狭間の話
世界が音を立てて壊れていく。
後に生まれると分かっていても、無に変える瞬間というものはもの悲しいものだ。
その瞬間を眺めながら、青年は深い溜息を吐いた。
「世界は拓真の願いによって強制的に変化していき、アイツが幸せを願う限り変わり続ける」
真っ白な世界が漆黒へと染まる。世界の終わりを感じながら、青年は深い溜息を吐き、この世の終わりをただただ見続けた。
「世界は拓真の願うまま。――と、言いたいけど、実際は君の掌の上で踊らされているだけなんじゃないのかな? 拓真も、彼に関わり生きる者たちも」
青年は暗闇でしばし目を伏せ、そして開いた次の瞬間、振り返りその人物を見つめた。
「ねぇ、そうでしょ? ――織原唯さん」
青年――秋元隼人は、振り返った先に立つ織原唯を見据えると、終わりに向かう世界の中で彼女に向かい声をかけた。
声をかけられた唯は笑みを浮かべると嬉しそうに笑い、その言葉に答える。
「なんの話ですか? 私はただ、拓真さんの願いを叶えているだけですよ?」
「とか言いながら、自分の意思でも動いている。拓真を傷つけた奴を殺したり……水瀬さんの父親を殺したのも君でしょ?」
「拓真さんの幸せに不必要な存在を排除しただけです」
「だけど、拓真は死んでほしいとは願ってない。それなのに相手を殺すのなら、それはもう拓真の願いじゃない。織原唯の願いだ」
淡々と話していたはずの秋元の声に、次第に熱が籠りだす。彼女の存在を否定し、行動を咎めるように言葉に棘を持たせる。
そんな秋元の姿を目にする唯は口元に笑みを浮かべ、今度は逆に彼女が問いかける。
「――世界が変わり、終わっていくのを繰り返すのはそんなに嫌ですか、秋元隼人さん。……いえ、真名は春夏冬でしたっけ? 来ることのない秋を待ち続けるからと言って、名前に秋を入れるとは、なんだかもの悲しいですね」
「……どこかの誰かのせいで、こんな悲しい運命を背負っているからね」
逃れられない運命。真実を知りながらも抗い方を知らないその青年は、己生と運命を呪いながら、今、こうして終わる世界と変わる世界を眺めることしか出来ない。
もう何度も見てきた、秋の来ることのない世界を廻りながら……。
「……はぁ、もう戻るよ。そろそろ新たな世界が始まるからね」
「へぇ。私を殺して現状を変えようとは思わないんですか?」
「君を殺しても何も解決にはない。そもそも今の君は、願われず実態の持たない生命体。干渉することが出来ないからね」
「フフッ。よく分かってますね」
「ただ――」
そこで秋元――春夏冬という存在は言葉を区切り、再度声を発した。
「もし次に出会うことがあれば、その時は抗うとするよ。――この運命は、もう終わりにしたいからね」
決意を持って発せられた彼の言葉に、唯は可笑しそうに笑い、答えた。
「いいですよ、ご自由に。力を持たない貴方に、出来るのでしたら、ね」
今だ笑いが堪え切れない唯を尻目に、青年は背を向けて暗闇の世界を歩き出す。先に光がないと知りながら、その奥にある囚われた世界で生き続ける為に。
歪み切ったこの世界で、一人の同級生と少女に、運命を翻弄されながら……。