第十六話 ヒロイン役から逃れたい私は、イベント場面に遭遇する
サリア侯爵令嬢に誘われたお茶会の数日後、私は義兄様と裏庭で食事をとっていた。
学園の食堂では、食堂に備え付けられているテーブルで食べる用と、外に持ち出して食べる、つまりお弁当のようなものの二種類を選ぶ事ができる。今日は義兄様に誘われ、静かで人気の少ない裏庭で涼みながら食事をしていた。
そんな私たちの目の前--と言っても辛うじて誰なのか認識できるほど遠い距離だが--に第二王子とその取り巻き、ミリアが現れた。
何の話をしているかは分からないが、ミリアは第二王子やその取り巻きたちの腕を取っている様子は見る事ができる。乙女ゲームの主人公はあんなにボディタッチをする人では無かったけれど……と主人公のイメージを崩されたようで思わず顔を顰めてしまった。
その事に義兄様は気づいたらしい。
「レクシー。彼女たちが気になるのかい?」
「……ええ。ミリアさんはともかく、第二王子とその側近が一人の女性に対して鼻の下を伸ばしていても良いのかしら?と思うのです」
「僕から見れば、ミリア嬢も同罪だ。レクシーに出来る事が彼女にできないなんて」
それは貴族の立ち振る舞いのことを言っているのだろう。彼女はムーア家とは違い、庶子として引き取られたあとは家庭教師が付けられたらしい。
流石にメアリ先生とアナベル先生を家庭教師に付けてはいないようだが、ベイリー男爵の伝手で侯爵家でよく雇われている家庭教師をつけたそうだ。だが、ミリアはあまり勉強をしなかったらしい。いつも上の空で家庭教師が困惑するくらいだったとのことだ。全てグレース様談である。
「レクシー、彼女たちから言いがかりを付けられたことは?」
「いえ、ありませんが……」
「そうか。なら良いんだけど……グレース嬢が昨日だったかな? 第二王子たちに言いがかりを付けられていたから。生徒会で彼女と関わっているレクシーにも突っかかってくるんじゃないかと思ってね」
--そう言えば、ミリアだけなら突撃してきたわね
なんて言えるはずもない。
「何かあったら僕に言うんだよ?」
「ええ、義兄様。そうさせて頂きますね」
私はグレース様の側にいるので、もしかしたら何か言われるかもしれない。気を引き締めて注意しなければ……そして注意していて良かったと言う出来事がついに起こったのだ。
後日。私はグレース様に頼まれていた書類を届けるために、生徒会を担当しているカール先生を探していた。三階の教室を探そうと廊下を歩いていると、カール先生が向かい側から歩いてくるのが見える。
「カール先生!」
「レクシーさん。何か御用ですか?」
「グレース様より、書類に先生の承認印が欲しいとの事でお願いに参りました」
「ああ、あの件ですね……丁度良かった。今から個室に戻る予定なので、そこに行けばすぐに承認印を押せると思いますよ。一緒に行きますか?」
「はい、お願いします」
カール先生と話しながら、先生個人に与えられている指導室に向かっていた、その時。
「きゃあ!!!!!」
後ろから誰かの叫ぶ声が聞こえた。一瞬の事で固まってしまった私たちだが、カール先生と私は声の聞こえた方向へ小走りに走る。
……目に入ってきた光景は、階段の踊り場で足を抑えて座っているミリア嬢だ。隣には第二王子が、その周りを取り巻きが取り囲んでいた。
「大丈夫か?!」
「ナルディ……私は大丈夫よ」
階段の下からシュニッツ先生も来たらしい。カール先生はミリアの近くまで降りようとしたようだが、シュニッツ先生を見て思い直したのだろう。その足を止めた。
「お前……よくもミリアを……」
声が聞こえたと思い、第二王子を見ると何故か私が睨まれている。周囲の人間も私に気づいたようで、眉を寄せている。
「お前がミリアを落としたのか?」
「は?」
思わず声が出てしまった。私は彼女を害する理由がないし、気づいたら彼女が踊り場で座っていたのだ。そんな頓珍漢な事を言われるとは思わなかったのである。
「いえ、私は声がしたので、こちらに駆け付けただけです」
「ええ、その通りですよ。彼女は私と貴方たちが放棄した生徒会の仕事について話していたのですよ。彼女がミリア嬢を害していないのは私が証人になりますよ」
私が疑われている事に気づいたカール先生がメガネに触れながら第二王子に話しかける。ついでに放棄したと言う部分を強く言っていたのは、嫌味なのかもしれない。先生も私の新任や彼らの除名に大変そうだったから。
「そうか」
謝りもせずに第二王子は私を睨み続ける。まだ私がやったのだろうと思っているのか……でも私が彼女を害する理由なんてないはずですけど。
あ、グレース様の指示で、とか何とでも言えるか……この噂が流れなければ良いんだけど。
グレース様と義兄様には念のため伝えておこう、と思う。
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