私を忘れないで
「私はあなたに忘れられるの。だから忘れないで」
彼女は寂しそうに言った。運命に立ち向かおうとする気持ちは見えるのだが、半分諦めているようにも見えた。
「忘れないさ。僕は君を愛しているのだから」
僕ははっきり答えた。
「そんなことじゃないの。あなたは私を忘れるわ。それでも、忘れないでほしいの」
彼女は寂しそうに言った。
日は暑くなって行く頃。涼しい風が吹く日もまだ多くある。
彼女は病弱だった。白い部屋で僕たちはこんな話をしていた。
カーテンが、夏のまだ、涼しい風に揺られ、僕と彼女は白いカーテンに包まれた。
白い光に優しく包まれているような感覚だった。
「私はあなたを愛しているわ」
そう言って彼女は一輪の白い花を渡した。
長い夢を見ていた気がする。なんの夢だったかはわからない。ただ長くて心地よかった。だがまだ夜は深い。
隣で寝ている彼女が愛おしく思えた。
だからそっと彼女を抱き寄せてみた。
何故か違和感がするのだ。何故かはわからない。ただ、とにかく愛おしい。大切にしようと思えた。彼女をぎゅっと抱き寄せて、ただ、「愛してるよ」とだけ伝えた。
その部屋の隅で静かに咲いていた一輪の白い花は、もうすでに枯れていた。