伊和大神は林田を占有したい
播磨の林田は神話時代からの里である。神話の時代には淡奈志と呼ばれていた。これは伊和大神が土地占有として杖を植えたところ、楡の木が生えてきたことに由来する。そこで神の手の印という意味で、淡奈志と呼ぶようにした。林田川の自然堤防には楡の並木が広がっている。
楡は木材として硬すぎず、柔らかすぎず、便利な木材である。太鼓の胴の部分にも使われる。樹皮の繊維からは縄を作る。「にれ」は「滑れ」(ぬれ)に由来する。樹皮の内側に粘り気があり、ヌルヌルと滑りやすくなっていることから「にれ」と呼ばれるようになった。
土地占有の標を立てた背景は、新羅から来た天日槍との国占め争いである。天日槍は新羅国の皇子である。水辺で太陽の光を受けた女が赤玉を生んだ。天日槍が赤玉を床に置くと赤玉は女性になった。
「あぁ……」
天日槍は思わず声が洩れた。
「どうしたの?」
女性が尋ねた。
「いや、何でもないよ」
天日槍は首を振った。
「そう? ならいいけど」
天日槍は、この女性を妻とするが、女性は逃げ出してしまった。それを追って播磨国にやってきた。
播磨国にいた伊和大神は天日槍に退去を求めた。
「ここは私の国です。他所へ行ってください」
しかし、天日槍は立ち去ろうとしなかった。
「私は海を渡ってやってきたのです。故郷に帰ろうにも船がありません」
「それなら私が船を造りましょう」
早速、伊和大神の宮で造船の神事が行われた。
「ああ、どうか立派な船ができますように……」
祈りながら見守る神々の前で、船はみるみるうちに形を整えていった。やがて完成した船の形は、まるで亀のような姿であった。その船首から船尾までの長さは八十尋(約二十メートル)もあった。
「これでは大きすぎるね。もう少し小さくしてくださいな」
今度は帆柱を三本立てた帆船になった。
「もっと小さい船でいいんですよ」
伊和大神は帆柱を二本にした小舟を作ってみたのだが、それでもまだ大きかった。仕方ないため、さらに帆柱を減らした。すると、やっと普通の大きさになった。ところが、出来上がった船は風向きに逆らって進むため、帆を張ることもままならない有様だった。
「神様でもできないことはあるんだねぇ」
人々は変な意味で感心した。
伊和大神は先住者のように振舞っているが、彼も出雲から来た外来者である。「ぐずぐずしていたら、国を取られてしまう。早く土地をおさえてしまおう」と大急ぎで移動した。その途中、ある丘の上で食事をしたが、慌てていたため、ご飯粒をこぼしてしまった。ここから、その丘を粒丘と呼ぶようになった。これが揖保郡の由来である。
伊和大神と天日槍は軍勢を出して戦ったが、決着がつかなかった。そこで伊和大神は提案した。
「高い山の上から三本ずつ黒葛を投げて、落ちた場所をそれぞれが治める国にしよう」
天日槍は同意した。二人は山に登って黒葛を投げたところ、伊和大神の黒葛は播磨国、天日槍の黒葛は但馬国に落ちた。そこで伊和大神が播磨国、天日槍が但馬国を治めることになった。