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開始


『へ? 明日?』


 この間抜けな声こそが、電話口から聞こえた翔太の返答だった。


「そっ。明日の午前十時。地下鉄大葉駅、西口にある時計塔の下に集合な」

『え? いや、でも俺、そういう気分じゃ――』

「何が気分じゃねぇだ。言い出しっぺはそっちだろ? 明日、絶対に三人で出かけるからな」


 そう言い残して、拓真は通話を切ろうとスマートフォンから耳を離す。電話口では翔太がまだ何か言っていたが、彼は聞こえないふりをして通話を切った。


(さっき電話した里香といい、二人ともうだうだ言うなっての……)


 心の中で二人の対応に愚痴りながらも、拓真は画面が暗くなったスマートフォンを枕元に投げ捨て、ベッドにうつ伏せで倒れ込む。クッションのいい素材に顔面を打ちつけながらも、彼は寝返りを打って天井を仰いだ。

 反論も聞かずに強引に事を進めているが、二人は来てくれるだろうか。いや、それ以前にこの強引さに何か裏があると勘繰られてはいないだろうか。

 冷静に考えると浮かびあがる疑問に憂鬱になりながらも、拓真は事が上手く運んでくれることを願うしかなかった。これはまだ準備段階で、本番は明日。この時点で躓いているようでは前には進めないし、二人の仲を元に戻すなんてことは出来ない。強引にでも、事を進めるしかないのだ。


「……やり切るしかない、よな」


 再度覚悟を固め、拓真は腕を上げて拳を強く握った。

 全ては明日。明日決まるのだ。二人が集合場所に時間通り来てくれることを祈りな、彼は眠った。

 ……といっても、実際は不安からあまり眠ることは出来ず、浅い眠りを何度も繰り返した。

 やがて朝日が差し込み、決戦の土曜日を告げた。

 そして午前八時半、差し込む日の光に眩しさを感じて、拓真は重たい体を起こした。

 不完全な眠りなせいか重い瞼をこすり、眠気覚ましに顔を洗いに洗面台の前に立つ。冷たい水で顔を洗い、寝ぐせで跳ねた髪をワックスで整え、ついでに歯を磨いた彼は自室に戻り、外出用の私服に着替える。

 黒のワイシャツに、年代物のジーンズパンツを穿いて、ウエストを茶色のベルトで調整し、モスグリーンのジャケットを羽織る。シルバーのタグネックレスを首から下げ、紺の靴下を履けば身支度は整った。後はこげ茶色のショルダーバッグに長財布とスマートフォン。その他ティッシュなんかを適当に投げ込めば準備は完了だ。

 拓真は必要な物をショルダーバッグに詰め込み、最後に机の上に置かれた白の長方形の封筒を曲がらないようにと丁寧に中に仕舞い、彼は身支度を終えた。

 ショルダーバッグを手にリビングへと向かい、それをソファーの上に置いて、拓真自身はキッチンへと向かう。冷蔵庫から烏龍茶の入ったペットボトルを取り出すと、棚から取り出したコップに烏龍茶を注ぎ込み、ペットボトルを仕舞う。コップを片手にリビングに戻ると、黒のソファーに腰を下ろし、口をつけたコップをソファーの前に配置されたテーブルの上に置いた。

 同時に目に入ったのは、テーブルの上に置かれたラップが掛けられた白い大皿。皿の上には海苔の巻かれたおにぎりが三つと、添えられたきゅうりの漬物。タコの形に切られたウインナーに出汁巻き卵と、なんとも可愛らしい、弁当のようなプレートが出来あがっていた。おそらくこれは今朝、母親が作ってくれたものなのだろう。

 その母親はというと、恐らく襖がピッチリと閉められた和室の奥で、眠っているのだろう。

玄関の扉が開いた音はしなかった為、誰かが外に出たということはない。一度起きて、再び眠った母親を起こさないように拓真は朝食をとり終えると食器を洗って片付け、家を出ることにした。今日も顔を見ることは出来なかったが、それは仕方がないことなのだろう。

 拓真は約束の時間が迫っていることを壁に掛けられた時計で確認すると、慌ててショルダーバッグを肩にかけ、家を後にした。


(俺が時間に遅れたらまずいからな……)


 茶色のブーツを履いて外に出た拓真は、今日も晴天の空を仰いだ。

 水曜日と木曜日は天気が悪く、昨日は若干雲がかかっていた為、真っ青な空は新鮮だ。彼は足早にマンションを出ると繁華街を歩き、集合場所へと向かった。

 午前九時四十五分。

 約束の十五分前に、拓真は約束の時計台から少し離れた位置にある雑貨屋に辿り着き、建物の陰に身を潜めた。

 ソッと地下鉄大葉駅の西口――その近くに建てられた時計塔の下を覗き見るも、そこに翔太と里香の姿はなかった。さすがに時間が時間なだけにまだ二人は来ていないようだ。

 拓真は安堵の息を漏らしつつ、二人が無事に来るかと雑貨屋の陰から様子を窺った。その時。


「――拓真さん」


 自分の名前を呼ばれ、肩を叩かれたことにより自身の体がビクリと跳ね上がる。

驚き振り返れば、そこには見慣れたシャンパンゴールドのツインテールと黒のリボンがふわりと揺れており、彼は再度安堵の息を漏らすこととなった。


「なんだ唯か。びっくりした」

「驚かすつもりはなかったんですけど。ごめんなさい」

 困ったように眉を潜めた唯は苦笑し、拓真の隣に立って物陰から時計塔の下を覗く。

「お二人はまだ来ていないようですね」

「あぁ。そうみたいだな」


(――って、あれ?)


 目線を時計塔の下から唯に再度向けた時に気が付く。


(唯の着ている服、昨日と変わっていない……?)


 その事実に気付き、ジッと唯を上から下へと眺める。

淡いピンクのチュニックに、白いジャケット。デニムのショートパンツに黒のタイツ。茶色の編み上げブーツ。そして同色のショルダーバッグ。昨日と変わらない唯の姿をまじまじと見つめながら、拓真は反応に困った。

 年頃の女の子が昨日今日で着る服を変えないなんてことはないと思うのだが、唯の服は昨日今日で同じだ。考えられる理由は、唯は家に帰っていないのか、もしかすればこのコーディネートがお気に入りで同じ 服を二枚持っているということだが、どちらもいまいちピンとこない。

 このことを聞いてもよいかどうか悩む拓真に対し、ジッと見られていることに気が付いた唯はジッと彼を見つめ返し、やがてその理由に察しがついたのか「あっ!」と声を漏らした。


「ち、違うんです! これは、決して着替えていないとか、家に帰っていないとか、そういうことではないんですよ!? ただ単にこのコーディネートが大好きで、同じ服を二枚買って着まわしているだけなんです! だから、決して臭くないし、ちゃんとお風呂にだって入っていますからねっ?!」

「あ、うん。分かったから、そんなに力説しなくても大丈夫だから……」


 顔を真っ赤にして事情を説明する唯をなだめながら、拓真は落ち着けと彼女の両肩を叩き、唯が落ち着きを取り戻すのを待った。

 彼女は最初パニック状態だったが、相手が話を聞き入れたことを理解すると徐々に落ち着きを取り戻し、浅い呼吸を繰り返した。


「だって、拓真さんが疑いの眼差しを向けるから……」

「あー、ごめん。それは俺のせいだわ。本当にごめんなさい」


 涙目でこちらを見上げる唯に多大なる申し訳なさを感じながら拓真は謝罪し、この話にけりをつけた。

ひと悶着を終えた二人は改めて向き直り、拓真はショルダーバッグの中から白い封筒の手紙を取り出し、それを唯に手渡す。


「じゃあ、手はず通りよろしくな」

「……あの、本当にいいんですか? やっぱり、拓真さんが渡した方が――」

「だから昨日も言っただろ。俺が直接渡せば、この計画はダメになるって。……本人を前にしたら、二人の本心は出てこないだろうからな」

「そう、ですね」


 確かにその通りかも、と納得した唯はおずおずと手紙を丁寧に受け取る。


「申し訳ないけど、やっぱり唯にお願いするわ。よろしくな」

「は、はい! 任せてください!」


 そう言って手紙を大事そうに鞄に仕舞った唯は、笑顔で答えてくれた。その笑顔が、拓真の今あるの不安な気持ちを拭い去ってくれているなんて、彼女自身は知らないんだろうな。

 拓真は微笑みかけてくれる唯の顔を見るのが照れくさくなり、視線を逸らした。

と、その時見慣れた格好の人物が時計塔に近づく姿が目に入り、目線をその人物に向けた。

 袖の長いオレンジ色のインナーに黒のベスト。深緑色のサルエルパンツに、黒のスニーカーと腕につけられた複数のブレスレット。間違いない――翔太だ。

 翔太は十分前に時計塔の下に辿り着くと、先客がいないかとキョロキョロと辺りを見渡し、誰も来ていないと知るとそのままそこに立ち、待ち呆けた。

 拓真は欠伸を一つ漏らす翔太を見ながら里香の到着を待ち、彼女が来るであろう、翔太が来た方向とは正反対の方向を見つめた。

 里香が来たのはそれから五分経った頃だった。胸元がフリルの白のブラウスに、青のフレアスカート。レース付きの白の靴下に茶色のパンプス。小さな黒猫が多数描かれた白のバッグを手に持った里香は、駆け足で時計塔に近づき、翔太の姿を見つけて離れた位置で一度足を止めた。

 おそらく気まずさからだろう。里香は重い足取りで翔太に近づいて、ぎこちなく声をかける。そして辺りを見渡し、まだ到着していない自身の姿を探した。

 ――これで、全員揃った。

 タイミングを図った拓真は唯に目配せを送り、唯の背中をソッと押した。彼女はそれを理解したのかコクリと頷き、鞄の中から白い封筒を取り出し、それを手に二人の元へ歩み寄ろうとする。そんな彼女の姿を、拓真はこの位置から見守る。

 が。突如唯の足はピタリと止まり、彼女はショルダーバッグの中から赤いカバーのスマートフォンを取り出し、操作を始めた。


(一体何をしているんだ……?)


 離れた位置で予想外の行動をとった唯の姿に疑問を抱いた時だった。


 ――ヴーッ ヴーッ ヴーッ


 肩にかけていたショルダーバッグの中に仕舞っていたスマートフォンが急に震えだし、拓真は慌ててスマートフォンを取り出す。電話だ。

 相手は――昨日番号を交換したばかりの唯からだった。

 疑問に思いながらも通話ボタンを押し、電話に出てみる。


「唯、だよな。どうかしたか?」

『あ、拓真さん。電話、このままにしていてくださいね』

「え?」

『私達のやりとりが聞こえるよう、このまま通話の状態にしておいてくださいね。――では、いってきます』


 見つめる先の唯は自分に向かって小さく手を振ると、スマートフォンをショルダーバッグの外ポケットに浅く仕舞いこみ、そのまま翔太と里香がいる時計塔の下に向かって歩き出した。

訳が分からない拓真は、とりあえず唯に言われた通り電話を切ることなく、スマートフォンに耳を当て続けながら、三人の姿を見守った。


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