第十三話 ヒロイン役から逃げたい私は、友情エンドを目指す
そんな生徒会で忙しくなってきたこの頃。グレース様から「そろそろ第一王子のイベントが始まる時期ね」と話があり、私はグレース様から貰った本を自室で寝転びながら黙読していた。この間グレース様から戴いた第一王子の攻略チャートの内容が書かれている冊子は非常に詳細に書かれていて、どれだけやり込んだのかが分かる。この内容は大学ノート一冊分はあるのではないだろうか。四人の攻略チャートを書いた私と同じ量を書いている気がする……いや、気のせいだろう。
「と言っても、私第一王子の顔を知らないんだよなぁ……」
冊子を読み込んだ私は、その内容を思い出しながら図書室に向かっていた。第一王子とのイベントの多くは図書室で発生する。ミリアは図書室にはほぼ足を踏み入れていないように見えるので、まだ隠れキャラである第一王子の件は知らないのだろう。
そう言えばグレース様に第一王子の顔を知らない、と伝えたところ「すぐに分かるわよ」と言われたのだが、本当に分かるのだろうか。
そんな事を考えながら、アナベル先生に教えてもらった本でまだ借りていない本を探す。学期末の試験範囲でもあるので、今のうちに借りておこうと思ったからだ。すると一番上の段に目的の本が置かれていたので、爪先立ちをしつつ手を伸ばして取ろうとしたところ、横からスッと目的の本を取る手が現れーー
「はい、この本かな?」
「ありがとうござい……ま……す」
目の前にはシルバーグレイの髪にサファイアのような青い瞳を持つ男性が。顔立ちが綺麗すぎて少し見惚れてしまったが、この人どこかで見たような気がする……?
ああ、図書室で何度か目にしたことがある人だ。あれ、第二王子に心なしか似ているような気がする。もしかして……この人が……
「私の顔に何か付いているかな?」
時が止まっているかのように固まっていた私は、その言葉で再起する。この人が第一王子であるルーベン殿下だと思われる。
「いえ、申し訳ございませんでした。本を取っていただき、ありがとうございます」
私が覚えている中でも最上位にあたるお辞儀をこなす。イベントが起こると分かっていても、いざその場に立ってみると思考が停止してしまうんだな、と思いながら。
「……ふうん。君があの……」
礼から直ると、目の前で顎に手を触れながら私を観察しているルーベン殿下の姿が目に入る。じろじろ見られている訳ではないが、なんだか……値踏みされているような気がするのは気のせい……だと思うのだけど。
正直私はルーベン殿下ルートの記憶がないので、最初からこのように格付けされるような目でヒロインを見るのかどうかもわからない。だが、これだけは理解した。……この人とは恋仲になりたくない。頑張って友情ルートを進めなければ……そう焦って言葉を出そうと思っていたその時--
「あら、殿下、レクシーさん。ご機嫌よう」
天の声か、と思うほどタイミングよくグレース様が声をかけてくる。やはり、この目の前の男性が第一王子のようだ。ルーベン殿下は私に向けていた目をグレース様の方に向ける。その目には品定めするような視線はなく、優しさに溢れている。……ん?私とグレース様で扱いが違いすぎるのだが、これは……うん、良い事なのだろう。
そんな事を考えている合間にも、ルーベン殿下とグレース様は話を続けている。
「グレース嬢、そこは殿下ではなく、ルーベンと呼んで欲しいのだけど?」
「あら、失礼しました。ルーベン殿下」
「グレース嬢……」
ルーベン殿下はグレース様がからかっている事に気づいているようだ。顔には困惑の表情が浮かべられている。このやりとりから察するにこの二人、とても仲が良さそうな気がするのだけれど。
グレース様の攻略情報によれば彼に本を取ってもらった後、その本の内容について話しあうのがルーベン殿下との出会いイベントらしい。確かに先程ルーベン殿下に本を取ってもらったが、その後はグレース様とお話しした後、お二人とも王宮に行く予定があるらしく本の内容について話す事なく別れたのだから。
私がルーベン殿下と出会いイベントを起こした後、ルーベン殿下は生徒会に出入りするようになった。
元生徒会長なので、三年生になっても生徒会に出入りする事はできるのだが、今までは「第二王子と対面する可能性があるから」とグレース様がルーベン殿下に生徒会室に来ることを遠慮してもらっていたとのこと。
現在の生徒会長は第二王子だ。一年生の時の成績は王族の意地なのか一位や二位を維持していたらしく、後期の生徒会入りした時はまだ、真面目に割り振られた仕事をこなしていたらしい。だが、生徒会の仕事をこなしていくと、どうしても第二王子とルーベン殿下のスペックの差が現れてしまった。
そんな第二王子は必要もないのに自身をルーベン殿下と比較し、勝手に癇癪を起こしたとのこと。それ以降癇癪を起こされてはと考えたルーベン殿下が、副会長から第二王子へ仕事を依頼するよう手筈を整えたらしい。
そのため現状生徒会室に来ていないとはいえ、もしかち合ってしまったら……という時のことを考えてルーベン殿下には「手伝いは要らない」と話しており、ルーベン殿下以外の三年生にはたまに手伝いをお願いしていたそうな。
そこで私は疑問に思う。
「グレース様、ルーベン殿下はもう生徒会室にいらっしゃっても良いのですか?」
「ええ、良いのよ。先日遊び呆けている殿下に、『生徒会の仕事はどうするのか』とやんわりと聞いたのだけど……『お前がやれば良いだろう?何故私がやるのだ?』とさも当然のように仰られてね。来るつもりもないようですから、ルーベン殿下にお願いしたのよ」
「この国の王子教育はどうなっているのですかね……」
「さあねぇ……第二王子を傀儡にしたい層の貴族が手を回していたのかもしれないわ。コックス侯爵家とかバゴット侯爵家とかかしら?まぁ、今となっては私の言葉も聞きませんし、救いようがないわね」
切実にルーベン殿下が国王になってもらいたい、と私は感じるようになった。あの体たらくを見ると、ねぇ。……コックス侯爵家とかバゴット侯爵家は、もし第二王子が王太子になったとしても、うまく操れるのかしら……あの人、我が強いから無理だと思うのだけど。
今日もまた二人で仕事を回しているところに、ルーベン殿下がやってきた。いつもなら私は外で走り回っている時間なのだが、今日はそのような仕事が無かったため、書類の分類をしていた時だ。グレース様が返事をしたと同時に、ドアが勢いよく開いた。
「グレース嬢、今日もお疲れ様。何か手伝う事はあるかい?」
満面の笑みをたたえ右手には可愛らしい袋を携え、グレース様の目の前に立つルーベン殿下。うーん、私のことに気づいていないっぽい。
「今日はレクシーさんもおりますので、問題なく終わらせられそうですわ」
「あ、そうだったの?」
今気づいた、とでも言うようにこちらに振り返るルーベン殿下。右手を挙げてこちらにも挨拶をしてくれたので、私は首をちょこんと下げておく。
「じゃあレクシー嬢も含めて休憩にするかい?」
「それも良いですわね」
有無を言わせず休憩に入る。生徒会室でグレース様とルーベン殿下だけとはいえ、いつものように食べるのは居たたまれない。大人しくしていようと思っていたその矢先、席についたグレース様のティーカップにルーベン殿下が紅茶を入れ始めたのである。「殿下!?」とグレース様が声を張り上げたのは、当然だと思う。私は言葉すら出せず殿下を凝視する。
「良いじゃない。グレース嬢は頑張っているんだから、私に入れさせて?」
あふれんばかりの笑顔なのだが、心なしか色気も漂っている気がする……そんなルーベン殿下の笑みを間近で見たグレース様は頬をほんのりと染めて固まっていた。
ルーベン殿下は私の後ろを一瞥する。すると、私の後ろからサラさんがやってきて、私のティーカップに紅茶を入れてくれる。ルーベン殿下じゃなくて良かった、と胸を撫で下ろす。
サラさんの入れてくれた紅茶を飲みながら、まだ頬の赤いグレース様と側に立っているルーベン殿下をちらりと見遣る。……あれ?これ両想いじゃないの?グレース様が可愛すぎる……と心の中で一人グレース様に萌えていたのは秘密だ。
表情を余り変えないグレース様がここまで動揺するなんて。ギャップ萌えよね!
その後もルーベン殿下とグレース様が一緒にいるところを何度も見かけるのだが、彼女たちは第二王子たちと違い、節度を持って接している。婚約者でもない人と二人っきりになることはないし、必ず彼女たちは人の目があるところ--図書室やカフェなど--で話をしている。それに最初は二人で話していても、彼女たちの友人が訪れて数人で話していることも多い。周囲もそんな二人を温かい目で見守っている事が多い。
しかし第二王子であるナルディスたちは別だ。女性禁止のサロンを我が物のように毎日使用し、挙げ句の果てにはミリアを入れてしまっている。サロンはルーベン殿下も使用できる筈なのだが、第二王子たちが独占してしまうため、彼はいつも苦笑いで違うサロンを使用しているらしい。
そんな第二王子たちを支持したいと思う人間は、果たしているだろうか--もし彼らを支持したいという貴族がいれば、第二王子を傀儡として置きたい人間だろう。
ルーベン殿下とのイベントはグレース様の予想通りに起きている。私が一人の時に起きる事が多いのだが、きちんと指示通りに動いているので私たちが恋仲になるようなことはない。むしろ私としてはグレース様と仲良くなって欲しいので、大体グレース様の話題を出している。するとグレース様の話ができて嬉しいのか、頬を赤らめて照れている彼が見れるので眼福だ。本当に第三者として見る分には平和だし、楽しい。
それにグレース様の話をするのにはもう一つ理由がある。ルーベン殿下には王家の影がついているはずなので、「私は無害ですよ、グレース様と仲がいいですよ」アピールの一環でもある。
今までは回避するのに必死だった私も、ミリアに近づかず、グレース様の指示を把握しておけば、ある程度回避できるようになった。イベント以外でもルーベン殿下と会う機会が多いのだが(何故か向こうが声をかけてくるので)、その時はグレース様が素敵ですよアピールを忘れない。……彼が私と話そうとするのは、きっとグレース様の話ができるから、嬉しいのだろう……そうだよね。
そんな事をしていたら、最近ルーベン殿下から「宮廷魔道士や文官になるなら、推薦するよ」と、爽やかな笑みで言われるようになったのだが、いつも「だからグレース嬢の話を王宮でも一緒にしてくれるよね?」と暗に言われているような、そして笑みが黒い気がするのは気のせい……だろう。




