ときめきスラローム(1)
恵はテントのしたでイスに座りグッタリしていた。全身の力が一気に抜けて、全く力が入らない。熱くなった身体を心地よい風がなでていった。
「口開けて」
浩一はそう言いながら恵の口にタブレットを放り込んだ。
恵はその物体を口の中で転がした。塩気のあるレモン味が口いっぱいにひろがり心地よく喉を潤した。
「先生、これは」
「塩飴だ。ビタミンC入り。水分もしっかりとって」
奈美がボトルを手渡すと、恵は大きく一口飲んだ。まだ、頭の中はボーッとしていた。
昼の時間になった頃、美樹雄と瞬がテントに戻ってきた。瞬がやれ、8対8だの右のコースの方が走りやすいだのと話している。遠くからでもよく響く声だ。どうやら二人で競って、勝負がつかなかったようである。
「うわっ!どうした恵。こりゃまた、ひどい面だな」
瞬が驚いて声をかけた。美樹雄も何事かと心配顔で恵をのぞき込んだ。
「ちょっと頑張りすぎだ。脱水と体力消耗。軽い酸欠。筋肉が悲鳴上げたんだ」
浩一が説明した。さすがに恵もこのときばかりは、瞬に言い返す元気もなく、グッタリしていた。瞬の方も事情を心得て茶化すことはしなかった。
美樹雄が冷やしたタオルを恵に渡した。
「ありがとう。あっ、冷たくて気持ちいい」
恵は顔をタオルでふきながら冷たい感触を楽しんだ。
昼食を食べることになった。コンビニで買った弁当、オニギリ、サンンドイッチなどが並び頬張っていた。恵もこのころには食欲も出て、サンドイッチを摘まんでいた。コンビニの弁当も青空の下で食べると何倍にもおいしく感じるから不思議だった。
「ほら、エネルギー補給」
そう言いながら瞬が恵にバナナを手渡した。
「あっ、猿がバナナくれた」
恵は受け取ると呟いた。
「おまえなあ、もう少し気の利いたこと言えねえのか」
瞬はバナナを咥えながら、呆れていた。その姿に奈美も思わず吹き出しそうになった。
「あっ、ごめん。なんか元気出てきた」
「そりゃ良かったな」
恵はバナナを一口かじり考え込んでいた。
「瞬、あなたが言ったこと分かったよ」
「何が?」
「『走ればわかる』ってやつ。一人で走っていれば何でもなかった。でも、相手がいれば全然違ってた。本当に戦いだった。あんな気持ちになったの初めてよ」
「ふーん。やけに素直だな。それで、誰とやり合ったんだ。芽久美ってやつか?」
瞬はバナナを食べきり、皮をゴミ入れにしまい込んだ。
「芽久美さんもだけど、新川さんに神沢・・・・・・・さん」
「神沢!あの高飛車とやり合ったのか?それで?」
瞬は驚きの声を上げた。美樹雄も驚きの表情で恵を見た。
「それでこのザマよ。見てのとおり撃沈された」
瞬は当然だろうなという顔をしてイスに座った。
「そりゃあ、そうだろ。あのタカビー女、ただ者じゃないぜ。Cクラスで走っているのが不思議なくらいだ。BいやAで走っても表彰台にいくだろうに。まあ、そのあたりは美樹雄の方が詳しいだろうが」
瞬が美樹雄を見る。美樹雄は恵の方が心配で黙っていた。
「でも、恵ちゃんすごいのよ。3周目には、二人に追いついたの。当然なんだけど、タイムは二人を上回って」
奈美はそう言いながらタイムを記録したメモを二人にみせた。
「これが恵のタイムか?おい、美樹雄これって」
瞬の言葉に美樹雄も目を見張った。
「これって、昨年の神沢と同じだ!」




