第九話 ヒロイン役から逃げたい私は、現ヒロインを見極める
今日も1話更新です。
音沙汰の無かったミリアから、手紙を受け取った。
受け取った、と言うのは少し語弊がある。昼休みに食堂で食事をした後、帰ってきたら机の中に彼女からの手紙が入っていた。……手紙と言うよりは、メモみたいなものだったが。
まず、人を呼び出すのに正式な封筒ではなく、ノートを手で切り取ったような用紙に書いて入れておくのはどうかと思う。確かに日本では、小学校時代にそんなやり取りをしたような記憶が朧げながらあるけれど、ここは貴族の学園である。しかも仲は良いとは言えない--と私は思っているのだが--人に、メモ紙で呼び出すのは、失礼に当たると思うのだけれど。
そして学園の常識にも反している事に気づかないのだろうか。
初日の入学式後の寮母さんの話によれば、学園の他の生徒に手紙などを渡したい時には、寮母さんを経由して渡すのが通例だそうな。理由は、渡し間違えを防ぐためと、どんな用件のための手紙なのかを把握するためだそう。
少しは此方の常識を身につけたらどうなのか、と心の中で悪態を突きつつ、私は渋々と指定された場所に向かった。
「あんた、この世界が乙女ゲームの世界だって事知ってるでしょ?」
物静かな空き教室に呼び出された私が教室に入ると、彼女によってすぐに窓側に追いやられた。そして彼女はドアの鍵を閉めると腰に手を当て、私を指差して睨み付けて開口一番そう告げた。
……鍵は閉めているが、彼女はドア付近で大声を出している。誰かが聞いている可能性などこれっぽっちも考えていないようだ。この人頭が足りないのね……あらままぁ、と思うのも仕方ない。しかも猫をかぶる事なく、脱ぎ捨てて私に話しかけてくるとは。
彼女から呼び出された時点で私もこの事を聞かれるのではないかと予想していたので、事前に準備することができた。と言っても、乙女ゲームの記憶が無い振りをする事を決めていただけなのだが。下手に喋らなければ、彼女くらいなら演技で騙すことができるかもしれない。それにもし記憶を持っていると知られたら、何を言われるか……ましてや協力しろ!と言われたら、遠慮したい。
だから困惑を隠せない風を装うため、眉を下げて私はこう告げる。
「オトメゲーム……ですか?」
「だーかーらー。あんたは日本で暮らしていた時の記憶があるんじゃないの?!」
「ええと……ニホン?ですか?」
表情に出そうになるのを我慢して首を掲げながら眉を顰めると、彼女はキッと此方を睨む。
「乙女ゲームの、『僕と君の青春を』って知ってるでしょう?!あんた、ヒロインの癖にゲームと全く違う行動を取っているじゃない!どう見てもバグか、乙女ゲームの記憶を持っているかでしょう?……あんたがイベントを熟さないのなら、私が攻略しようと思って、せっかく王子たちのイベントを攻略していたのに……なんで昨日に限ってボリック様のイベントを取るのよ!一部始終見ていたんだからね!」
金切り声を上げ、口からは唾が今にも飛び出しそうなくらい淑女に程遠い彼女を見て、眉を寄せそうになる。が、これで彼女にも乙女ゲームの記憶がある事が判明した。まぁ、ほぼ九割がたミリアには記憶があるだろうと、判断していたが……。
それはそうとして……自分の手の内を曝け出してしまうなんて、なんとおめでたい頭なのだろうか。
私がそう考えている事も知らない彼女は、何も言わない私に痺れを切らしたらしい。ガンを飛ばした後、最後に捨て台詞を吐くかのように、背を向けて叫んだ。
「……そう、分からないなら良いわ。私が第二王子たちを攻略するから、彼らに関わらないで頂戴ね!!」
それだけ言い残すと彼女はドアを乱暴に開け、「あんたヒロインなのに馬鹿なのね」と捨て台詞を吐いて歩いていく。その姿を見て、私は長嘆息を漏らす。
「ここまでお花畑だと思わなかったわ……」
叶うならば、乙女ゲームなど起こらず平和に何事もなく暮らしていたいのだが、彼女があの状態ならばもっと気を張り詰めて過ごさなくてはならないような気がする。此処に来る前の教室で、何度も睨まれていたのは気のせいでは無かったのだろう。
「これは出奔不可避かなぁ……」
なんて思わず呟いてしまったのも、仕方がないと思いたい。
ゲームではサポートキャラだった自分がヒロインである、と舞い上がっている彼女の様子は、この国の将来を更に不安にさせるものだった。きっと彼女はこの世界をゲームだと考えているのだろう。
しかしなぁ……と考える。
ヒロイン不在でもイベントが発生しているのは、この世界がゲームのようにプログラムされているからなのだろうか。本来は、そこで私がヒロインとして動くはずが、前世の記憶を持っている事で私自身がパソコンのバグ状態になっているのかもしれない。
それを補うためにサポートキャラのミリアがヒロインになっているのだろうか……確かにミリアはベイリー男爵と男爵家に勤めていたメイドの間に生まれた庶子であり、元々平民だ。メアリ先生もその事をご存知で、私と同じくらいに引き取られた男爵令嬢がいるのよ、と言っていたし……まるでヒロインのスペアみたいな存在だと思った。
「まぁ、考えても分からないわ。イベントの進行を妨害する手もあるけれど……怖いわね……」
相手に手を出すなと宣言されたため、手出ししたら何をされるか分からないから手出しをしたくないし……介入した事でヒロイン役が私に回ってきたらそれもそれで面倒臭いのが正直なところだ。
私はしばらくの間、どうするべきかと唸っていたが、今のところ自身に出来ることがないと判断し、いざとなったらこの国を脱出すればいいと考えた。そのためには勉強だと考え、図書室に向かおうと教室を出る。
そんな私たちの様子を一部始終見ていた人がいる事をこの時の私たちは知らなかった。
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