交代と予想と試合開始
山に踏み入ると共に、一気に剣撃の音が至近距離まで迫っている事を肌と鼓膜で感じた。
明らかに自然のものではない突風が木々の間を抜け、葉を揺らし、落とす。
そしてその葉は一枚のまま地に落ちる事など無く、落下までに十数枚に細断されて落ちるのだ。
…先客が終わるまで近づかない方がいいな、下手に背後を取ろうと欲張れば巻き込まれかねない。
そして少し距離を取らんと離れようとした、その直後。
遥か木々を越えた先の僅かな隙間から、超光量の剣身がちらりと姿を見せた。
「───【強靭なりし我が表皮】ッ!」
フードが弾けるように捲れ、【存在抹消】の効果が解除される。
────存在を感知されないというアドバンテージを捨ててまで彼が取った行動は長年の勘に由来するもの。
本来ならば、何らかの感知系技能のもたらす情報を持って取るべき行動だったが、彼はそれを完全に独自の裁量で判断し実行に移した。
そしてそれが『正解』の判断であったというのは、1秒と立たぬうちに形を持った答えの勘の答えの顕現によって明かされる。
────瞬間、森が黄金の光に飲まれ、消し飛んだ。
▽▽▽▽
間近で見たのはこれが最初だが…なんつー威力だよ。
先程まで夏らしく青々と生い茂っていた木々は、5秒程度の大爆発で目視できる範囲の殆どが炭化した痕跡すら残さずに消失した。
当然のように先程まで響いていた鋼の音は消え去り、嵐の後の静けさとでも言うような静寂のみが、山の頂上であった平地に満ちている。
そんな静寂を裂くように、俺は砂地を踏みしめる足音を響かせる。
「…お、いた」
爆発の後なだけあり、木を焼いた後の煙が周囲を包んでいて、煙たい。
嫌なので両手剣を用いて払いつつ奥へ進むと、先程の爆発の中心であろう光の剣の見えた辺りに彼女は一人立っていた。
…いや、立っているのこそアサヒだけだが、もう一人いるな。
「ジーク!ようやく来たんだね!」
左脇に名もない剣を挿し右手に黄金の光を帯びた美しい造形の剣を握る、姫騎士風の衣装の少女…端的に言ってアサヒ。
彼女は、目前に四肢の内右腕を残してすべて欠損した満身創痍の女性を放置したまま、笑顔でこちらへ顔を向ける。
倒れてる人の装備に見覚えがあるが…
「微妙に遠かったから道草食ってた」
「お…ジークじゃんか…!」
目を凝らすよりも、アサヒに問うよりも早く、地面へ伏した女性の声が響く。
それを受け、脳は自動で記憶に残る人物の情報へと答えを繋げ、導き出す。
「アキか、元気?」
「ははっ、これが元気に見えるなら、いつもの俺は元気何倍だっての…」
四肢の大半が無い割に当人は結構元気そうだ。
いや、まあ欠損量的に継続ダメージでそろそろ死ぬだろうが…
「イベントポーションは?」
「使い切った…全部そこのアサヒに使って、負けた…」
「おや、そうだったのかい?それは残念だ…せっかくまだ遊べそうだと思ったんだけどなぁ…」
…このアサヒとかいう子、めちゃくちゃ戦闘狂じゃない?
こんな子に育てた覚えは無いが、親子さんに顔向け出来無いな…ごめんね…育成方針見誤った。
「そんじゃ、俺に交代でOK?」
「もう立てもしねえしな…お、丁度HP0だ。
じゃあなジーク、俺の代わりに潰してくれ…」
俺のかけた問に対してアキが了承の返事を送ると同時に彼女のHPが0となり、粒子となって霧散した。
…さて。
「これで本当に二人きりだな?」
「山の下にはまだ2000人近く残ってるけど…まぁ、派手にやれば近づけなくなるか」
たしか魔奏悪龍の籠手で使える魔法には結界系の魔法もあったような気もするが、剣が壊れた時には奥の手にもなり得る性能がこの籠手にはある。
あえてその内容に関する情報を与えるような行為はするべきじゃないだろう。
というか、無駄に高位の魔法だから燃費もとんでもなく怪物的だろうし、使いたくもない。
爆発対策で発動した【強靭なりし我が表皮】はレアリティと能力の内容が他の魔法技能と一段画するが、その消費MPもまた一段上。
つまり、今MPわりと持ってかれてるからこれ以上使いたくないってこと。
「アサヒー、MP全快まで休戦しない?」
「うん?そうだね…何か面白い話してくれたらいいよ」
「えぇ、配信者が言われたくないお願いランキングNo.1じゃん…」
隠すのも面倒なので正直に実情を打ち明けるも、アサヒに無理難題を叩きつけられてしまう。
こいつ〜面倒回避しようとしたら同レベルの面倒叩きつけやがって。
とはいえ、「それは無理だよぉ〜他のにして〜」などと言うのは傍から見てつまらないしな…
ここまで暗殺ニ十数連発なんてつまらないの極みを見せて来た訳だし、流石にそろそろ面白を提供するか。
「…お前の爆発技、チャージタイムガストあるよな?
基本的に初発以降は5分間隔だもんな、誰にでもわかる」
「そうだね、みんなわかっている事だし認めるよ」
「そのチャージって、お前の自動回復から溢れた分をMPに変換して自動でチャージしてるんだろ?」
「…へぇ?」
俺の面白考察に驚きと共に面白がる様な表情を浮かべるも、すぐに飄々とした顔に戻って口を開いた。
「チャージはともかく、自動回復っていうのはどこから出てきたんだい?
ボクはそんな様子、少なくとも配信やキミの前で見せた覚えは無いけどな」
「アホか?古今東西、光の剣による大破壊の一撃で山肌バチバチに破壊して回れるのはブリテンの騎士王アーサー王さんしか居ないだろうが。もう少し隠せよ」
「メタ読みって事?」
「最初のお前の反応と今の状態、あとアキ戦開始以降から爆発技発動の遅れ、諸々の現場証拠と合わした結果そう考えろと誘い込まれたようにすら思うほど、すんなり答えは出たけどな?」
アサヒが爆発技をアキに使ったのは、アイツの出せる最高速度がお前の反応速度を上回っていたからと考えるとわかりやすい。
アキはDEXとAGIに極端名変重を置いた強化してるみたいだからな。20辺りまで平均的に上げてた俺やお前は、範囲攻撃系の技じゃなきゃ決定打を与えづらいからな。
だが、5分のインターバルで発動できる技だと考えるとここで1つおかしな事がある。
前回の発動から7分以上経っていたのに、ついさっきアキに爆発を叩き込んだというのが妙なんだ。
さっきの技、別にアキを捉えて放っていた訳ではなさそうだと遠目でもわかった。
だというのに、その一撃は彼女の四肢を容赦なく吹き飛ばしている。凄まじい破壊力というほか無いな。
戦略兵器並みの破壊力…それをあえて使わずに応戦する意味はゼロだ。
しかし、アサヒはそうしていた。
…伝承においてアーサー王の聖剣は王に不死の加護を与え、その鞘は王に尽きることのない癒やしを与えたとされる。
剣だけでは王の負った傷は残り続け、鞘だけでは致命級の一撃は癒やしきれない。まさに表裏一体の関係性。
これによってアーサー王は完全な不死の形を成していた。
おそらく、運営はこれを対の関係と解釈し、剣には鞘を、鞘には剣を補助する力を与えた。
それこそが剣の爆発する力の根源。
そして、その鞘の補助能力を『余剰な回復効果を魔力に変換し、剣に蓄積する』能力であると考えると話が上手く通るのだ。
HPが満タンの状態であれば5分で蓄積は発動可能量に達するというのは間違いないだろう。
そして今回通常よりも時間がかかっていたのは、アサヒがアキとの攻防に於いてHPが減少したため、鞘から発生する余剰な回復の魔力が存在しなかった事が原因。
満タンの時間と削れている時間が断続的に何度も訪れていた事で蓄積に時間がかかってしまったという訳だ。
俺はこれら仮説への式を省略しつつアサヒに伝えた。
「そんなわけだが…どうだ?俺の話は面白かったか?」
「ふふ、うん…そうだね、もうキミに事を隠す必要性は薄い。
認めるよ、君の予想通りだよ!面白い話をありがとう!」
「ありがとうじゃねぇわ。伝承技能の能力に対して慢心しすぎだろう!」
まぁ知ったところで被攻撃に対して対策を取れる訳でもないが…伝承由来の弱点があれば見破られてしまうなだろう。
アーサー王は弱点っていう弱点無いけどな。
直接的な死因モードレッドの攻撃だけど、剣返還したからってのも大きいし…あれ?この子は慢心しても問題皆無なのでは?
…まぁそれは置いておこう、うん。
「ふふふ、そうやってばら撒いた攻略情報で対策を練った相手を蹂躪するのは楽しいだろう?」
「…そういえばそういうヤツだったな、お前」
恐ろしさすら覚える彼女の艶やかな笑顔に苦笑する。
そうだったなぁ〜…よく思い返してみれば、攻略法見出したらその裏かいた行動で攻めて来るのがコイツだった。
つまり、俺はまんまと誘い込まれてたって訳だな?
ラッキーだ、戦う前に確認できて良かったわ。
「それで?なんでそこまで予測が出来ていて尚、ボクにチャージの暇を与えたのかな?」
アサヒは微笑みながらそう問いてくる。
まぁ相手からすれば確かに疑問ではあるか。普通なら自分のMP回復より、相手の必殺技対策の方が重要だし。
だが、俺としてはそれよりも重要な事があるんだよ。
「ハンデだよハンデ。俺の伝承技能まだお前に教えて無いだろう?」
彼女は「初見で潰して勝つ」と言ったが、俺としては内容を知らない技で彼女を打倒するというのは楽しくない。
開示していなかったから勝てた、みたいな感情が生まれてしまうからな。
「だからその分お前にいつでも技が使えるってアドバンテージを与えた訳だ」
「なるほど、丁度いいね。キミの防御技も乱発は出来ないようだし」
【強靭なりし我が表皮】は一回でMP2割持ってかれる。
詠唱も微妙に言い辛いし、自動回復ですぐ回復するとはいえ戦闘時一回の防御の為に2割削られるのは割とキツい。
ステータス強化の魔法技能、特に持続消費型の【古の光】に影響が出かねないしな。
「…さて、そろそろいいか!」
「うん、ボクもウズウズして来たところだ…!」
俺はしまっていたミスリル製の両手剣を取り出し、アサヒは強く握り締め互いに構える。
そして訪れた束の間の静寂。
互いに見据えた相手の顔は笑顔、今か今かと機を狙う。
───瞬間、吹き抜けた疾風。
同時に、俺達の剣は激しい衝突音を響かせたッ!
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