が量れない。
「ルーさまに、魔気を注ぐ感じですか?」
「手を繋いでいれば、自在に行き来できるよ、きっと。早速試そう?」
目的のものが直ぐに見つかり、ご満悦な表情のルードランに連れられて法師の部屋へと戻った。
「じゃあ、もう一度、試しますね」
片手はルードランと手を繋ぎ、空いたほうの手で手鏡風の魔道具を呪いの品へと翳した。今度は、呪いがドンドン吸い上がってくる。
手鏡風の天上の風景のほうからあふれでた聖なる成分が、握っている箇所からマティマナのなかへと流れこんできた。そして繋いでいる手から、どんどんルードランへと移動して行く。
「ああ、凄いね。どんどん流れ込んできている」
ルードランの言葉通り、マティマナにも聖域のペンダントへと聖なる成分が流れ込んで行くのがわかった。凄い勢いで呪いが吸い上がり、膨大な量の聖なる成分に変わってマティマナからルードランへと流れる。
「これって、ルーさまが使っても可能なのでしょうか?」
そのほうが早いかな? と、思って訊く。
「聖なる力と、膨大な魔気量を所持するマティマナ様ですから魔道具が使いこなせています」
「僕には無理だと思うよ?」
法師とルードランが、ほとんど同時に応えた。
マティマナにとっては、ただ道具を翳しているだけなのだが、かなり使い熟すには条件の厳しい魔道具のようだ。
「あ、じゃあ、こんな風に、わたしからルーさまに渡して保管してもらうのが良いのですね?」
流し込み続けているけれど、溜め込んでも底がなさそうな気配だ。大量の変換した魔気を、ルードランが預かってくれるのは安堵感がある。
「きっと、マティマナが使うときには、僕から流してあげられるよ。手を繋いでいればだけど」
ルードランは、それは確信しているようだ。一瞬で全魔気を使い切っても、一瞬で戻してもらえるに違いない。ちょっと衝撃がありそうな気はするのだが。
「自分の魔気が激減したり、杖に溜めた魔気も使い切ってしまったときには、同じ方法で補給できる……ということですよね?」
そうです。と、法師が呟き応えた。
ルードランから流してもらうだけではない。呪いの品や死霊の穢れから直接聖なる成分へと変換し、自らへと補給することも可能なのだ。ちょっと抵抗感はあったのだが、今、やってみてみる限り、流れて行く聖なる成分は、とても清浄で心地好い。
法師の部屋から、ふたり歩いている間に、魔法の気配が強い小部屋へとルードランに連れ込まれた。狭めで落ち着く部屋ではあるのだが、ライセル家の者しか入れない場所だ。雑用魔法をまいて回っていたころに、ルードランと入っている。
凝った調度類は、どれも高級品だ。壁は深い色合いの天鵞絨張り。
ふっ、と、肩に手が触れたかと思うと、背が壁へと押しつけられ繋がれたままの手も、壁へと押しつけられている。
マティマナは、身動きできずルードランの顔を見上げた。
「ずっと、悩み深い表情だね」
ルードランは囁くと、顔を少し傾げてキスしてきた。
少し長く深いキスに、目蓋を伏せる。
そうよね。ルーさまは、気づいてる。
隠し事をする気など元よりないが、切り出しにくいことはあった。
「……魔道具がなくても……似たようなこと、してましたね、わたし」
キスの余韻にくらくらしながらも、観念したように呟く。
シェルモギと城で戦い合っていたとき、聖なる力が変換されて闇の力として使われるのを知った。だが、マティマナも、どさくさで死霊使いの力を聖なる力へと変換して取り込んだ。
それは、ずっと忌まわしいこととしか思えず、ルードランに告げられず、悶々としていた。
けれど、リジャンの持って来た骨董品は、そういう力の変換を促す魔道具だ。忌まわしきことではないのかも?
そんな風に思えてきたばかりだった。
「穢れた力を、聖なる力に変えていると分かっていたよ? 素晴らしい魔法じゃないか。何も心配ないよ。マティマナの聖なる力は増して行くばかりだ」
ルードランは笑みを浮かべて囁き、再び唇が重なる。壁から引き離すように抱きしめられ腕のなかにおさまった。
「ルーさまには、なんでも話すって決めているのに。ごめんなさい」
ぼそぼそと呟くマティマナの声は、ちょっと甘えた響きだ。ルードランの嬉しそうな気配が伝わってくる。必死に、しがみつきながら、マティマナは安堵の吐息をこぼしていた。






