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イハナ城乗っ取り

 イハナ城での呪いを浄化するために使用した魔法の敷布が、ズタズタに裂かれて外に放られたらしい。マティマナの元へと風に乗って戻って来た。

 ライセル城の二階の張りだしには、他にも聖なる布の成れの果てが積み上がっている。

 

「これ……イハナ城で呪い浄化に使った敷布です」

 

 マティマナは、ズタズタになっていることにも驚いたが、聖なる成分がすっかり抜けていることに恐怖感を覚えた。

 たぶん、聖なる成分を抜いてからズタズタにしたのだろう。そうでなければ、裂くことなどできない布だ。

 手のひらの上に布の残骸を乗せたマティマナが、余程、恐怖心に満ちた表情だったのだろう。ルードランが歩み寄ってきて抱きしめてくれた。

 

「イハナ城に入られてしまったようだね。だが、きっと打つ手はある」

 

 そう言うルードランも厳しい表情になっている。

 

「あ、ああ、やはり、イハナ城が目的だったのですね?」


 腕のなかで少し落ち着いては来たが、考えだに恐ろしい。


「呼ばれたのだろう。呪いが存在していると、知っていたわけではないと思うよ」

 

 ルードランも思案したのだろう。慎重に応えている。

 扉は封印されたままだろう。呪いに呼ばれ、転移で城内に入ったに違いない。呪いが色濃く残るイハナ城で、シェルモギもレュネライも、新たな力を手に入れる可能性が高い。

 

 ただ事ではない気配を感じたか、法師が近くへと現れた。

 

「……これは、マティマナ様の聖なる布だったものですね……」

 

 転移で現れた法師は、張りだしに積み上がった布の残骸を眺めて驚いたように呟く。ルードランがマティマナを抱きしめていても、慣れたものなのか構わずに声をかけてきた。緊急時ではあるし、誰もが通行可能の場所なので気づかう必要はないとは思う。

 ルードランは「そうだ」と応えて頷いた。抱きしめの腕を解き、代わりに震えているマティマナと手を繋ぐ。

 

「シェルモギは、呪いも使いこなすようになってしまうのでしょうか?」

 

 マティマナは法師へと訊いた。

 

「復活の力として取り込むでしょうが、呪いを使用できるかは、別の話です。ですが死霊に呪いの力が混ざったら厄介すぎます」

 

 しかも、イハナ城は、ルルジェの都のど真ん中に近い。都に住む者たちへの悪影響が恐ろしかった。

 

 

 

「都の街中にいた死霊が、全部、イハナ城の敷地に集結したようだぞ」

 

 空鏡の魔石で死霊を探り、攻撃していたバザックスが工房に入ってきて告げた。ルードランと法師は、マティマナと一緒に、張り出しから工房に戻っている。

 

「都を歩いてはいないのかい?」

 

 ルードランは少しいぶかしがる表情で訊いた。

 

「今は街なかには居なくなった。それは良いんだが。イハナ城の敷地に入られると攻撃が弾かれてしまう」

 

 バザックスは動揺を隠しきれない響きの声だ。

 

「指輪がかなり行き渡りましたからね。街なかは死霊には嫌な環境でしょう」

 

 法師が応えるように呟いた。

 

「それにしても、死霊の量が多すぎるように思う。急に人骨型が増えているぞ」

 

 都の死霊の状況が良くわかっているバザックスは、眉根を寄せながら告げている。

 

「……イハナ城のどこかに、半解凍の悪魔に与えていた生贄の死骸が……」

 

 マティマナは、不意に半解凍の悪魔が、生け贄を必要としていたことを思い出した。

 ロガは、悪魔の凍結を解くために、半解凍の悪魔へと生け贄を与え続けている。奴隷売買に見せかけ、富豪貴族たちも絡み、あちこちからさらわせていたようだ。

 死体は見つかっていないし、奴隷として売られた痕跡もない。イハナ城の地下かどこかに、大量の骨が隠され存在していたと考えられた。悪魔の食い散らかした死体を処理する場所が必要だったはずだ。

 

「地下室があったのかもしれないね」

 

 ルードランは思案気に応える。地下の存在は失念していた。マティマナたちには気づけなくても、シェルモギは、さすがに死の気配で気づいただろう。死霊の量産が可能だ。気づけば、転移ででも入るに違いない。

 

「確かに、地下は考えてもみませんでした。入り口も見当たりませんでしたし」

 

 マティマナは悔やむような気持ちで呟く。ただ見つけていたとしても、呪いの状況の酷い骨の対処に困ったはずだ。

 

「本当に。凄い量の死霊です」

 

 法師は、イハナ城の様子を眺めているらしく呟いた。転移で入ることはできなくても、外からの様子を視ることは法師にも可能のようだ。

 数年かけて半解凍の悪魔に与え続けたであろう、膨大な数の生贄が呪いつきの死霊として甦ってしまった。

 

 

 

 イハナ城の周囲に住んでいた領民は、ロガの事件の後、念のため避難させている。イハナ城に残る呪いの効果が強すぎるためだ。

 だが、もっと広範囲に避難させる必要があるかもしれない。

 

「せめて、死霊をイハナ城の城壁から出さないようにできないでしょうか……」

 

 マティマナはなんとか、都の人々に無事でいてほしいと願っている。

 異界から攻めてこられた際はライセルの城壁から外に出さなかったから、都への被害はなかった。

 

「外側から聖なる魔法で囲い込むには、聖なる武装を施した者たちを、かなりの数、配置することが必要です」

 

 法師は深刻そうな表情で応える。

 ライセル城から派遣できる騎士たちだけでは足りないかもしれない。

 

「イハナ城、広すぎですが……。でも、それが可能なら、シェルモギたちは魔気を集めに出られなくなりますよね?」

 

 マティマナは希望を見出したくて訊いた。

 

「ただ、シェルモギは魔気を集める必要が、なくなっているかもしれないね」

 

 思案気し続けていた表情だったルードランが呟く。

 何かに気づいたような気配だ。

 

「え? もう魔気が不要なのでしょうか?」

 

 吃驚(びっくり)してマティマナは訊き返す。

 

「いや。でも、残存している呪いの力を、魔気代わりに利用できているのではないかな?」

 

 魔気よりも効率が良いかもしれない、と、ルードランは呟き足した。

 

「あ……わたしの魔法の布も、聖なる力がすっかり抜かれていました。呪いにも、同じことができるなら、イハナ城は無尽蔵な呪いが……ありますね」

 

 多分、ロガが悪魔の生贄にした死骸には、強烈な呪いがついている。死霊として敷地を彷徨(うろつ)かせておくだけで、シェルモギは呪いを好きなだけ吸収できるだろう。

 城自体にも、強い呪いが残っている。

 

「籠城するのに、うってつけだね」

 

 ルードランは、わずかに苦々しげな表情を浮かべながら呟いた。

 シェルモギにとっては、イハナ城にはタップリの食料が存在しているようなものだろう。

 

「それだと閉じ込めるために外側から城壁に聖なる魔法をかけても、聖なる成分を与えることになってしまいますね……。聖なる武装での人員配置も危険かも」

 

 打つ手のなさが、ひしひしと感じられてしまった。

 

「できる限り、イハナ城を監視しておこう」

 

 バザックスは決意めいて告げてくれた。

 

「ありがとうございます! 心強いです!」 

 

 その上で、法師も状況確認してくれるはずだ。イハナ城がライセル城からそこそこ離れているだけに、状況を知る手段は少しでも多いほうが良い。

 マティマナは、今、何かできることを捜そうと考えていた。

 

 


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