女子×激戦×戦慄(9)
「なんじゃー!!」
瞬が声を上げた。
恵は1回目のレースの有紀のように頂上を飛び越えた。だが、そのジャンプは有紀よりもかなり高く飛んで下りの中腹あたりに着地した。
有紀は軽くジャンプして頂上を越えるとすぐに着地してそこからフル加速で下りていく。そう、二人の走り方はお互い1回目と入れ替わっていた。
恵は着地をするとそこから加速しておりた。二人はほぼ並んだ状態である。
(負けられない。この走りしかない。ギリギリまでスピードを上げて突っ込む!)
有紀は加速を止めなかった。
(後ろから、いや、横からくる。やられる!逃げなければ。もう、目の前を駆け抜けるしかない。いけーっ!)
恵は背中から迫る気迫を恐ろしいほどに感じていた。最高速でフラグスラロームへ突入するべく、全力を込めてペダルを踏みこむ。これ以上出ないというほどに加速していった。
二人が並んでフラグスラロームに入る。会場がわき立つ。美樹雄も奈美も身を乗り出して見ていた。
ーーーーーおーっ、すごい。これは、二人の走りが1回目とは入れ替わっているうー!全く逆だあ。二人並んだあ。スラロームに入る。くぐり抜ける差がない、差がない。どっちだ。新川か、水城かー!ーーーーーー
二人はフラグスラロームの出口でピッタリと並んだ。二人とも全力で走り抜ける。
「負けるかー!」
「いけーっ!」
有紀と恵が互いに絶叫しながら、ゴールラインに突進していく。
ライン手前、有紀が軽く前輪を持ち上げさらに加速を増して突っ込んだ。
(えっ、なに⁉)
恵はゴール寸前に時が止まるなか、突き抜けていく風を全身に感じた。
電光掲示に一斉に注目が集まる。そこに表示されたのは0・01の数字。有紀のタイムが上回っていた。会場から歓声がわき上がる。
「ちくしょうっ!」
美樹雄が拳を柵に打ちつけた。
「おいおい、お前がそんなに悔しがってどうするんだ。新川の実力知ってるんだろう。恵が負けても仕方ないじゃないか」
「知ってるから悔しいんですよ。あと一歩まで追いつめてるんだ。あと一歩」
美樹が感情的になっているのを瞬がなだめた。普段とは逆の光景だった。
「そう、興奮するなって。しかし、お前、この前まで新川とは同じチームだったんだろ。もう少し複雑な心境をのぞかせてもいいんじゃないか」
「何言ってるんですか。今はチーム朝見校だ。チームを応援しないでどうするのですか。あの有紀があそこまで追いつめられたんですよ。本当にすごいよ。だから悔しい」
「お前の変わり身の早さの方がすごいよ」
瞬はそういいながら、ハァーとため息をついた。
ーーーーーこれはすごいレースだ。鳥肌が立った。ほんとう。しゃべっていて興奮しました。水城選手のスタートも見事でしたが新川選手の追い上げがすごい。お互いの駆け引きがすごすぎる。このレースが一回戦だとは思えません。すごいの一言だーーーーー
会場から拍手が鳴り響く。
有紀は気が抜けたように呆然としていた。タイムは1回目を上回っていた。
(お姉ちゃん以外に私を押し上げる人がいるなんて。ミズキ……ケイ!)
有紀は手を差し伸べたいと思いながらも心の整理がつかなかった。
(終わったあー。すごいな。あれが新川有紀。これがレースなんだ)
恵は空を眺めると大きく深呼吸をした。ヘルメットの中で自分の呼吸音だけが聞こえてきた。
有紀はまだ放心していた。まるで決勝を戦い抜いたような心境だった。
恵の方から有紀に近づいてきた。恵はマウンテンバイクを降りると有紀を抱きしめた。有紀は我に返り、同じように恵を抱きしめた。
「逃げ切れると思ったけど。最後の加速、やられました。さすがです」
恵はヘルメット越しに有紀を称えた。有紀は出てくる涙を必死で抑えようとした。
「ありがとう」
二人が再び抱き合うと会場は大きな拍手に包まれた。
恵が会場から戻ると奈美たちが出迎えた。
「負けちゃった」
ヘルメットを取ると恵はにっこりと笑顔を見せた。満足とも不満ともいえぬその笑顔の恵に奈美は抱きついた。
「恵ちゃん。初出場なのにあんなに格好いい走りするなんてすごいよ」
「ああ、すごかった。あんなレースなかなかないよ」
美樹雄と瞬が声を合わせて恵を温かく迎えた。
この後、有紀は勝ち抜け女子デュアルスラロームの優勝者となった。実際、恵とのレース以上の展開はなく、有紀と並んで走れる選手はいなかった。その証拠にどのタイムも恵とのレースを上回ることはなく、事実上の決勝戦はこのレースであったことは種目を終えてみんなが知ることになった。
そして、レースの興奮は男子へと引き継がれていく。