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買い物


(……ガチで泣くとか、いつぶりだろ……?)


 人が次々と流れていく様を見つめながら、拓真はそんな事を思い、売店で買ったモカをすすった。泣いた後は、温かい飲み物が沁みるものだ。

 横では同じように売店で買ったホットココアを唯がすすり、チラリと向けられた目線が合わさった直後、彼女は頬を赤め目線を逸らした。


「……えーっと。あの、ごめんなさい……」

「え? なんで唯が謝るんだよ」

「だ、だってさっき、急に抱きしめてしまったから……その、謝っておこうかな、と」

「あ、あぁ。そのことか。気にしてないからいいよ」

「け、けど……!」

「それに、唯みたいに可愛い女の子に抱きしめられるなんて得した気分だしな」

「か、可愛い、ですか!?」


 今以上に顔を真っ赤にした唯の姿を微笑ましいと笑いながらも、拓真は彼女の頭をポンポンと優しく撫でた。昨日の彼氏彼女発言に関してはまったく反応しなかった唯が、可愛いと褒められたことには反応するんだな、などと思いながら、彼は彼女の頭から手を離した。


「……ありがとな、唯」

「へ?」

「二人に手紙を渡して話をしてくれたことも、俺を慰めてくれたことも全部。感謝している。唯がいなきゃダメだった。……本当に、ありがとう」


 言葉に含めるだけの精一杯の思いを込めて、拓真は唯に感謝の言葉を述べた。

 本当に唯がいなければ、事は上手く運ばなかったし、まとまることもなかっただろう。自分を抱きしめ、慰めようとしてくれたことも本当に感謝している。出会ってまだ間もないが、唯の存在はとても大きくて大切なものとなった。

 そう思う拓真の言葉に、唯はすごく驚いた素振りを見せ、勢いよく手を左右に振った。


「そんなことないですよ! 私はただ拓真さんに恩返しをしただけです。それに――!」

「それに、何?」

「そ、それに……」


 勢いよく言いかけて、そこで唯は何かを思ったのか言葉を詰まらせ、俯いてしまった。口ごもり、言葉を探す彼女はやがて言葉を発することをやめ、


「……いえ、なんでもないです」


 そう言って苦笑いを浮かべた。


「そ、そうか?」

 一体何を言いかけたのかは気になるが、唯が言いたくないなら聞かない方がいいのだろう。拓真はモカを一口すすり、話の話題をどうしようかと考えを巡らせた時だった。


「でも、そうですね。拓真さんがそこまで私に感謝しているのなら、何かお礼を受け取ってもバチは当たらない……ですよね?」

「お礼? 何か欲しい物でもあるのか?」


 自分が返せる範囲であれば、頑張ってくれた唯に何か返したい。そう思った拓真は身を乗り出して唯に尋ねるが、彼女は慌てて拓真の言葉を訂正しようとした。


「いえ、物じゃなくて。その……時間です」

「時間?」


(時間って……どうやって渡すんだ?)


という疑問から首をひねってみる。目の前の唯は目を輝かせ、そしてこう言った。


「はい! 今日一日、拓真さんと一緒にいられる時間を私にください!!」


勇気を振り絞り、赤面しながらもお願いする唯の姿に、拓真はただ驚くしかなかった。




 お世話になった唯に何かお礼をしたいと思う気持ちは確かだが、果たしてこれはお礼になっているのだろうか。


(これって完全に、役得、だよな……?)


 訪れたのは大葉駅近くにある大型ショッピングモール店内の、とある女性向けファッションを取り扱うお店『ベリー・ハニーズ』。

この店はどうやら、女性向けのカジュアルなファッションからロリータ系だと思われる様々な種類の服が取り揃えられているようで、目の前の唯はそれらの服を手にとってはジッと見つめ、自分に合わせて鏡の前に立っていた。

 拓真は場違いだと思いながらも店内に入り、彼女の傍らでその様子を見守っていた。


「うーん……こっちのスカートも可愛いけど、やっぱりこっちのチュニックが気になるかな? けど、二つ買うのは……うーん」


 眉を八の字に顰め、唯は唸り、真剣に悩んでいた。

彼女が手にしているのは黒のタイトスカートと淡い水色のチュニックブラウス。その二つを交互に合わせてはどちらを買おうか悩んでいるようだ。どちらも唯に似合うのは合わせを見ていて思ったが、今一つ納得できないのは男の感性の問題だろうか。

 拓真は居心地の悪さから泳がせていた視線をハンガーに掛けられ陳列された服に向け、軽く漁ってみる。赤やオレンジといったフレアスカートに、パステルな色の白や水色といったブラウス……が、これではない気がする。


(となるとやっぱり……あれかな?)


 そこで拓真が目を向けたのは店頭に飾られていた夏物の洋服だ。時期は早いが、今年は例年に比べて暑い日がやってくるのが早い。今から夏物を選んでも、問題はないだろう。

 ハンガーに掛けられているのはパステルピンクの膝丈までのレースワンピース。袖はなく、ボディラインを見せつつも、下腹部のふんわりとしたシルエットは可愛らしく、唯が着れば絶対に似合うと彼は思った。

ただ、一つ問題を上げるとすれば、唯はすでにピンクのチュニックを着ているということだ。同じ色合いの服を選ぶかと言われればそれはどうか分からないし、もしかしたら既に似たようなワンピースを持っているかもしれない。

さて、薦めるかどうしようかと、思い悩んだ時だった。


「拓真さん、何を見ているんですか?」


 買う服を悩んでいた唯がひょっこりと顔を覗かせ、自分の手元を――ハンガーに掛けられたレースワンピースを見つけた。


「えっと、その服は……」

「あぁ、これ? 唯に似合うかなーと思って手に取ったんだけど、唯、今同じ色の服着ているよな」


 やっぱり、別の色にした方がいいよな。

そう言葉を続けて元あった位置にハンガーを戻そうとした時だった。その手を唯にがっしりと掴まれ、拓真の動きは止まる。


「ゆ、唯?」

「……この服、拓真さんが私の為に選んでくれたんですよね?」

「ま、まぁそうだけど」

「だったら、これにします!」


 唯は彼の手をぎゅっと握ると、真っ直ぐ相手の目を見てそう言った。


「え? でも――」

「これがいいです! このワンピースすごく可愛いです! だからこれを買います!!」

「そ、そうか……?」


 ぐいぐいと迫りながら、どこか強気な唯の言葉に押され、拓真は「じゃあ」と彼女に手に持っていたワンピースを手渡した。唯はそれをしばしジッと見つめると、嬉しそうに笑ってレジへと駆けて行った。彼もその後を追い、彼女の傍らで会計が済むのを待った。


「こちら、お品物になります」

「はい、ありがとうございます」


 店員から買い物袋を受け取る唯の顔は、とても幸せそうだった。


「フフッ。拓真さんが選んでくれたワンピース、嬉しいな……」


 そう小声で呟き、嬉しそうにワンピースの入った袋を抱きしめた唯の姿が、男心をくすぐるなんて、彼女はそんなこと知らないのだろう。無意識とは恐ろしい。

 そんな彼女のしぐさにときめいてしまう自分も、やっぱり可愛い子に弱い男なんだなと改めて思ってしまう。

 その後、唯は何度も「ありがとうございます」と頭を下げ、その度に俺は顔を上げるように促すやりとりが二、三回は続くこととなった。

 だが、その度に思う。唯は何故、そこまで喜ぶのか。可愛らしいワンピースとはいえ、たかだか出会って数日の男が選んだ品だ。そこまで喜ぶ理由が分からない。好意のある人や彼氏に選んでもらったとなれば話は別だが、自分と唯はそういう関係ではない。

 では、何故。――と、疑問を抱いたところで、その疑問は消えることとなる。

 理由は、唯が笑っていたからだ。とても嬉しそうに、幸せそうな顔で唯は笑い、自身に微笑みかけてくれる。なら、それでいいじゃないか。

 拓真は分からない疑問には蓋をして、今を楽しむことにした。その方がお互いの為だと思い、また唯に笑い返した。

 買い物やウィンドウショッピングを続けて、しばらく経った頃。拓真はふとスマートフォンの画面に目を向け、現在時刻を確認する。

 時刻は午前十一時半。そろそろ昼食をとってもいい時間だろう。

 彼はリニューアルしてセールを行う小店舗の連なりに目を向ける唯に視線を向け、早めの昼食をとることを提案した。


「なぁ。そろそろ十二時なんだけど、唯はお腹すいた?」

「え? お腹、ですか? いえ、私はまだ大丈夫――」


 と、そこまで言いかけた時だった。


 ――グゥ~……


「……えっ?」

「……あっ」


 初めてであった自然公園での出来事を彷彿させるかのようにお腹の音がなった。もちろん、拓真のじゃない。唯の、だ。

 唯は公園同様顔を真っ赤にして、俯き、そして観念した。


「……じゃ、ないです。お腹、すきました」

「ククッ。オッケー。それじゃあどこかでご飯、食べに行こうか」


 確か三階は飲食店が多数入っており、そこに行けばどこか気になるお店が見つかるだろう。そう思い、拓真は頬に熱をもった唯の背中を押し、エスカレーターへと向かい、三階へと上がった。


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