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理不尽な婚約破棄と一日だけの婚約者

 華やかな衣装を身につけ侍女に見守られながら、マティマナ・ログスは馬車を待っていた。

 夜会に共に参加するため、婚約者であるザクレス・ジェルキが迎えにくることになっている。

 やがて馬車は来たが、扉は開かず、ザクレスは窓から紙を放った。

 

「お前とは、婚約破棄だ」

 

 ザクレスは冷たい声で吐き捨てるように言う。

 

「何故です?」

 

 驚きで、他に言葉がでない。仕方なく婚約破棄の証書らしきを拾った。せめて理由が知りたい。

 

「知ったことか。じゃあな」

 

 ザクレスの隣には豪華に着飾った美人が乗っている。

 理由も告げず婚約破棄の証書だけを残し馬車は走り去った。美人で裕福な別の貴族と婚約するのだろう。

 

 マティマナはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、今夜のライセル家の夜会には、自分にも正式な招待状が来ていることを思い出した。下級貴族のマティマナに正式な招待状がきているのは、ひとえに富豪貴族ジェルキ家令息の婚約者だったからだ。

 

「あ、でも、これ、ぽかかすわけにいかないわね」

 

 ライセル家は、王族直系の大貴族。マティマナ個人へと宛てられた正式な招待状を無下にはできず、使用人に頼んで馬車を用意してもらった。

 

 ログス家の面々は、昨夜からライセル家の裏方として働きに行っている。ライセル家くらいの大貴族ともなれば、臨時雇いの働き手として下級貴族の者を使う。

 ログス家は、夜会などの手伝いに呼ばれることが多かった。

 マティマナもライセル家の裏方を何度か手伝っている。

 

 ライセル家に着いたら、家人と合流しようか。それがいいかな。マティマナは自分に言い聞かせながら馬車に揺られた。

 

 今夜の夜会は、ライセル家の御曹司が婚約者捜しの旅から戻ってお披露目するらしい、と、極秘の情報が出回り、内々で噂になっている。

 手伝いに駆り出されるログス家としては、そういう情報には事欠かなかった。

 

 ライセル家の門で受付を済ませると、馬車は奥へと誘導されて行く。マティマナはぽつんと残された。城の夜会会場に、ひとりで入るのは気がひける。

 

 マティマナは門から城へと続く庭園を、とぼとぼ歩いた。

 家人は、昨夜から泊まり込みだ。そちらに合流するつもりだったが、マティマナは夜会用の衣装で、髪も結って飾っているから裏方仕事はちょっと無理だと気づいた。

 

 だが、つい、庭園に転がっている小さな食器を見つければ、ほとんど無意識に魔法を使って厨房横の洗い場へと届けてしまう。

 

「いけない。雑用魔法は隠せって言われてたわね」

 

 マティマナはきょろきょろと周囲を見回して誰も居ないことにホッと胸をなで下ろす。

 

 そんな端から、ついゴミを見つけてしまい、やはり片づけるために裏方のゴミ箱の中へと魔法で届けた。マティマナが使えるのは雑用魔法で、ゴミを片づけたり、小さな繕いものをしたり、塵を除去したり、床の汚れを拭ったり、着衣の乱れを直したり。両親から「貴族の使う魔法じゃないから絶対隠しなさい」と、厳命されていた。

 

「ひとりなんだ?」

 

 不意に声を掛けられ、マティマナは、ビクぅっ、と、小さく身体を跳ねさせた。見られてた?

 声のほうへと視線を向けると、旅支度(たびじたく)のような恰好の青年で、何やら心配してくれている気配だ。親しみやすい笑みを浮かべているので、ちょっと安堵した。

 

「ええ。婚約者と来る予定が、直前に婚約を破棄されてしまって。裏方のお手伝いに回ろうかと、悩んでました」

 

 ライセル家のお客様かな? いや、裏方の誰かだったかしら? マティマナは首を傾げながらも、ずっと悩んでいたので、ついつい見知らぬ青年に事情を話している。

 

「そうだったんだ。急なことだね」

「お金持ちの貴族と、ずっと二股かけられてたみたい」

「こんな綺麗なひとを振るなんて、見る目がないね」

 

 しゅんとしているマティマナへと、青年はいたわるように言ってくれた。

 

「そうだ! もし良かったら、今日一日、僕の婚約者のフリをしてくれないかな?」

 

 僕も困っていたんだ、と、にっこり笑みを向けられた。なかなか爽やかな笑みだ。

 

 それなら安心して会場へと入れる。もう婚約者はいなくて自由の身なのだ。何も問題はない。

 金の髪に青い眼の笑顔が素敵な青年に、ちょっと惹かれてもいた。一晩、彼の婚約者としてライセル家の夜会を愉しむのも良いかもしれない。

 

「わたしで宜しければ喜んで。わたしマティマナ・ログスです」

 

 丁寧な礼をして名乗った。

 

「僕は、ルー。じゃあ、ちょっとこっちに来て」

 

 ルーと名乗る青年はマティマナの手を取ると、庭園から別邸のほうへと向かう。

 密かに警護をしている騎士たちは、敬礼する気配でシャキッと立って見守ってくれていた。

 

 

 どういう訳か、マティマナは妙に豪華な別邸で着替えさせられていた。次から次へと侍女がやって来る。薄茶の髪は結い直され、派手な頭飾りが乗せられた。

 衣装も、見たことのない豪華さだ。薄絹に豪華刺繍の厚絹、重ね着させられ派手な帯には宝石の飾り。

 

 頭が重い。羽根飾りの扇を持たされ、袖飾りも透かし織りの華やかさ。

 

 鏡を見せられると、控えめだけれど綺麗な口紅。吃驚(びっくり)するほど飾りたてられ、困惑した緑の瞳が揺れている。

 豪華な衣装には香が焚き染められていた。

 マティマナは念のため、婚約破棄の証書を懐に隠し持つ。

 

「わあ、やっぱり、とても似合うよ。すごく綺麗だ。じゃあ、行こうか」

 

 ルーは、さっきまでの旅装束から、金糸の刺繍が大量に施された豪華な装束に着替えている。長い金の髪は、首の後ろで宝石飾りで一纏(ひとまと)めにされ、襟元は大きな宝石の嵌まった宝飾品で飾られていた。凄まじく似合っている。

 

「ルーさま、とても素晴らしいお姿です!」

 

 どこかの富豪貴族だったのかしら? と、マティマナは驚きに瞳を見開き、感動した声をあげていた。

 

「ありがとう」

 

 ルー青年に手を取られ、渡り廊下から夜会会場へと向かう。

 

「ルードラン・ライセル様、ご入場です! お告げどおり婚約者を得てのご帰還にございます!」

 

 夜会会場へと足を踏み入れる直前、会場の中で、そのような声が響き、どよめきが起こっているのが聞こえていた。

 まあ! ルードランさまが婚約者捜しの旅から戻ってお披露目って本当だったのね。と、マティマナは噂が事実だったことに驚く。

 

 ルーに連れられ会場に入ると、夜会に集まる者たちの全視線が一斉にマティマナへと注がれた。

 

「ルードラン様!」

「ルードラン様!」

 

 あちこちから、マティマナの隣の青年へと歓喜めいた声が掛けられる。

 

「え? ルードランさまでしたの?」

 

 マティマナは、手を取ってくれている隣の青年を見上げ、思わず小声で訊いた。

 

「そう。ルードランは僕だよ」

 

 驚きと困惑で動揺しているマティマナへと、にこりと笑みを向けて小声で告げる。

 ひゃぁぁっ、嘘でしょ? 気が遠くなって倒れそうだったが、刺さるような視線が注がれているので、必死に耐えた。

 

「皆に紹介しよう。僕の婚約者、マティマナ・ログス嬢だ」

 

 隣のルードランは会場の中央で足を止め、爽やかな声で朗々と宣言している。

 おおっ! と、あちこちから驚愕(きょうがく)する声が響いてきた。それは、そうだ。王族直系の大貴族ライセル家の跡取り息子が連れてきた婚約者が、下級貴族の令嬢だとは驚きだろう。

 

 いや、そういうほどには、下級貴族の令嬢など名も知られていないはずだ。

 ルードランの婚約者は何者なのか、という詮索がはじまるに違いない。

 

「お前、浮気してたのか!」

 

 つかつかと歩み寄ってきた元婚約者のザクレス・ジェルキが息巻いて、マティマナを問い詰めるように騒いだ。

 うわぁ、こんな注目浴びてる場で、そんな話するわけ?

 マティマナは、理不尽に婚約破棄された怒りがふつふつと湧いてきた。

 

「何を仰います? 婚約破棄の証書は、しっかり頂いていますよ? ルーさまとの出逢いは、あなたからの婚約破棄の後です」

 

 婚約破棄の証書を渡されたのは今日の夕だ。だが、ルードランと出逢ったのはその後だ。

 

「お告げ通り、旅の終りに最高の出逢いがあったよ」

 

 ルードランはにこやかに告げた。

 出逢いはライセル家の門の中だが、旅からの帰還途中だったのだ。確かに、旅装束だった。

 ぐぬぬ、と、呻きつつザクレスは引き下がる。

 

「彼が、君を振った元婚約者?」

 

 ルードランは興味深そうに耳打ちする。

 

「はい。ジェルキ家の跡取り息子です」

「ああ、ジェルキ家。そういえば色々と苦情が来てたね。ジェルキ家には、少し調査を入れるべきかな?」

 

 ルードランはマティマナに失礼な真似をし続けるザクレスに御立腹の様子だ。

 

「あ、それは是非! 重税に苦しめられている領地民が喜びます! ご存分に願えれば!」

 

 親の決めた婚約で、ザクレスの婚約者でいるあいだ、ずっとジェルキ家の暴挙に心を痛めていた。

 ライセル家が調査の手を入れてくれるなら、それだけでも一日婚約者のフリをする甲斐がある。

 

 ルードランに連れられ、マティマナは最前へと向かっていた。

 

「下級貴族の令嬢などに、ライセル家の伴侶が務まるのか?」

 

 陰口の大元はザクレスのようだ。

 

「心配いらないよ。でも、少し作法やなんやで教育が入るとは思うけど」

 

 君なら大丈夫、と、ルードランは確信した声で囁く。

 って、え? 一日だけの婚約者のフリなんでしょう?

 しかし、こんな形のお披露目では取り消しは難しいかも? マティマナは蒼白になっていた。

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