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思い今は気づかず(1)

 1日目の大会を終え、朝見校メンバーは宿に着いていた。


 宿は親子二代で営業しており、今は息子夫婦が主となって営んでいる。宿には小さいながらも温泉があり、宣伝はしていないが口コミで知る人には人気の宿である。浩一は前の主である親の代からお世話になっていた馴染みの客であり、今回は幸運にもほぼ貸し切り状態でお世話になっていた。




 瞬と美樹雄は無言のまま露天風呂で湯に浸かっている。けして広くはないが、手入れのいき届いた桧の湯船が独特の香りを漂わせていた。開放感のある浴室で空を見上げ湯に浸かれるのは何とも心地よく、酷使した筋肉をリラックスさせるには十分な環境であった。


 すっかり日が落ちた空に湯気が立ちのぼる。


「俺、負けたつもりはないからな」


 瞬が独り言のように空を見上げたままポツリと言った。

 すぐそばで美樹雄も空を見上げている。沈黙が続くなか、息を吸い込み同じように独り言を呟いた。


「正直言えば、あの勝負は負けたと思っている。レースでは勝ったかもしれない。でも、トータル的な攻め方、詰め方は、きみが上回っていた。きみには最後まで攻める武器があったけど、僕にはもう何も残っていなかった。あれほど、怖いと思ったレースはなかった。いや・・・・・・」


 美樹雄は下半身だけ湯に漬けると、腰をかけて空を見上げていた。腹筋と胸筋がついたその身体は痩せていると言うよりは、引き締まって張りがあった。男子の瞬が見ても綺麗な身体だと思った。


「今まで怖いと思ったことはなかった。今日、それを味わった。勝ちたいと思った。負けたくないと思った。だけど、それと同じくらいに楽しいとも思った。無気力だったのが、あのレースでは震えるほどワクワクした。ゾクゾクした。いま、その理由が分かった」


 美樹雄は視線を瞬に移した。


「瞬、きみだ。きみが楽しくしてくれた。だから僕はもっと速くなる。速く走ってみせる。今度は、きっちりケリをつけてやる」


 瞬はグッと拳を握り、立ち上がった。背丈は美樹雄の胸ぐらいまでしかなかったが、腕は美樹雄よりも太くガッシリしていた。


「なんだ、結局、お前の良いとこどりかよ」


 瞬が美樹雄を見上げると、美樹雄も目を逸らさずその姿を瞳に映して瞬を認めていた。





「わーっ!奈美ちゃん。大きいー」

「ひゃぁー、恵ちゃん、くすぐったいよ」


 隣から響く恵の大きな声が、沈黙を破った。美樹雄と瞬は互いを見やりながら、気まずそうに湯に身を沈めていった。



「だって、私よりこんなに大きいなんて。新川さんも大きいけど、奈美ちゃんの方が絶対大きいよ」


 キャッキャ、キャッキャ騒ぐ女湯からの会話に瞬がたまらず声を上げた。


「部長、何やってんだ。うるさいぞ」

「・・・・・・あー、いたの?」

「いるに決まってるだろ」

「聞こえてた?」

「聞こえてるよ」

「だって、奈美ちゃんのむ・・・・・ねふぁー」

「恵ちゃん、だめー!」


 奈美は咄嗟に恵の口を塞いだ。恵はフガフガしていた。

 瞬は負けずに言い返す。


「こっちだってな。美樹雄なんか顔に似合わず、チ・・・・ブガァ!?」


 美樹雄は瞬を頭ごと湯の中に突っ込んだ。


「えっ、美樹雄が何だって?」


 恵の声が澄みきった夜空に響き渡った。 


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