ときめきスラローム(10)
恵はマウンテンバイクをとばして追いかけた。ロードバイクはかなりスピードを出しており、林道に入り込んだ瞬間姿が消えた。恵が追いついたときには、予想どおりの絵になっていた。
ロードバイクは滑って転倒していた。恐らく、パニックで急ブレーキをかけたのだろう。
恵が近づくと男が気を失っていた。
(えーっ、なに、このマンガのような展開は。大したことないと思うけど、大丈夫かな?)
男の顔にあるサングラスを外すと、自分と同じぐらいの年齢なのがすぐに分かった。
(なんだか上品な顔だちだな)
恵はマウンテンバイクのホルダーから冷えたペットボトルを取ると男を抱きかかえ、軽くオデコに当てて反応を見た。男はすぐに反応した。
(大丈夫だ!)
恵は安堵の表情をした。
男は意識を取り戻すなか、心地よい香りを感じていた。砂と木の香りに混じり少し甘い香り。肌に伝わる柔らかい感触が夢心地の安らぎを感じさせた。男は安らいだまま、目を開けた。そこには、優しくのぞき込む瞳が見えた。潤んだ瞳で安心する表情を見ると、心が締めつけられる思いがした。状況が分かるまで時間が掛かった。その間ずっとその瞳を見つめている自分がいることに気がついた。
「ここは?」
「林道です。道、間違えましたね。頭、打ってないですか?」
恵は心配顔でのぞき込んだ。男は少しの間、恵の瞳をのぞき込んでいたが、我に返って返事をした。
「大丈夫です。もしかして、助けてくれたのですか?」
男は夢見心地な表情で答えた。まだ膝枕の状態である。目には胸元のMIZUKIの文字が映っていた
「瀬成様」
(さま?)
不意にかけられた言葉に恵は振り向いた。目の前に一人の男が立っていた。ずいぶんと慌てている様子が分かった。
「シロー!」
瀬成はゆっくりと立ち上がると、言葉をかけようとするシローを手で遮った。
「間違って林道に迷い込んだようです。それで転倒して」
恵はシローと呼ばれていた男に事情を説明した。見た目は同じ歳のようだ。
シローはすかさず頭を下げた。
「助けていただきありがとうございます。このお礼は改めて」
「まさかあ。この程度。何でもないです。それより、大丈夫だと思いますが、念のために病院には行かれた方がいいと思います。それとこれを」
恵はペットボトルを瀬成に手渡した。
「じゃあ、私はこれで」
恵はマウンテンバイクにまたがり、走り出した。
「よろしければ、お名前を」
シローが叫ぶなか、恵は手を振って去って行った。
瀬成は恵の背中を見つめていた。
「調べて、後日お礼をいたします」
シローが瀬成に声をかけた。
「ミズキさんだ。アサミというのは?」
瀬成は確認するようにつぶやいた。
「はっ、学校名です。朝見校。公立のハイスクールです」
「そうか……私がいく学校と近いのか」
「はい。地区は同じだと記憶しています」
瀬成はペットボトルを大切そうにドリンクホルダーに差しこむと、ロードバイクを走らせた。シローがその後をついて行く。
「シロー、転学する学校を変更する。朝見校に手続きをしてくれ。すぐにだ」
瀬成の声がインカムごしにシローの耳に入った。
「瀬成様、無茶です。先日、手続きはお父様ご命令の学校で済ませました」
「なら、できるだけ早く頼む。それまでは通うことにするよ」
「そう言われましても。お父様に何と説明すれば」
「たんなる気まぐれ。とでも言っといてくれ」
瀬成はロードを風を切って笑顔で走り抜けていった。
「ごめーん。遅くなっちゃった」
恵がスタート地点に駆けつけた。みんなひとしきり走って、雑談をしていたところである。
「おせーよ。トイレにでも行ってたのか?恵の組み合わせ以外は終わったぜ」
瞬が待ちくたびれたという感じで答えた。
「いやあ、ちょっとしたアクシデントがありまして。じゃあ、次は私と誰?」
「わたし、わたし!」
メグが手を挙げてアピールした。
「芽久美ちゃんだね。よし、次は本気で行くからね。あっ、先生!」
恵が浩一に手を挙げて、声をかけた。
「何でしょう?」
「先生。いまからでもスラロームのエントリーはできますか?」
「追加はできると思います。あとで確認してみます」
「ありがとうございます。お願いします」
恵はそう言うと、メグとスタート台についた。
「いきまあす。3・2」
奈美がかけ声をかける。恵とメグがスタンディングをする。
(こんなにときめく瞬間があるなんて)
恵は目を大きく開いてコースを見た。
(大会ではどんな相手と走るのだろう)
その気持ちでワクワクしていた。
「イチ!」
奈美の声がスタート台に響いた。恵とメグが一斉にスタートする。
(この瞬間、とてつもなく好き)
恵は風を切って、ポールを駆け抜けた。




