閑話 ミリア・ベイリー男爵令嬢
この世界が『僕と君の青春を』という乙女ゲームの世界だと知った時、私はとても嬉しかった。
私はこの乙女ゲームを結構やり込んでいて、攻略対象の四人全てのルートをクリアしている。攻略本とかも出ていたようだけれど、本気の恋愛だと思って、攻略本は見ずに頑張った。
だから、もう一度ゲームが、しかも現実でできると言う事に、涙が出そうなほど喜んだ。喜んだけれど、私はそこでハッと気づいてしまった。
私は、主人公では無い。
ヒロインはレクシーという平民の女の子で、ムーア男爵の養子として引き取られるはずだ。
私はミリア・ベイリー。ヒロインのサポート役である。
神様は何故私をヒロインに選んでくれなかったのか。
ヒロインは養子としてムーア家に入るが、半年の間は家庭教師も付く事なくのんびりと過ごせるはずだ。今の私、ミリアのように「ある程度の学力を」と指示されて、勉強する事もない。私ものんびりと乙女ゲームの内容を思い出したかったな。
まあ、なってしまったものはしょうがない。横で見ているだけでも楽しいはずだし、おこぼれでも貰えるように交渉しようかしら?と自分自身を納得させて、乙女ゲームの記憶を思い出しながら入学式を楽しみに待っていた。
だからか分からないけれど、学力は余り身につかなかった。本当に最低限の礼儀作法だけだった。家庭教師の先生も唸るし、お父様も頭を抱えていたけれど……それ以上にヒロインの方が礼儀作法を知らないはずだ。
上には上がいるけれど、下には下がいるはずだ。私がそこまで礼儀作法を知らなくても問題ないだろう。そう私は楽観視していた。それもあって勉学に身が入らなかったのかもしれない。
あっと言う間に入学式の日になり、馬車が校門に止まる。私は高まる心音を抑えるのに必死だった。
……けれど、そこで見た彼女はゲームのイメージとは全く違っていたのだ。
この時のヒロインは、まるで妖精のようなピンクのふわふわそうなドレスを着て、少しぎこちないけれど可愛らしく私に笑いかけるはずなのだけれども……けれども!
彼女は青色のドレスを着ていたのだ。とても似合ってるけど。
しかも馬車を降りる姿も、佇まいも……もはや平民らしさはなく、実は貴族出身なのでは?と思うほど洗練されている。
なんで!?と思って口をあんぐり開けた私は悪くないと思う。
思い描いていた、いやゲームの場面で見たヒロインとは正反対である。
驚きすぎて私は微動だにしていなかった。彼女はそんな私の思いに気づかないのか、私から見ても綺麗な礼で声をかけてきたのである。
「初めまして。今年学園に入学予定のレクシー・ムーアと申します。どうかお見知りおきください」
「え、ええ。ミリア・ベイリーと申します。よろしくお願い致します。も……もし宜しければ、ご一緒しても?」
話しかけられて頭が回転し始めた私は、不自然にならない程度に返答したが、あまりの衝撃で声が震えてしまっている。
だが、なんとかヒロイン?と一緒に入学式に向かう事ができた。これで乙女ゲームは始まる……のかな?
入学式の会場に向かう途中の会話を馬車の中で考えていたのだが、それも今ので吹っ飛んでしまった。しかも何を話せば良いのか分からず、彼女をチラチラと見ては目を離し……を私は無意識に繰り返していたらしい。彼女から「何か顔に付いていますか?」と尋ねられてしまった。
まだ声が震えている事に気づいた私は、首を左右に振ったあと、一呼吸置いてから彼女に話しかける。けれども、彼女との会話は、私が思っていたゲームのヒロインとサポート役のような楽しげな会話ではなく、どことなく距離があるような……会話が続かず気まずい雰囲気に包まれたのだった。
入学式が終わった夜。昼間に出会った彼女の事を考えていた。
彼女が私の知っているゲームのヒロインと相違があるようだ。何故この事を知ったのか、それは周囲が彼女の噂をしていた事にある。
彼女は「兄であるマーク・ムーアに溺愛されている」、「国王から派遣された家庭教師から優秀だと評価をもらっている」らしい。どちらもゲームには無かった噂だ。兄に溺愛されている?……ゲームではモブで一度か二度しか姿を見ていない。つまりゲームのヒロインは兄とは仲が良いわけではないはず。
それに家庭教師も付けて勉強するなど……そもそもゲームのヒロインは、ムーア男爵家に引き取られた半年間は何も学んでいないのだから礼儀作法を知らないはずなのに……もしかして似たような世界ってだけなのかもしれない。
それでも、私にはこの世界が乙女ゲームの世界だと確信があった。だから全ては明日分かるはず。明日は王子と宰相の息子、将軍の息子の三人との出会いイベントである。それがあれば、乙女ゲームのストーリー通りに進むのではないか?
そう思った私は希望を捨てずに、次の日もヒロインの彼女にアタックする。
オリエンテーリング後、食事に誘うのだ。
食堂での食事が終わると、二人で寮に帰宅する。その時に攻略対象三人との出会いイベントだ。このイベントをこなさない限り、シュニッツ先生との出会いイベントも起こらないのだから、大事なのである。
だから、渋々ヒロインであるレクシーに声をかける。正直思った以上に会話が弾まず、苦痛なのだけど。
「レクシーさん、もし宜しければお食事は如何ですか?」
そう声をかければ、了承の旨が返ってくる。今日が一番大事な日だ。乙女ゲームを始めるための出会いイベント。彼女にこなしてもらわないと、私もおこぼれが貰えない……
ほぼ無言の苦痛な時間をやり過ごし、「さて、帰りませんか?」と声をかけると、彼女から断りの返事が。
--図書室に行きたいから先に帰って下さいだって?図書室の本なんか明日でも良いじゃない!出会いイベントこなしなさいよ!
なんて、言うことはできず……特に引き止める言葉も見つける事ができなかった私は一人で帰る事にした。
しかし、私はその後狂喜乱舞する事になる。
……まさか、乙女ゲームの出会いイベントが起きるなんて!!
そして出会いイベントを起こした私は、四人を攻略するために動き出したのだった。




