第十話 ヒロイン役から逃げたい私は、悪役令嬢と対面する①
本編に戻ります。
誤字脱字の指摘ありがとうございます。
気になる点があれば、またよろしくお願いします。
数ヶ月程経った頃には、攻略対象たちはミリアに懸想し始めていた。
「殿下方はベイリー男爵令嬢に恋慕している」と言う噂が流れ始めたし、休憩時間や放課後には四人で保健室に向かう姿も見られている。
あとは彼女の顔を見れば、成功しているかどうかなんて一目瞭然。夢見心地なのか毎日ホクホク顔なので、好感度も上がっているように見える。そちらが順調だからか私に絡む事もほぼ無く、たまに睨み付けられるくらいだ。
今日は確か訓練場でナルディスとノーキンが試合をしている日だ。学園内ではどんな噂も立ち所に広まるため、そのお陰で大体のイベント発生日が予想できるようになっている。変にミリアに絡まれたくないので、私は今でもイベントを避ける事にしている。その為、魔法の訓練をする事を諦め、図書室で本を借りる事にした。
本を借りたあと、訓練場を覗いてみると人集りが。まだ王子と令息の訓練が行われているらしい。今のうちに帰れば問題なさそうだと、早足で帰宅すると寮の玄関口で女子寮の寮母さんから声がかかった。
「レクシーさん、丁度良いところに!はい、これ」
手渡されたのは一通の手紙だった。
「私宛ですか?」
「ええ、そうなのよ。ウォールさんから貴女にって」
「ウォールさん……って、公爵令嬢のグレース・ウォール様ですか?!」
「勿論よ。他に誰がいるの?」
「いえ、しがない男爵令嬢にまさかウォール様から手紙が来るとは思わなかったもので……」
「いきなり届いたら驚くわよね。多分お茶会のお誘いじゃないかしらねぇ。最近は男爵令嬢や子爵令嬢にも顔合わせと称して声をかけているみたいだから……行く行くは彼女、王妃になる立場だから、貴族令嬢を掌握しておきたいのかしらね〜本当に彼女は真面目よね」
じゃあ、よろしくね〜と笑いながら手を振って去っていく寮母さん。それは驚きますよ。グレース・ウォール公爵令嬢と言えば、ゲームの世界では悪役令嬢の立ち位置の方ですからね。
悪役令嬢と言っているけれど、私から見たゲームのグレース様は悪役ではないと思う。王妃にふさわしい完璧な令嬢として振る舞いを見せている彼女は、ヒロインの超えなくてはならない高い壁として君臨していた。
第二王子ルートはメインルートの中でも一番苦労するルートである。第二王子を落とすのはそこまで難しくないのだが、ヒロインが魔力と勉学と礼儀作法を完璧にこなせるようにストーリーを進めなければ、側妃エンドで終わってしまう。彼女に認められれば、王妃エンドだ。ただ実はそれ以外でも王妃になるエンドが存在する。それが婚約破棄エンドである。
婚約破棄エンドはその名の通り、学期末に開かれる在校生参加のパーティ内でグレース様が第二王子に婚約破棄を言い渡されるエンドだ。このエンドのみ逆ハーレムルートが可能である。ミリアは現在逆ハーレムを願っているので、このルートを目指しているのだろう。
だが、知識として婚約破棄エンドがある、というのを朧げなく知っているだけなので、どうしたら逆ハーレムエンドが成功するのかは分からない。今更だけれども、私の流れ込んだ記憶は、全てのゲームのシナリオがあるわけでは無いらしい。
話は戻るが、そんなグレース様がヒロイン--いや、今は元ヒロインでしょうか--に何の用なのか?
慌てて自室に帰り、ドアの鍵を閉め一息ついた後手紙の封を開ける。そこには美しい見慣れた字でこう書かれていた。
「五日後に、サロンでお茶会を開きますので、是非いらして下さい」
その言葉を見た瞬間、呆気にとられ硬直する。
フリーズした頭が働き始め、まず私が思ったこと。それは……何故?だった。公爵令嬢が取るに足らない男爵令嬢に声をかけるだろうか、いやかけるはずがない。もし心を配るのであれば、私よりも彼女、ミリア・ベイリーのはずだ。寮母さんが言う通り、単に顔合わせなのだろうか。
そこでふと思い出す。クラスメイトの男爵令嬢や伯爵令嬢の友人が「グレース様のお茶会に呼ばれた」と言っていた事を。そのお茶会の番が私に回ってきただけかもしれない。
まあ……お茶会と書かれているから、数合わせで呼ばれたのかもしれないし。行ってみれば良いか。
私は深く考えるのをやめた。
五日後。私はグレース様の目の前で挨拶をしていた。
「お初にお目にかかります。レクシー・ムーアと申します」
「本日はお越し頂き、感謝しますわ。グレース・ウォールと申します」
ゲームの貴女なら知っています、とは言えない。貼り付けた笑みをグレース様に見せながら、不自然にならない程度に周囲の観察をする。
初めてサロンに入室したが、やはり気品がある。実家の男爵家の玄関と同じくらい、いやそれ以上に広く感じる。窓際には花が生けられ、暖炉やソファーもある。グレース様は今暖炉前にあるソファーに座ってお茶を飲んでおり、予想では他の参加者を待っているのだろう。挨拶が終わると、グレース様付きの侍女から出入り口の左手にあるテーブルへと案内された。
このサロンは男性禁制のサロン中でも高貴な方しか使用することのできない場所だ。例えば公爵令嬢であったり、王子の婚約者であったり……現在この学園で利用できるのはグレース様のみである。ちなみに女子禁制のサロンもあり、そちらでは第二王子やその取り巻きたちが使用していると聞くが、何食わぬ顔で彼女もそのサロンに出入りしているらしく、第二王子が「ミリアなら許可する」と言って出入りさせているようだ。
……そもそも学園の規則を勝手に改変できるのか?と不思議だ。実際まだ王太子にも選出されていないただの王族が、学園の規則を変えることができるわけがないのだが。だから将来が不安なのに。
何もすることがなく、その上緊張で固まっていた私は思考の渦に巻き込まれていた。そんな私にグレース様の声がかかる。
「さて、お茶会を始めましょうか?」
「はい」と思わず椅子から立ち上がったところでふと気づく。今グレース様は何と言った?お茶会を始める?……周囲を見渡すも、このサロンにいるのはグレース様と私とグレース様付きの侍女一人……あれ、侍女さんも出て行った?え?私一人?
その思考を肯定するかのように彼女は満面の笑みで私に笑いかける。
「今日のお客様はレクシーさん、貴女だけですわ。さあ……お茶会を始めますわよ」
グレース様は得たり顔を私に見せたあと、唐突に私に問う。
「貴女、乙女ゲームの記憶をお持ちですわよね?」