第十五話 ヒロイン役から逃れたい私は、噂を聞く
ルーベン殿下とミリアのイベントらしきものが行われた後。結局ミリアがルーベン殿下の元に顔を出す事は無かった。
グレース様曰く、彼女はルーベン殿下が隠しキャラだと言う事を知らないようで、第二王子からルーベン殿下の話を聞き、「もしかしたら……」と思い、行動に移したそうだ。
図書室に行く前、攻略対象たち……特に第二王子のナルディス殿下からルーベン殿下の話を聞いていたようで、彼は嫌々ながらも話をしていたらしい。ミリアの上目遣いのお願いには彼も断れなかったようだ。
多分、「攻略対象になれば儲け物!」くらいな気持ちで図書室に行ったのだろう。そしたら、思った以上に冷たく対応されたために、彼女は図書室には近づかなくなったようだ……
グレース様から貰った攻略本にも書いてある通り、ルーベン殿下のイベントは図書室で起こるものが大半を占めており、ミリアが図書室に行かなければ問題ない。グレース様も「攻略は諦めたのね」と言っていたので、ルーベン殿下がミリアに懸想することはないと言っても良いだろう。
そんな時グレース様のご友人から、お昼を一緒に食べないかと声をかけていただいた。グレース様は用事があり、後から来るらしい。ご友人の一人が、「レクシーさんにもお話をお聞きしたい」と言う事を言っていただいたらしく、私も入れてのお茶会だそうだ。ちなみに場所は勿論、男性禁制のサロンである。
声をかけてくださったサリア侯爵令嬢は、グレース様の実家のウォール家の分家に当たる侯爵家だそう。普通は学園内でも派閥ができるそうだが、グレース様の気品と振る舞いに圧されて、派閥などはなくゆったりと過ごしている、なんて話を教えてくれた。
「先に始めてて良いとグレース様のお言葉を頂いておりますので、皆様お席にお座り下さいませ」
この凛とした声はサラさんである。グレース様の侍女である彼女はいつも背筋を伸ばしていて、佇まいが他の令嬢と同じくらい綺麗だ。その声につられて呼ばれた全員が座ると、サラさん以外の侍女さんたちも動き出す。
「本日はチョコレートを使用したクッキーと、ケーキでございます。紅茶はキャディア侯爵領の物を使用しています」
「…‥まぁ!」
感動した声を上げているのは、先ほど案内をしてくれたサリア侯爵令嬢である。彼女の領地の紅茶だったらしい。この紅茶は背筋を伸ばして座っているのに、湯気に乗っているのか香りがはっきりと感じられる。サラさんたち侍女さんの入れ方も上手なのかもしれないが、紅茶自体にも透明感があり、とても気になる一品である……と話す方がいたので、相当の一品だと言う事が分かる。
お茶会が始まり、御令嬢の皆さんはニコニコと色んな話を展開する。衣服やアクセサリーの流行りの話ばかりではないか、と戦々恐々としていた私だったが、それ以外にも食、勉学、魔法、領地についてなど様々な話をしてくれたので私もついていく事ができた。
そんな中、サリア侯爵令嬢が私に声をかけてくれた。
「そう言えばレクシーさん。あのメアリ先生とアナベル先生に半年間学ばれたと聞きましたが……」
「えっ!?あのお二方にですか?羨ましいですわ!」
あの二人は王家、公爵家の専任の家庭教師として働いているそうだ。メアリ先生は社交デビュー当時から「淑女の鑑」と言わしめたほどの実力を持ち、礼儀作法だけでなく政治経済、地理歴史までをも網羅する素晴らしい人物だそうだ。現王妃も懇意にしており、令嬢だけでなく貴婦人も彼女に憧れる人が多い。
アナベル先生は高貴な女性として初めて宮廷魔道士の副室長にまで駆け上がったキャリアウーマンである。彼女が副室長になった時から、宮廷魔道士にも女性が増えたらしい。魔力を持つ女性たちの憧れだそうだ。
「しかもあのお二方に実力を認められたとグレース様からお聞きしましたわ!素晴らしいですわね!」
そう、そうらしいのだ。私は全く気づかなかったが、義兄様とこの前食事をした時に「メアリ先生に褒められていたよ」と聞いたのだが、それが認められていると言う事らしい。アナベル先生に至っては、「宮廷魔道士にならない?」と期末テスト後にお誘いが来たくらいだ。実感は無いけれど、彼女たちが言うのならそうなのかもしれない。
「レクシーさんは今のところ、宮廷魔道士を目指すのですか?」
「……そのように考えております。私は魔法が好きなので」
現在、魔法学の勉強を中心に行っているが、様々な種類の魔法を発現できるようになった私は、あれもこれもと訓練場で練習するようになった。勿論、第二王子たちと被らないように、避けている。そうすると訓練所に週一でしか通う事ができないので、その時に優先順位を付けて練習し始めていた。
最初は独学だったが、グレース様やルーベン殿下と関わるうちに、「この魔法から進めていくと良い」と私の知らない事を教えてくださったお陰で、今や基礎魔法についてはほぼ全て使用できるようになり、そこから応用できるようにと前世の知識と乙女ゲームの知識を総動員して実力を向上していた。
「第二のアナベル先生ですね!応援しておりますわ!」
「ありがとうございます」
グレース様のご友人は皆温かい人たちばかりだ。元平民の私にも優しくしてくれて心が温まるような気がした。だが、その空気を一変させる事を呟いた令嬢がいた。
「それに比べて、ミリア男爵令嬢は……あの方は周りが見えていないのかしら」
しん……と静寂な空気に一変する。ミリアは今でも攻略対象たちの周りにおり、最近は腕を組んだりボディタッチをするなど、目に余る行動ばかりしていた。
「……婚約者のレミル様は素晴らしいお方ですのに。ノーキン様は頭が緩くていらっしゃるのかしら」
「それでしたらボリック様もそうよ。婚約者様はまだ学園に入学されていないらしいですが……この醜聞は彼女のお父様の耳にも入っているようですわ。レクシーさんがこんなに素晴らしい成績で努力を重ねていらっしゃるのに、ミリアさんは淑女としては如何なものか……しかも最近変な噂が流れているようですし」
「噂ですか?」
「ええ……グレース様がミリアさんを虐めていると言う噂ですわ。学園の多くの生徒は、ミリアさんに対して『嫌がらせをされてもしょうがないよね』というスタンスなのですが……どうも他の生徒から噂を聞いたナルディス殿下たちが憤慨しているようですの。ですが、私はグレース様がそんな一生徒に時間を掛けることなんてないと思うのです」
「その通りですわ」
一人が同意したのを皮切りに、私を含めた全員が肯く。確かにグレース様はミリアを気にかけてはいるけれど、別に彼女に直接手を出す必要はないはずだ。そんな自分がやり返される口実を作るような人ではない。それに……嫌がらせって……日本じゃあるまいし。
なんて思っていたところに、凛とした声が割り込んでくる。
「仰る通りですわ。むしろナルディス殿下を貰ってくれるのなら、花束を付けてお渡ししますのに」
右頬に触れて困り顔をしているグレース様が私の後ろに立っていた。サラさんに案内されて空いている席に座るグレース様。その間も、彼女以外の令嬢から同意の声が上がっている。
そんな中、サリア侯爵令嬢がこう切り出した。
「私たちから見れば、グレース様はルーベン殿下とご一緒される方がお似合いだと思いますわ」
「本当にその通りだわ」
「百合のようなお美しさの殿下と薔薇のようにお美しいグレース様ですからね」
「ええ、ご一緒にいらっしゃると絵になるわよね」
と私も含めた令嬢たちは、如何にルーベン殿下とお似合いかを話し出す。外では喋ることはできないが、ここはサロン。防音もあるし、録音も認められない。この中で話したことは外に出ることはないのだ。なので、全員が思う事をそのまま口に出す。
周囲が勝手に盛り上がってしまったので、グレース様はどのように考えているのかが気になり私はグレース様に声をかける。
「どう思われます、グレースさ……グレース様?」
私の言葉に気づいた令嬢たちが一斉にグレース様に目線を集中させた。そこには顔を真っ赤にして紅茶を飲んでいるグレース様が。公爵令嬢として恥ずかしさに俯く事ができなかったのか、逆に頬を隠さず堂々と紅茶を嗜む姿が眩しかった。