第3章 世界の敵の永遠とも言える果てない闘いの記録
ここまでのあらすじ…
異世界に呼ばれたらみんな全裸だったので敵を倒してハイボールを作らなければならないが、美少女と混浴してフライドチキンを食べた。
■第3章 世界の敵の永遠とも言える果てない闘いの記録
異世界に召喚された。夢でなければ。
元の世界に帰るには、少なくとも勇者の務めを果たし、つまり、世界の敵とやらを倒した上でハイボールと唐揚げを用意しなければならない。
古文書によると、世界の敵を倒すためには女神が残した鎧が必要だった。
「で、その鎧の予備が置いてあるのが、この遺跡、と」
俺がこの世界に来てから、早いものでもう半年が経っている。季節はすっかり夏だ。
この半年、いろいろあった。
古文書の解読結果(ただ読んだだけだが)から、先代が使っていた鎧はすでに失われているものの予備が当時の首都の教会に残されていることはすぐに分かった。しかし「当時」というのが曲者で、どうやら七千年ぐらい前の話らしく、首都の位置の特定が困難を極めた。場所の特定には第四位階儀式による神託を繰り返す必要があったのだ。
第四位階儀式とは、女神の神殿に発泡性のカクテルと乾きものを捧げることで女神の神託を得られるというものである。しかしこの国には「炭酸」というものがなかった。かろうじてエールだかビールだかよくわからない酒はあったので、シャンディガフとレッドアイ、で早々にネタ切れした俺たちはいろんなものを片っ端から混ぜては捧げ、混ぜては捧げして苦節半年、ついに遺跡の場所の特定に成功した。俺がバーテンダーだったらもっと早かったかもな。最後の方は「そもそも【炭酸】って何なんですかぁぁ!」とキレたフィアナちゃんに二酸化炭素を根気よく説明したらビールから取り出した二酸化炭素を水に溶かして炭酸水を作る魔法を開発できたので、第五位階儀式向けのハイボールも用意できたのはよかった。
さてこの遺跡、森のど真ん中に祭壇だけがまるで新品のように残っている。女神の力で守られているのだろう。
「神託によると、この祭壇で祈りをささげると倉庫への扉が開くのでしたね。必要好感度が5、らしいですが」
「好感度ねぇ…」
相も変わらずフィアナちゃん以下御付きの人たちは全裸である。俺はもうすっかり慣れてしまった。今では何も感じない。ドキドキしたのは正直最初の三日ぐらいだった。そして一か月が経った頃、いつも一緒にいた相棒(三枚千円)がついに力尽来たのを契機に、今ではもう完全に現地民の仲間入りをした俺である。ええ、全裸ですが、何か?
俺はバックパックから取り出したビールと塩ゆでした枝豆を祭壇に置く。これで問題ないはずだ。この組み合わせは「女神の覚え良くなる」という第一位階儀式の要求仕様だ。これで「好感度5」に達することを期待している。丁度枝豆が入手できる時期でよかった。この機を逃していたら次は一年後とか笑えない。
期待通りにビールと枝豆が消えたところで祭壇が倒れ、下から階段が現れた。慎重に下りていくとそこにはランドセルぐらいの銀色の箱に収められた鎧が安置されていた。 ちなみに、鎧はブレストプレートタイプだったので、装備しても下はまるだしだった。
「これで、世界の敵と戦えますね」
「ああ、本番に向けてしっかり作戦会議をしよう。鎧の性能も確認したい」
世界の敵は東にいる。そしてここ、旧首都は世界の敵の領域に限りなく近い場所だ。決して油断してはならない場所だったのに、鎧を手に入れた俺たちは少し油断していた。
「きさまぁぁぁ!!」
突如、空から声が降ってくる。気づいたときには地面が爆発していた。
「フィアナさん!!」
「だ、大丈夫です!なんとか防御できました!!」
土煙で確認できないが、その言葉を信じて俺は素早く声の主を探す。それはすぐに見つかった。俺たちのすぐ上を、漆黒の羽毛で覆われた翼を広げて悠々と旋回する―
――全裸の幼女を見た。
「貴様!なぜ鎧を着ているのだ~~!!」
幼女が叫んだ。
★
今を遡ること七千と三十年前、眷属を増やし、隣接する村々を飲み込みながら勢力を拡大していたある一族は、いつしか世界の敵と呼ばれるようになっていた。
一族はほかの部族よりも強力な魔法を自在に操ることができたので、他の部族たちはなす術なく捕らえられては悉く労働力として使い潰されていった。
戦う力を持たぬ者たちは神に祈った。
人柱を捧げ、供物を捧げ、祈りをささげた。
そしてついにその願いは聞き入れられ、異界より女神の使者が遣わされた。
その人物は勇者を名乗り、女神から授かったというあらゆる魔法を無効化する鎧と凄まじく切れる剣を持ち、世界の敵に奪われた土地を少しずつ奪還していった。
世界の敵の勢力も座してそれを受け入れたわけではない。戦いは熾烈を極め、屍の山がいくつも出来上がっていく。そして戦いは世界の敵の首魁と異界の勇者の相打ちという形で幕を閉じ、世界に平和が訪れた。
しかし、首魁は生きていた。
そして虎視眈々と再帰の時を狙い、秘密裏に計画を進めていく。名を変え、姿を変え、何千年もの時を生きながら。
わずかに生き残り世界中に散ってしまった同胞たちをまとめ上げ、再び王となった「彼女」は、あの敗因は女神によって授けられたという武具にあると考えている。あれがある限り、安心はできない。
古い都は滅ぼした。しかし一か所だけ、どうにも破壊できない祭壇が残ってしまった。何に使うものかは定かでないが女神の関連であることは間違いない。今は手を出すことができないが、他にできることは何でもしよう。
そうして彼女たちが選んだ手段が、この世界から武具の概念をなくすことだった。
単純にほかの部族の武器を取り上げ続けても、すぐに道具を武器にしてしまう。だから道具まで徹底的に取り上げ続けた。千年が経ったころからあいつらは武器の代わりに魔法を使うようになったが、魔法の力では自分たちのほうが遥かに上だ。問題はない。
しかしさらに五百年たったころ、自分たちが使っている武器を見てあいつらも再び武装してしまった。だから、自分たちも武器を捨てた。
次の五百年で、どうにか道具と武器を完全に無くすことができた。
次は鎧だ。あの忌々しい、魔法による攻撃を無効化してしまう鎧。「勇者」が着ていたものは破壊できたが、他にもあるかもしれない。もしそれが見つかってしまってもあいつらに使わせないように防具という概念を忘れさせなければならない。
この計画は困難を極めた。武器の時と同じように、自分たちも防具を捨て去る必要があった。
二千年かけて漸く鎧や盾は無くなったが、油断はできない。万全を期すために世界の敵はもう一段階上を目指すことにした。そう、着衣という概念の失伝である。
「三千年かかった!ようやく着衣の概念を完全に殺して!!準備が整ったというのに!!」
武器をなくすのに二千年、鎧を消すのに二千年、着衣を殺すのに三千年掛かった。自分たちが失ったものも多い。そうして足掛け七千年の時をかけてついに準備が整ったというのに。
かかった時間はあまりにも永く、世界の敵の仲間たちが次々と病で、寿命で、怪我で倒れていき、ついには最も魔法が得意だった自分一人になってすら戦い続けていたのに。
いつもの日課で遺跡の祭壇を確認しに来てみたら――
「なぜ、貴様は鎧を着ているんだぁああ!!」
世界の敵、その王、ストリーは叫ぶ。涙目で。
★
「ネイキ様!!あれが世界の敵です!!」
「ええっ!?いきなりラスボス!?」
世界の敵とフィオナちゃんが言った幼女は、肩を震わせながら涙目で俺のヨロイ着用を非難してきた。やめてくれ。鎧を着ているだけなのにすごく悪いことをしているような気になってしまうじゃないか。
「我が一体どれだけの時間と犠牲を払ってそれを装備させないように苦労をしてきたと思っているんだ!何度衣服を捨てさせても、お前たちは!すぐに服を着てしまう!」
うーん、ちょっと幼女が何を言ってるのか解らないですね。
「この間だってそうだ!農作業の時足が汚れるのが嫌だからとか言って小さい麻袋を足に履いてやがった!だから殺した!それを見た砦の連中ごと!皆殺しにしてな!!」
激高した少女が両腕を掲げると、そこに巨大な火の玉が生まれた。離れているのに少し熱を感じる。あんなもの食らったらひとたまりもないぞ!!
「貴様を殺して!装備もろともこの世から消し去ってやる!!」
振り降ろされた腕に合わせて火の玉がこちらに向かってくる。フィアナちゃん達も魔法で防御を試みるが火の玉は止まらない。
躊躇いは一瞬。俺はフィアナちゃんたちを庇うように火の玉の前へと飛び出した。この、すべての魔法を無効化するという鎧を信じるしかない!下半身は丸出しだけど!!
そして俺は賭けに勝った。
鎧によって生まれたバリアー的なもので火の玉は簡単にかき消されたのだ。
「な、なにぃ!それはまさか忌々しい女神の鎧!?」
「そうだ!お前の魔法は俺には通じないぜ!」
「ならば物理で殴り殺すまでよ!!」
そう言って世界の敵は右手をワキワキしている。が、そこまでだ。ずっとワキワキしている。何だろう。
「しまった!我の武器も捨てたのであった!!」
アホだこいつ。
「しかしまだこれがある!!」
ワキワキしていた右手をぎゅっと握りこみ、急降下爆撃機のごとく突っ込んでくる。まさかの生身での物理攻撃。しかしそのあまりに直線的な動きを躱すのは簡単だった。
「貴様!避けるな!」
「無茶を言う!」
地面ぎりぎりの急旋回でスピードを落とした世界の敵の後ろに素早く回り込み、俺は幼女を後ろから羽交い絞めにする。
「やめろ!放せ!」
「誰が放すか!」
幼女は見た目通りあまり力は強くないみたいだ。鎧の力に阻まれ魔法を使うこともできない様子で、俺の腕を振りほどけずにジタバタと暴れるばかりだった。
「捕まえた!けどどうすればいいんだ!」
「さ、さあ」
フィアナちゃんたちも困惑している。あまりにも突然のことでみんなノープランだったのだ。どうにかしようにも武器はなく、フィアナちゃんたちの魔法も俺の鎧で消されてしまうだろう。
いよいよこのままブレーンバスターでも決めるしかないか、と考えだしたころ、俺は閃いた。
「神託だ!神託を受けよう!」
「は、はいっ!」
困った時の神頼み。この半年の俺たちの行動原理そのものだ。こんな時のためにカクテルベースは常備している!
「出ました!ハイボールと唐揚げを捧げよ!とのことです」
「なんで今!?」
それは俺が元の世界に帰還するために必要なものだったのでは!?
「ええい、ままよ!」
ちょっと思い切りよすぎませんか、フィアナちゃん!!
止める間もなくグラスに氷を出し、ウィスキーと炭酸を注ぎ、昼御飯用に持ってきた唐揚げ(神託により、フライドチキンではダメなことはわかっていたので醤油がない中苦労して開発した新レシピで、今フィアナちゃんの町で大流行している)を祭壇に置いた。
祭壇が真紅に輝き、確かに第五位階の儀式の成功を告げる。そして訪れる、半年ぶりの浮遊感。
気が付けば俺は、見慣れた、懐かしい景色の中にいた。元の世界に戻ってきたのだ。
「ど、どこじゃここは!!」
腕の中で幼女がじたばたしている。トレードマークだった漆黒の翼は失われていた。俺の鎧もなくなっていた。
「魔法が使えぬ!!」
「ああ、そうなるのか。ここは俺がもともといた世界だ。魔法なんてものはなかった。そのせいじゃないのか」
「なんだと!?」
世界の敵が俺の手の中で泣いている。絶望で顔を真っ青にして震えている。わかるよ。自分が信じていたものが失われてしまったんだもんな。俺も相棒(三枚千円)を失ったとき同じような気持ちだったが、きっとそれとは比べ物にならないほどの絶望を感じているんだろう。
魔法を失った世界の敵は、ただの幼女に見えた。今はただ、小さくなって泣いている。
さて、これからどうしたものか。
答えてくれる人は、いなかった。
■エピローグ 私は大切なものをなくしました。着衣です。
肩を叩かれた。
振り返ると、警察の人が立っていた。
その時初めて俺は自分の状況を客観的に認識した。
コンビニから自宅までの途中にある道の真ん中。昼間なのでそこそこの人通りがあるが、みんな遠巻きにして俺にスマホのカメラを向けている。
すぐそばでは全裸の幼女が泣いていた。俺も全裸だ。泣いてもいいですか。
「あの、ちが」
「続きは署で伺います」
「あ、はい」
夢なら覚めてくれ。
おわり
夢だけど、夢じゃなかった!
刑法176条および第224条により求刑10年、情状酌量の余地はなく心神喪失による責任能力の有無が争点となります!