イベント当日と高揚
「よっす〜通話ぶり〜」
「…予定時刻ぎりぎり1分前、ボクとディナの勝ちだね」
「負けたわぁ…ジークはん、そないギリギリで来るんやったら遅れた方が得やない?」
「遅れたらディナブチ切れるじゃん」
てか、人が遅れるかどうかで賭けをして負けるな。
ちゃんと時間通り来ると信じろ、俺を。
「当然です…はい、賭け金没収」
「あぁ…涙ちょちょぎれるわぁ…」
テーブルの上に置かれた数枚の金貨、それをディナは等分して自分とアサヒの前に移動させた。
負けたタケルはというと…めちゃくちゃ注文してんな?フライドポテトとか売ってるんだなこのゲームの店。
イベント当日、開始前の昼。
俺、アサヒ、ディナ、タケルの4人…通称アウィスのメンバー全員は始まりの街のカフェに集まっていた。
いつもは始まりの街にいるとプレイヤーが100人単位で集まって来るが、その辺はご安心。
今回はアサヒさんが自腹でカフェを平時の数倍の額でお借りして下さったからな!
俺が入った時点で入口にも鍵がかかっている。
扉を躊躇なく壊すようなプレイヤーなんて流石に少ないだろうから9割方安心だ。
「そろそろ配信始まりますよ、ジークくんも席に」
「はいはーい」
集まったのは当然イベントのためだ。
もっといえば、イベントの詳細と今後のアップデートについて説明がなされるという配信を見るため。
レベル帯ごとの組分けとかまだ分からんしな。
ディナによって配信画面が共有されると同時に『まもなく配信が開始されます』と書かれた画像が消え、配信が始まった。
『いえーい!みんなお久しぶりっ!
元気にしてた?してたよね!みんなゲーム楽しんでくれてるもんねーっ!
今回も配信で情報をお送りするのは!みんな大好き!公式宣伝担当のマーリンちゃんでーす!!』
現れたドレスとウィンプルをまとった女性、マーリンは画面内を自由自在に駆け回りながら挨拶の言葉を口にする。
…前のアーカイブ見た時から思ってたが、めちゃめちゃやかましい人が担当してるよな、宣伝担当。
だが印象の割に寸分違わず予定表通りの進行しているので、俺の中で実は結構凄い人説があったりする。
『更に!今回はスペシャルゲストもいらっしゃってるんですよ奥さん!
ゲストさま〜!お名前なぁにっ!』
『サンライズ・コーポレーション、アヴァロニカ・オンライン開発・企画・シナリオ・イベント総合担当兼監督主任、基本設定管理者代理の八秦灯火です』
そんな彼女がカメラを無理矢理引っ張るように右へ向けると、ゲーム内のアバターではない女性の姿が映し出された。
…肩書き多くない?責任者の中の責任者じゃん。
『肩書き多すぎない?ちゃんと休み取れてます?』
『もとより不眠ですので、お気になさらず』
『もっと駄目じゃないかなぁ…まぁいっか!そんな超責任者な灯火ちゃんは何の話をしにきたのかな?』
『今回のイベント後に行われるアップデートと、現在発生している不具合の対応について説明させていただくために参りました』
説明程度なら下の人に任せてもいいのでは…?
まぁ、その辺は会社内で決めてるんだろうが…仕事しすぎな気がするんですけど。
『ですが、その話の前にイベントの内容についての説明を貴女がする手筈でしょう?』
『ゔぇ、そうだっけ…?あ本当だ!ごめんね〜!それじゃ早速説明開始していい感じ?』
『当然です、イベント開始まで1時間も予定はないのですよ』
表情を崩すこと無く、予定通りに進めるよう言葉を放つ。その表情を表すなら氷か?
まさに仕事人って感じだな。
結婚とかできなそ…いや、左手の薬指に指輪嵌ってるわ。おめでとうございます。
さて、そんな感じで急かされたマーリンは「もぉ、灯火ちゃんったら乱暴なんだからぁ…」と呟きつつ、イベントの説明をはじめた。
『はーいっ!じゃあ早速イベントで一番みんなが気になってるだろう低レベル、中レベル、高レベルの分け方を説明しちゃうねーっ!
まずは低レベルだけど、これは1レベルから30レベルのプレイヤー達が分類されまーす!
この辺りは最低レベルとのステータス差が一番大きいんだけど…まぁ、ごめんねっ!
次に中レベルは31レベルから45レベルまで!
ここらへんは実力詰まってるから気を抜かないようにねー!
それで最後の高レベルなんだけど、ここだけちょ〜っと組分けが特殊って感じだねぇ?
ここは基本的には46レベルから上限値までって感じなんだけど、一部例外っ!
一部の特殊なスキルを持ってる25レベル以上のプレイヤーは自動でここに分類されちゃいます!
特殊なスキルの詳細はあんまり言えないから、もしかしたらボク分類されちゃうかもぉ〜って参加者は各自確認するように!
あっ!今から参加申請ページから確認できるようになるよ!いい忘れてたごめんねっ!』
ほうほう?なんだかガチ低レベルさまお断りって感じだな。
まぁそもそも現実時間で2週間、ゲーム内では1ヶ月半にも渡る時間で30程度にもレベルを上げてないプレイヤーは、そもそもイベントに参加しないだろうが。
特殊なスキルってのは十中八九伝承技能だろう。
にしても25レベルってかなり低いな?
そんなレベルでも上位のプレイヤーに渡り合えるだけの力が伝承異能にあるって事か…ま、別にいいか。
そんな事よりも…
「お前ら何レベ〜?俺53レベ」
「ボクは56」
「あー…私43です」
「俺は45で丁度、ディナはんは2レベ差でアウトやね」
あら〜、それは残念だ。
まぁしゃあないか、二人はナチュラル社会人なのだし、レベル上げの時間が無かったのだろう。
30からは上がりがかなり悪くなるし。
「二人とも特殊なスキルやらは?」
「思い当たるもんは無いなぁ」
「私も特には思い当たりません…ページでも中レベルになってますね」
「俺もや、残念やなぁ」
伝承技能も持ってない感じかぁ…まぁ発生条件厳しいしな、俺もほぼラッキーだし。
んー…タケルは1時間ガチればどうにかなるかもだがディナは確実に無理だなぁ…
せっかくならみんなと戦いたかったが、仕方ないか。
「そんじゃまぁ、二人は二人でしっかり殺し合ってくれ〜」
「残念やわぁ、せっかくジークはんと久々に戦える機会やったんに」
「練習場で模擬戦くらいならするが?」
「そういうんより、こういう本気の場面の方が盛り上がらへん?」
「まぁ確かにそれはそうだが…」
俺とてタケルと戦いたくない訳じゃないが、流石にディナだけボッチはかわいそうだもんな…
「それじゃあ、ジークはボクとだね!」
画面を押しのけ、微笑みと共に眼前に攻め寄るアサヒ。
彼女は綺麗な顔とは裏腹に、凄まじい闘気が俺に向けられているのがわかる。店員さん怯えてるし。
「ああそうだな、最初からそのつもりだ」
「…あんまり盛り上がってない?」
「いいや?盛り上がってるさ、本番で気合い入れたほうが力出んだよ」
「なるほど、確かにキミは前からそうだった!」
彼女の微笑みに対して、俺もまた微笑みで返す。
当然、俺の思いマシマシのな。
「俺以外に倒されるなよ?」
「当然だとも。キミを殺すのもボクだけだよ」
口づけでも交わさん程に顔を寄せ合い、俺達は再度思いを衝突させる。
HGSOじゃ俺はアサヒに負け越している。
今までゲームで負けた事はあっても、負け越した事なんて無かったからなぁ…記憶に焼き付いてるよ、あの最終戦績は。
だから、もう絶対に負けねぇ。
このゲームでは全部…そうだ、全部の勝ちを俺がもぎ取ってアサヒを完全敗北させてやる。
…今すぐにでも戦いたい気分だが、まだ開始まで時間がある。
───あぁ、早く始まらねぇかなぁっ!!
高鳴る鼓動、紅潮しそうになる頬を無理矢理に抑えながら、俺はただ始まりの時を待つ事とした。
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