第十七話 ヒロイン役から逃れたい私は、皆に頼る
カール先生から承認印を貰った後、私は足早に生徒会室へ戻る。すると、そこには会長席に座っているグレース様と、書記席に座る義兄様、そして副会長席に座るルーベン殿下が揃っていた。
私が生徒会室に入室すると、一斉に全員が顔を上げる。その視線に少したじろいだのは秘密だ。
「あれ、レクシー。顔色が悪くないかい?どうしたの?」
義兄様が心配そうに私を気遣ってくれる。そんなに顔色が悪かっただろうか、と首を傾げると、奥でルーベン殿下がグレース様に「私にはそうは見えないが……?」と聞いているのが聞こえた。グレース様も首を振っているので、顔色が悪いわけではないらしい。
だが、義兄様にはそうは見えないようだ。
「顔色も悪いけど、少し顔が強張っているよ。何かあったのかな……もしかして、彼女関連か?」
「義兄様……顔が怖いです」
「おっと失礼。可愛いレクシーに何かあったら僕が承知しないからね」
ニコッと笑う義兄様であるが、薄らと冷気が漂っている気がする……義兄様を敵に回すのは止めておこうと決意した。
「で、レクシー嬢。実際のところどうなのだ?マークの気のせいか?」
「いえ……実は……」
と言ってから、私は先ほどのミリアの階段落ち事件について話す事にする。後手後手に回るのはよくない。日本でも報連相が大切と叩き込まれたので、伝えないのはなしである。
話し終えた後、反応は三者三様だった。
「……」
「カール先生と一緒で良かったですわ……」
「ミリア嬢も……何と言うか……」
義兄様は何も言わないが、顔が般若のようになっている。正直怖い。グレース様は心配してくれたのだろう、胸をホッと撫で下ろしている。ルーベン殿下は右手を額に当て、ため息をついていた。
「でも、教えていただいて良かったですわ。この件については、カール先生にもご協力頂いて、証言書を取っておいた方が良いかもしれませんね……」
「ああ、君の話だと……ナルディスが納得していないのだろう? いつどこで文句をつけてくるか分からない……って、マーク。隣で不穏な言葉ばかり喋るな。お前の可愛い妹なんだから守ってやれ」
「……あいつら、どうしてやろうか……」
「聞いてないな、これは……」
忿怒の顔でぶつぶつ小声で何かを言っている義兄様にルーベン殿下は呆れたらしく、義兄様から顔をグレース様の方向に向けると、彼女にこう切り出した。
「なあ、グレース嬢。最近良い噂を聞かないのだが……今後どうなると予想している? 」
真剣な目でルーベン殿下に問いかけられたグレース様は一瞬だけ顔を赤くする。彼に見惚れたのかもしれない。だが、それも一瞬のことだった。すぐに彼女も彼と同じような目をして返事をする。
「……そうですね。彼らに常識があれば、今年度中に婚約白紙の申し出を陛下に出すでしょう……最悪は公の場で婚約破棄でしょうか? 可能性としては後者の方が高いかと」
「そうか……グレース嬢。ちなみに君のことだから、大丈夫だとは思うが彼らは動かしているのか? 」
「ええ。その件については報告書に纏めてありますわ」
「分かった。その報告書を提出してもらえるか? 父上に直に持っていく」
「承知しました。よろしくお願い致します。サラ、お願いね」
「畏まりました」
サラさんは返事をした後、生徒会室を出ていく。パタンと扉が閉まると、ルーベン殿下は難しそうな顔をして話し始めた。
「しかし、婚約破棄か。あいつはグレース嬢の重要性を全く理解していないからあの態度なのだろうな」
「本当ですよ、全く。傀儡にするにも、扱いにくいのではないですか? 」
「……マーク。お前、いつから話を聞いていた? 」
「勿論、全部聞いていましたよ、ルーベン殿下。証明はグレース嬢とルーベン殿下にお願いするしかないですから。僕はレクシーを守るだけですよ」
「その割には不穏な雰囲気だったが……」
「気のせいですよ」
義兄様は私の頭を撫でつつ、グレース様に話し始めた。
「グレース嬢、明日以降お二人は生徒会室で仕事をするようにしてください。外に出る案件は、私が対応しましょう」
「マーク先輩、助かりますわ。と言っても、レクシーさんのお陰でほぼ終わっていますので、何かありましたらお願い致します」
「僕も手伝うよ? 」
「殿下はグレース嬢とレクシーの件を徹底的にお願いしますよ? 」
「え〜、分かったよ。それがひと段落したら良いだろう? 」
軽口を叩き合う義兄様とルーベン殿下を見ていると、その事に気づいた義兄様が私の顔を覗き込む。
「大丈夫だ。僕らを信じて?」
笑顔でにっこりと笑う義兄様に私は頬を赤く染めた。